第16回 その後


 さて、あれから数日。

 その間に何があったかと言うと……。


 まず1つ、旧ロンドン塔を管理していたお偉いさんが失脚した。

 流石は『情報屋』。

 あっという間に追い詰めていってゴミ処理が済んだ。


 今後はもっと頭が柔らかい人が上に立つと良いのだけど……、まぁその辺は協会とイギリス地区の人間に任せるしかない。


 次

 私……アザミの正体の件だが全く話題には挙がっていない。

 これまた『情報屋』のネームバリューが響いている。

 加えて『先駆者の黒衣』の認識阻害の影響。

 私の登場時に私=アヤという認識が既に得られていた者はアヤ=アザミのロジックが成立していた模様。

 つまり大半の人間には情報統制の必要が無いレベルだった。

 最近話題に挙がるようになったアヤだが、今回一緒に出てきたメイビーやシンシアほどは有名じゃない。

 有名人の添え物っていうのは影が薄くなっていいね。


 次

『焼肉処 白鐘』

 とりあえずエタさんには謝ったよね、うん。

 突然飛び出しちゃったんだもの。


 アザミに関してだけど、持ってる情報量の違いは少ない方がいいと思ったからギルド内には通すことにした。

 いずれは分かることだしね。


『納得したわぁ』

『『やっぱ最強じゃん』』

『いや、ワイとしては強い人だとは思ってたけど……想像以上』

『近距離最強で弓も使える……?ぶっ壊れじゃん』


 次

 マリアさんがメインメンバーから外れることになった。

『ごめんなさい。剣を握るとあのバケモノを思い出して身体が震えてしまって……私はもう戦えません』と。


 新人ベルレイバー達含む、あの事件に巻き込まれた八割の人間が職を辞した。

 むしろ……


『うん?僕は辞めないのかって?愚問だよ、』

『私も辞める気はないかな。だって、』


『『あれより恐ろしい事態は無いだろう』(からね)?』

 あれを乗り越えてベルレイバーを続けられるナギさん、タソガレさんの方が異常だと言っていい。

 全く、逞しい人達だ。


 ん?キサラギさん?


 ほら、彼女はもっと恐ろしいことを経験してるから。

 人伝ひとづてに特徴を聞いただけの大型魔物と一人で戦え、とか……。

 ほぼ全力の私から1分生存しろ、とか……。


 まぁそれはそれとして。

 追加メンバーを探さないとなぁ……




「……と、まぁこんなところかな?君のシナリオ通りに進んだかい?」

「マリアさんが辞めるほどの圧を王が放っていた事が私の誤算。少し私の行動が遅かったみたい」

 メンバー全員生存は達成できた、だが人員が減った。


「それは仕方ないのでは?はイレギュラーだ。行動はまず読めない」

「だけど私には」

「アザミとしての責任がある、とでも言うつもりかい?悪いけどそれは無しだ」

「……先読みするな、気持ち悪い」

「いつもと違って表情が見えるからねぇ。なるほど、意外と君は感情が顔に出やすいようだ」

 アヤオープンで来たのは間違いだったか……でも一つのギルドにアザミが出入りするのは変だ、やむを得ない。


「君はもう少し肩の力を抜いた方がいい。娯楽としての死なない戦いに挑むんだ、命のやり取りをしている精神で行くべきではない」

「……分かってる。だから弓でやってるのよ」

「意味があるのかな、それ。あんなクソ武器で何とかなるのは異常だよ。一昨日はなかなかにキツかっただろう?」

「楽しかったよ。普段あんな事はできないからね」

「……これは娯楽として楽しんでいるのか、ただの戦闘狂なのか……、難儀な性格だよ君は」

 そこまで難しいことはないと思うんだけどな、私は。

 ただただ楽しい、それで良いじゃん。


 ただこの楽しさが失われるなら、望まぬ敗北があるのなら。


 私は修羅にでもなれる。



「まぁとりあえず、私達はあと1人メンバーを募集してさっさとフルメンバーにしないと……」

「候補はどれくらい集まったんだい?」

 先日発行された『ユノ電子新聞』、そこにはマリアさんの戦線離脱とメンバーの募集も載せられている。

 勿論、本人とギルドマスターの許可は取得済み、私の独断ではない。


「軽く100は超えてたけど実際使えるラインなのは10人もいないと思う」

「して、その数人の名は」

「教えるわけないでしょう?」

「どうせすぐに知れる事なのに。ケチだなぁ」

 どうせこの女の事だ、セコンズランカーの無所属くらい全員把握済みだろう。

 なんか癪だから初登場まで秘密にするだけだ。


「はぁ……、じゃあお互い話したいことは済んだな?」

「私はまだいっぱい話したいn」

「済んだな?」

「……仕方ないなぁ。いいよ、終わりで」

 いつの間にか冷め切っていた紅茶を乱暴に飲み切り、席を立つ。


「また万が一の事態が起こるといいなぁ」

「私は御免だ。これからは正しく敵同士でありたい」

「私はまた一緒に戦えることを願っておこう」

 抜かしおるわ、二度と御免だ。

 シンシアがいると全ての動きを凝視されてる感じがしてならない。

 ハッキリ言って気持ち悪い。


 何処に全挙動を凝視されてても平気なベルレイバーがいるのか。

 ……いや、いるか。

 メイビーとかタソガレさんとか、系統は違うけどミッシェルもか。

 目立ちたがりと能天気と自分に絶対の自信を持ってる奴らくらいだろう。


 さて、帰るか……って思ってたんだけどなぁ?


「……これはこれはトップギルドのサブマスター様ではありませんか。そちらのマスターが散々こき下ろしたギルドのサブマスターに何の御用で?」

「全てはマスターの御心のままに。私は一切疑問を持たないゆえに内容は知りません」

 ハッ、流石は『人形』。徹底したミッシェル第一主義者だ。


「はぁ……、真面目な話、『異物』が私に何の用なの?」

「私はただマスターからそれを届けるように仰せつかっただけ。意図など知る必要はない」

「つまらない人生だねぇ」

『アブノーマラーズ』サブマスター、ファーストランカー12位にして刺突武器3位。『人形』のミズハは何も細工のない安物の便箋を私に押し付け、音もなく去って行った。


(差出人は……まぁミッシェルだろうけど、用件が分からない)

 そこに書いてあったのは一文だけ。

『エッフェル塔の展望台で待っている』


 地球上の有名な場所はほとんどダンジョンと化した現代、だがダンジョン化せず、原型をほぼそのまま残しているところも幾つかある。

 エッフェル塔もそのうちの一つ。


 だが無事であることと安全であることはイコールではない。

 崩れてはいない、だが人の手から離れた建造物は急激に劣化する。

 好き好んで昇る人間はいない。


(人気ひとけが無い場所で一体何の話をするのやら)

 端末を少しいじり、一件連絡を飛ばした後に私はその場所へと向かった。




 ◇◇◇




 ギルド『アブノーマラーズ』の所属は諸説ある。

 ミッシェルの産まれによる一般論、ヨーロッパ所属派。極一部の愚者による傲慢論、イギリス所属派。最高戦力ギルド、故に協会所属派。

 それぞれ比率としては5:1:4くらい。

 ちなみに事実上として彼女らはイタリア……つまりはヨーロッパ所属だ。


 協会所属なんてのは何処にも所属できない溢れ者か協会職員。

 強さ故の例外措置としてはアザミにしか適用されていない。

 最前線を走りすぎてそこらの地区所属にするには色々と知りすぎてるのよ、私は。

 不都合と利害の一致による措置でしかない。


「……やっぱり登らないとダメなやつかぁ」

 エッフェル塔下へと辿り着いたものの人の気配は無い。

 予想通りと言えば予想通りだが憂鬱だ。


 誰が好き好んで崩れる恐れがある建物を登りたがるのだろうか、そんな人物は狂人でしかない。


(めんどい、6等級使って登ろう)

 私が持ってる増幅結晶ルーンは最高等級の1から最低の6まで。自力で使う魔力を調整するほど魔力が無いため、こうやって砕くルーンの質で調整をするしかない。


 使う場所ならともかくエッフェル塔のような使わない場所は電気系統もガス系統も全ての技術基盤がイカれてる。

 いくら元々の身体能力でもそれなりに動けるとはいえ私は人間だ。

 自力でエッフェル塔を登ることなど出来やしない。


 鉄骨を跳ねるように渡り、稀にミシッと嫌な音を感じながら焦げ目で囲われた穴が一ヶ所だけ空いていた展望スペースへと足を運ぶ。

 人の気配は更に上に感じた。


(ここの上?)

 天井を見上げるとそこにはまたまた焦げ目がついた穴が。

 私は手で完全に覆える程度の小さな黒い球体に魔力を注ぎ、天井の穴へと跳んだ。


「……来たか」

「初めまして、呼ばれたので渋々来ましたアヤです」

 嘘だ。

 だが私が『アヤ』でしかないならば真実。

 彼女とアヤに接点は一切無い。


「して、こんな夕焼け空の下で何のご用件でしょう?」

 最強のギルドマスターと最強のベルレイバーが相対した。

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