前日譚 最強の原点


「君、ベルレイバーになるのはやめておいた方がいいよ」

 人類が皆、希望すれば協会による抽選でダンジョンの入り口に招かれ、魔力を得ることが出来るようになった現代。

 その後に私に突きつけられたのはそんな無慈悲な言葉だった。


「魔力濃度は低くても3%だったけど……ここに来て1%とはね、諦めて一般職に就いた方がいい」

「っ…!私には親の敵討ちをするって目的が!」

「無駄死にするからやめろって話よ。それに今時敵討ちって……時代錯誤よ。ここは大人になれない、仕事と認識できない子供が来るべきところじゃない」

 地球全土でダンジョン探索が始まり、何処も未だ10階層にもたどり着けていない頃、師匠に黙って私は一度ベルレイバーを目指した。

 今思えば師匠には気づかれていたのだろう、だが意気消沈して戻ってきた私に何も気づいてなかったかのように接してくれた、その日常が私にはありがたかった。



 あとから冷静になった頭で調べて分かったこと、それは魔力濃度に関すること。

 どうやら高ければ高いほど良いらしく、平均値は一般人で5%、ベルレイバーで10%。

 聞いたところによると10%の人でも背中から羽根が生えたかのように身体が軽い、それ以上となると人間離れした動きが出来るようになるとのこと。

 私は1%なのでほぼ変化無しなのだろう。

 全く身体の感覚が変わった感じがしなかった。



 敵討ちを1度諦め日常に戻った頃、あの出来事が起こる。


 人類が初めて出会う大型魔物、『アンストラグラン』によるベルレイバーの虐殺だ。


 今となっては常識となったアンストラの銃弾に対する凄まじい耐性、アンストラグランはそれが絶対に近い耐性となっており、今では『アンストラグランの皮を抜けるかどうか』で銃系統の武器の価値が大きく変わるとされている。


 しかし、当時は『誰が好き好んでそこら辺の猛獣以上に凶暴な生命体と接近戦をするんだ』と言わんばかりの銃系統武器のベルレイバーの多さ。

 ダンジョン産の鉱石を混ぜた合金で銃身を作り、なおかつ弾にも同様にダンジョン産の鉱石、当然かなりの費用がかかるため、元からそこそこ金持ちのベルレイバーしか階層更新が出来なかった。


 師匠含む、技術者が刀や剣を作っても誰も使わなかったのだった。




 そして時代は変わる。


 この私によって。




 ◇◇◇




「ちょっといいですか?。ここから先はベルレイバーの人しか立ち入れない場所なので、身分証を見せて貰います」

 夜の闇に紛れて行動を起こした私はすぐに阻まれた。

 テレビで見るガバガバに見える警備は見せかけだった。


 そして私の格好。

 伸縮性バツグンの黒のパンツ、紺の肌着に甚平、黒のキャップを目深に被り、灰色のウレタンマスクで顔は見えない。

 そして腰には脇差し、それが今やダンジョンとなったホワイトハウスに向けて駆けていく……いつの時代でも『ちょっ待てや!?』と止められる。

 端から見たらそんな怪しさしかない情景だった。


(見張りは2人、どちらも恐らくは並みのベルレイバーより高めの魔力値。武道の経験があるかどうか……関係ないか)

 向こうは武器……ハンドガンを構えることすらしない。

 当然だろう、人外の魔物を殺したことはあってもそれを人間に向けたことがあるのは全体の1割にも満たない。


 今から構えても私の方が速い。


「んなっ!?」

「うがっ!!」

 もしこの光景を見ている人がいたら、スライディングによって1人の脛に蹴りを入れ、前へ進む慣性に従って逆立ちとなってもう1人の顎へと蹴りを加えた、と分かるだろう。

 だが大して警戒もしていなかった2人にとっては急に目の前から消えた私を見て驚く間もなく脛に激痛が走り、もう1人は顎に強烈な一撃を貰って意識を失ったような感じ。

 勿論、脛に激痛が走った男の方も次の瞬間には鳩尾に刀の柄が刺さって目を閉ざした。


 数年前まで高校の同級生に『男女おとこおんな』だの『武術サイボーグ』だの『○イヤ人』だの言われていた私。

 アヤは最後に必ず勝つ……要は『正義の味方』というものに憧れがあった。


 だが努力の先にあったのは少し違う結末だった、それだけの事。


 ハッキリ言おう、少し努力しすぎた。


 緩くまとめた服装は筋肉の鎧を隠すため、髪を伸ばしているのも少しでも女性らしさを残すためだ。

 剣道、ではなく剣術を学ばなかったのはただでさえ女性人口が少ない剣道、剣術は更に少なくなる。

 男性達に混じって稽古をすることで、もう女性として生きる事が不安になってきたから。

 刀鍛冶を学んでいる時点でもう遅い?憧れは止められないのよ。


 この頃の私は考えもしなかったが、私は多分『主人公の師匠』的なポジションまで行ってしまったのだと。

 立ち塞がる障害は全て、完膚なきまでに打ち倒す

 悩むことなく突き進む清々しいまでの最強。


 憧れは理解から最も遠いとはよく言ったものだ、私は憧れを通りすぎてしまった。


正義の味方ヒーロー』に復讐心は要らない。

 必要なのは自分が信じ、仲間が信じる方向へと突き進む強い心だ。



 私は、この戦いの後に憧れを捨てた。




 ◇◇◇




「ここが第10階層……」

 1時間も経たない内にそこへと辿り着く。

 道中の魔物は全て首が落とされ、残酷な道が出来上がっているだろう。

 実際はダンジョンが死体を処理して何らかの素材と魔石へと変換されているが……このダンジョンには無生物系の魔物はいない。

 素材化された肉や骨と魔石がゴロゴロ転がってる道を見たらまともな人間は通りたくない、その先に何か得体の知れないものがいるかもしれないから。


「……これが『異空穴』ってやつ?」

 第10階層には他の階層とは違うものがあった、今となっては周知のもの、『異空穴』だ。


「この中にあの魔物が……」

 この階層には『異空穴』と来た道を引き返す階段しかない。

『異空穴』の先にいる魔物を倒せば次の階層が解放されるというのは専門家でなくとも予想している。


「……絶対に私が殺す」

 両親を殺したのがこいつでなくとも、

 銃を持ち込んで大人数で勝てなかった事実があろうとも、

 ここで私が死のうとも、


「私は、魔物おまえ達の存在を否定する!!」

 地球をこんな世界にしたのが誰なのかなんて知ったことではない。

 両親を奪った世界を私は……、


 命を懸けて否定する。




 ◇◇◇




「……出たわね、バケモノ」

 異空穴の先に待っていたのはゾウに匹敵する巨大な虎。

 応じるように唸る、どうせ言葉など通じてない癖に。


(……随分とカラフルな石が転がってるけど、1つくらい役に立つものあるかしら)

 刀を抜いて油断なく構える。

 周囲は先程のように湿った空気が充満した岩場、差異としては橙、青などの拳大の石が幾つか転がっている程度。

 魔法が使える世界、ただのキレイな石ころでも魔力なんてものが宿っている可能性はある。


(……どうしようも無くなったら使おう)

 目の前のバケモノがそれを拾いに行く隙を与えてくれるとは到底思えなかった。


「通じる筈もないけど。私はアヤ、お前達バケモノを殺す者よ、覚えておきなさい」

 それを聞くなり、応じるように雄叫びをあげるバケモノ。


 脳内に突如『アンストラグラン』という名が浮かぶ。


(名乗る脳はあるって?そんな事しても……)


「バケモノを全滅させる事に変わりはないのよっ!!」

 言葉と食い気味に私はバケモノへと駆け出す。


(まずは刃が通るか確かめる。銃弾を完璧に弾くその毛皮を斬り裂くっ!!)

『病は気から』というように人は気持ちの持ちようで大分パフォーマンスが変わる。

 私は『出来る』と思えれば大抵の事は出来ると思っている。

 今までも、そして、


「通っ、たっ!!」

 これからもだ。


 怒り混じりだが痛みを感じたような、そんな声がバケモノから発せられる。

 たかが皮に一筋の切れ込みを入れただけ、だけどその一撃は意味のある一撃だ。


 人の技術の結晶であり、人の最終兵器の1つである銃が通らない身体が刀で斬れた、要するに相性問題があったということ。


「……神様とやらがいるなら性格悪いね」

 最強の武器で挑んだらそれに特化した防御手段を用意された、そんなところだろう。


 遠距離から一方的に殺せるんだ、使うのは当然の帰結。


「まぁ、ちょっと身体能力が高いだけの小娘が握る刀に敗れるなんて。少しは同情してあげる」

 私の笑顔を挑発と見たのか、はたまた隙と見たのか、どちらでもいい。


「同情はしても……容赦は一切しない」

 私を引き裂こうとする爪は根本から跳ね飛ばし、牙は避ける。


 剣道と剣術は大きく違う、という。

 実践で剣道は役に立たないというのもよく聞く。

 だが、


 今戦っている相手は何者だ?

 人か?違う、人の枠から外れている存在だ。


 剣術は人を斬るすべ

 ……結局のところ人を斬ることしか想定されていない。


 私はバケモノを斬らなければならない。


 つまりは……。


 魔物を斬るための剣のすべを自らが使うために、新たに作らなければならない。


「基本的には相手に柔軟に対応しなければならない。矮小な存在が巨大なバケモノを斬るためには腕だけでは明らかに足りない」

 私の頭がある位置へと噛み付くバケモノ。

 しかし、そこは既に頭が場所へと変化、がら空きの懐に私の拳と剣撃が叩き込まれ、思わず後退りをする。


「魔力の使い勝手を知りたいところだけど……私にはうっすらとしか宿っていない。身体能力と比例して魔力に順応しなくなる?いや、それだったら元軍人さんがしっかりと魔力を得ているのがおかしい。となると……」

 爪を失った左腕、しかし単純なパワーは健在の腕が叩きつけられようとするが遅い。

 サイドステップで軽く避けれる。


「やっぱり才能か」

 サイドステップの勢いそのままにバケモノの背後へと飛び、すれ違い様に目一杯体重をかけた剣で左脚へと斬りかかり、中ほど……つまりは膝関節から先を斬り飛ばした。


「関節強度はそこまでないか。私のにわか剣術でも落とせるとは……流石師匠の打った刀」

 明らかに『斬れない』と感じたら皮と肉を斬る程度のつもりだったアヤ。


「やっぱり勘は信じるべきだよね。女だもの」

 そんな私の手には濁っている、だが確かにうっすらと橙に光る小石が握られている。


(なんか触ってるとモヤモヤした何かが身体の中に入ってくる……これが魔力?身体が若干軽くなった気がする)

 この時の私には知るすべは無かったがこれは後にアタックルーンと呼ばれる増幅結晶。

 シンプルに所持者の力を向上させる魔力をもった一口大のサイズの小さな結晶だった。


 それからアンストラグランが斬り飛ばされた以外の3本脚で立ち上がり、背後の下手人へと向き直るまでの数秒の間に私には様々な思考があった。


 初めて得た魔力の感覚、この物質はどうやって作られたのか、他の色にはどんな効果があるのか、私はお腹も強いから大丈夫だ。


 色々な思考、特に最後の思考が決め手となり……



 私はその一口大の小石をポンと放り投げ、丸呑みにし胃の中へと導いた。


「……何も起こらな……い、訳はないよね」

 寒気と共に鼻が疼く、口元へと液体が流れる。

 触れればそれは自身の血であり、身体は熱を帯びていた。


「な、るほど……。異物、というかウィルスとかとおんなじ処理になるわけ、ねっ!」

 霞む視界に写る凶爪を後ろに飛び退く事で避ける。

 身体の調子が悪いのと増幅結晶による身体強化で結果的に差し引きゼロレベルの身体の機能になったため、見えていれば避けれる。


(身体はダルいけど痛みはない。小石レベルだからこれで済んだ感じか、なぁ!?)

 幾分か接近してくるのが遅くなったアンストラグランだが私も千鳥足に近く、視界が霞んでブレているためギリギリの回避になっている。


(見づらいのがツラいなぁ!?なんとか視界だけでも……)

 と、深呼吸の要領で全身の感覚をなんとか取り戻そうとする。


(……?腹に何か……あぁ、さっきの小石か)

 胃に残る異物感、その要因をすぐに理解し、どうするかを考える。


(確か、血に魔力がどれだけ混じったか、で魔力濃度が決まるんだよね)

 霞む視界の中でアンストラグランを捉えつつ、何かイタズラを思い付いたかのようにニヤリと笑う。

 本人曰く笑ったつもりはない、しかし見ている人がいれば確実に、満場一致で、『笑った』と言う筈。

 それだけ口元を歪めていたのだ、アンストラグランですら不気味に思ったのか脚を止めた。


 その後、僅か5秒でこの戦いは結末を迎えた。


 1秒

 既に増幅結晶の膜、つまりは石のような外装は消化酵素の影響で剥がれ、魔力のみとなっていた事を理解。

 後の研究で増幅結晶は見た目ほど硬くはなく、コツさえ掴めば案外楽に壊せる事が判明した。

 しかし唾液、胃液で溶かせる事を実証したのはアヤ以外にいない。


 2秒

 すぐさま魔力を全身に循環、特に眼や刀を振るう腕に念入りに。

 無意識に魔力による身体強化作用を理解。


 3秒

 この辺りでアンストラグランは気づく。

 目の前にいる自分を殺しかねない矮小な存在が更なる力を得つつあることを。

 今すぐに殺さなければ一瞬で自分は死ぬ、と。


 4秒

 アンストラグラン、決死にして全霊の一撃はその牙による噛み付き。

 しかし、既に報復の花は咲いた。


 5秒

 1人の人間と1体のバケモノがすれ違う。

 倒れたのは……、


 アンストラグランバケモノの方だ。



 4秒目に完全に魔力に順応したアヤは近づく上顎に並ぶ牙を横凪ぎに一掃、その後すれ違う胴を両断した。




「母さん、父さん……決めたよ。私の道を」

 きっと2人は望んでいない、でももう決めた。


「私は私が満足するまで復讐を続ける」

 今日ここに1人の最強が誕生した。


「立ち塞がるバケモノは全員殺す」

 そうだ、2人が好きだった花の名前を貰おう。


 あれって花言葉なんだったっけ……。お、いいね、今の私にピッタリ。


「私はアザミ」

 その花言葉は、『報復、厳格』


「全てのバケモノに報いを、厳しい裁きを。私が必ず与える」

 死体がある筈の場所を見ると幾つかの素材があった。

 その中には黒いパーカーが混じり、見ると『先駆者の黒衣』と脳が勝手に理解をする。


「……いいよ、着てあげるよ。何処の誰だか知らないけど」



「絶対あんたのもとに辿り着いてやる」




 ◇◇◇




「と、まぁこんな感じかな?」

「いやぁ、興味深い。これだけでも少しの脚色で自伝として売れるだろうね」

「ダメだよ?」

「約束は守ろう。しかし……随分と丸くなったね?勿論、体型の方ではなく」

「シンシアってさ、女性同士でのセクハラは認められると思う派かな?私は思う派なんだよね」

「うん、素直に謝罪しよう。それで、本当のところどうなんだい?」

「……正直なところ。復讐、報復、なんていうマイナス方向に強すぎる感情を何年も保ち続けるのは出来なくはない。ただそれは……本当に人間なのかな?って思うんだ」

「ふむ、まぁ復讐鬼なんていう表現があるとおり、復讐心に取り付かれた者は人ではなく鬼なのかもしれないね」

「そういうこと。……私は人間離れしてるけど人間だ。あのバケモノ共とは根本的に違う」

「一応『魔物』と言ってあげたまえよ。外では取り繕ってるのだろうがここも完全に人目が無いわけではないのだから」

「……ま、とりあえず。私の今の役目はてんちょー……エタさん達全員の安全とトーナメントでの彼等の満足のいく成績のための足場を作ることだから」

「君が本気を出せば向かうところ殆ど敵無しだろうに」

「ダメだよ、それが出来ない理由があるから」

「……その件はそこまで気にしなくて良いだろうに。所詮は少数派だよ?」

「それは私がギルドバトルという場にいないから。いざ私が参戦するとなると絶対に騒ぐ。そして人は統制された善意の中から何故か目立ってしまう悪意を見つけてそれを『大衆の意見』と間違えて解釈してしまう。結果として『焼肉処 白鐘』は終わる」

「それくらい握り潰したいくらいだが悲しいかな、我々にも真実を伝える義務がある」

「私がバレるようなヘマをしたら容赦なく叩いていいよ。ただし」

「うん。君だけが、『アザミとアヤ』だけが不利益を被る叩き方、だね?承知した」

「結局のところ、何かを犠牲にしなければ何も得られない。目標を作ってやれば人はそこを責める」

「……多少生き方は変わったようだけどやっぱり君の生き方は急ぎすぎてるようにしか思えない」

「私の生き方は変わらないよ。確かに、奴等を全滅させることは叶わなかった。だけど……」


アザミが殺すことによって人類は未だに地球の王であり、私が導くことで人類全体の強度が上がる」




「この世界の覇者は、バケモノでも、神でもない。人間でなくてはならない」


「神の意思?知ったことではない。そんな得体の知れない者を信じるから弱くなる。失う。何も失わないためにはもう、自分が強くなるしかない。失うことで強くなる?そんな力はまやかしだ、守れなかった過去は一生自分を蝕み続ける」



「だからもう、私は失わない。絶対的な力でありとあらゆる障害を潰す。王も、神も、呪いも。アザミがいる限り人類に敗北はない」









「私としては、君のような強欲な人間が何かを失った時、何かとんでもないことが起こりそうな予感がしてならないんだけどね」

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