第13回 黒泥の中へ


「うっわ、気持ち悪いなぁ」

「ふむ、確かに。不快な感触がしそうな物質だな?」

「1回燃やしてみる?変わらないと思うけど」

 その言葉に迷わずゴーサインを出す。

 直後、メイビーの杖から炎が吹き出すが黒泥に変化はない。


「うん、アヤ。我慢しなよ」

「しょうがないなぁ……」

「意外と君は我が儘なんだね?少し印象が変わったよ」

 我が儘……ね。うん、確かに。

 もう気を張るのも疲れたんだ。多少自由気ままに動いてもいいじゃないか。


 やるときはやるんだから……。




 ◇◇◇




「……まだ動ける?3人とも」

「なんとか……」

「いやぁ、僕としてはもう倒れてしまいたいくらいなんだがねぇ、後ろの子らに心配されたくないから虚勢で立ってるよ」

「怖いよぉ……死にたくないです」

 タソガレさんが虚勢を張るのもマリアさんが怯えるのも無理はない。


 だって、目の前にはこのダンジョンを『魔王城』とか言う人が出る原因を作った5体の大型魔物が揃っているのだから。


 1体目『暗殺騎士』ことデッドリーブレイド・ジェネラル

 目を離すと行動速度が上昇するとかいう複数の敵を相手にする上で1番嫌な能力を持つ黒い騎士。


 2体目『魔氷の絶剣』アブソリュートエンド・パーシバル

 剣を振る度に氷を生み出し、その剣に貫かれたものは瞬く間に凍てつき、砕け散る。

 ただし、その剣はそこまで速くないため、ここに潜れるレベルのベルレイバーかつ火の魔術が使えるならば1番楽な相手。


 3体目『腐湖の魔剣士』アシッドナイト・ランスロット

 歩く度に地面を腐食させる呪われた魔剣士。

 奴の近くで息をすれば肺から腐り、やがて死に至る。

 幸いにも動きはかなりの鈍足、遠距離攻撃で削り、肺に腐食が侵入する半径2メートルを意識していればそれほど怖くはない。


 4体目『死海魔術師』ことデスレイクセイジ・マーリン

 火、水、雷、氷、風の5属性の魔法を自在に使いこなす人型の魔物。

『女王』に続き、背後に控えられると嫌な魔物ベストスリーに入る。

 3位は色々と入れ替わる事が多い、『キュウビ』が次は入るのでは?と噂されている。


 ここまでの評価は単体かつ私から見ればの評価。

 今は全員揃ってる上に最後尾には魔王がいる。


 5体目『王』ことマリスブレイド・クルーエルキング

 文字通り最強の魔物。

 魔力なのか呪いなのか、要因は分からないが長距離も斬り伏せる事が出来る禍々しい剣。

 そして圧倒的な威圧感。これに怯んだ瞬間に首が飛んだベルレイバーも少なくない。


 後ろを見るまでもない、新人達や『四諸侯』を攻略しようと下層を下っていたベルレイバーも顔を青くしてウチらの勝利を祈っている。


(これは流石に厳しいね……)

 今はまだ『王』が動いていない状態、だがウチ以外の前に出てる3人は満身創痍。

 大きな怪我こそ無いが体力はもうそれほど残っていない。


「っ!しつこいなぁ、もー!」

『死海魔術師』が多彩な魔法を後ろで縮こまっている皆に放つ、がそれはウチの愛用する超軽量加工されたスナイパーライフルの銃弾が全て撃ち落とす。その瞬間を狙って『魔氷の絶剣』が氷剣を振るうがそれも魔力の中心を穿つ銃弾で砕ける。

『暗殺騎士』と『腐湖の魔剣士』は3人が抑えていた、これの繰り返し。


 ウチが援護すれば片方は倒せるかもしれない、だが『死海魔術師』と『魔氷の絶剣』はそれを許さない。

 正確には新人達と引き換えになる。


 何人かでもまともに動ければ良かったのだけど……どうやら後ろの『王』が器用にもウチら3人以外を対象に威圧を強めているらしい。

 さっき恐らく入り口から無謀にも入ってきたサードランカー下位のベルレイバーが教えてくれた。


(『マギア・クリティカル』も無限に使える訳じゃない。何か策を……手札が足りないなぁ)

 今、ウチは右目にモノクルを付けている。

 実はこれは2つ目の『特典品』

『暗殺騎士』以外にもウチは大型魔物を単独で倒している。

 効果は『魔法の核を見抜く』、魔法とは魔力に属性や形状を指示して放つ物。

 その指示するための心臓……核を壊されると魔法は崩壊する、今瞬時にウチが無駄なく迎撃出来たのはこれがあるから出来たこと。

 付けていると自動的に魔力を消費するため、あまり長く使うものではない。

 せいぜいあと5分も経たない内に使えなくなる奥の手。


 そんなギルドバトルで使った物とは別の、完全に秘匿している物まで使うくらい追い詰められている状況だった。


(アヤちゃんに送ったメッセージ、届いたかなぁ……)

 新人達の報告によってここは携帯端末での連絡が不能、脱出不能。

 そして突っ込んできた馬鹿なベルレイバーのお陰で入ってくるのは自由ということが判明している。


 泥に呑まれるギリギリに送ったメッセージが届いていれば、もしかすると……。


 だからウチは希望を捨てない。

 この膠着状態を、なるべく長く続ける。


 それこそが、それだけがウチの考える勝機。





「っ!キサラギさん!!『王』がっ!」

 それを打ち砕くかのように、マリアさんの悲鳴にも似た声が耳に刺さった。


(っ!マ、ジ、で!?)

『王』が立った。

 それだけで膠着状態は終わりを迎える。


「全員っ!伏せろぉぉ!!?」

 タソガレさんのよく響くテノールボイスによる警告。

 新人達は固まっていた身体を辛うじて地面へと倒した。

 その背中の上を撫でるように『王』による断罪が通った。


「『暗殺騎士』はっ!?、ナギさん後ろ!!」

「うぐっ!!」

「ナギ!!くっ!『腐湖』め、邪魔立てするな!!」

 背中を斬られ、倒れるナギさん。

 それに追い討ちをかけようと迫る『暗殺騎士』へと向かおうとするタソガレさんを邪魔する『腐湖の魔剣士』。


「あーもうっ!いちいちタイミングが嫌らしい!!……っ、ヤバッ」

『死海魔術師』の雷を撃ち抜く、が少し目が眩む。

 魔力があまり残っていないことを知らせるそれが原因となり『魔氷の絶剣』の氷を撃ち抜き損ねた。


 不味い、と思ったキサラギ。

 しかし突如として新人達の居る方向から炎が巻き起こり、氷を全て消滅させたのだった。


(魔法での援護……威圧が緩まったの?ならいいけど……それより『王』は!?)

 動き出した『王』、その行き先は……。


「……ヒッ、助け……」

 ゆっくりと、だが確実にマリアさんへと距離を詰めていた。

 威圧が集中しているのか攻撃することも出来ない、ただ怯えるだけしか出来ないようだった。


「マリアさん!!」

 銃弾を連続で放つ、だが移動の妨げにはならない。

 全て一瞬で斬られた。

 そんな事は普通の『王』には出来ない。




 出来るとすればそれは……それはアヤちゃんが持ってるような規格外の『王』だ。



(ごめん、アヤちゃん。やっぱりウチら死ぬわ)

 ナギさんに『暗殺騎士』の剣、マリアさんに『王』の剣。

 それぞれその背中と首へと吸い付くように剣が振るわれ、リロードが間に合わないと分かったウチは目を伏せてしまった。

 それと同時に雷鳴が轟く、多分『死海魔術師』の魔法だ。


 あぁ……ウチは……誰も守れなかった……。






「ふむ、こうも大型魔物が並ぶと壮観だね」

「もっと多い景色も見たことあるでしょう?」

「そう考えると確かに正しくないな。訂正しよう、『生身で見るのは初めて』、だ」

「それが正しいね。オイラはそもそもここに来るのが2回目で約1年ぶり。でもさ、こんなに本場の『王』って威圧感あったっけ?」

 ……?

 雷が地面を叩く音で耳鳴りが酷い。


 そのせいか、誰かが穏やかに雑談している幻聴が聞こえる。


「……いや、これは多分別格。私の持ってる奴よりは弱いけど」

「……やっぱり?オイラも『暗殺騎士』を一撃で殺す気で雷を撃ったんだけどまだピンピンしてるっぽいから全員強化されてるって考えた方がいいよね」

「私の観点から見ると全部2.000相当、もしかしたらそれすらも越えてる可能性があるね」

「……それヤバくない?オイラ達の物差しで計れないヤツが来たってことじゃん」

「まぁこれは例外だろうさ。……ただ『親愛の鐘』が落ちてくれるかは気になる」

 おかしい。


 さっきまでいなかった筈の声が間違いなく聞こえる。



「……アヤちゃん?」

「うん。間に合ってよかった。助っ人も連れてきたよ」

 そこには身体に微弱な電気をバチバチと言わせながら纏うアヤちゃんと、助っ人と呼んだ2人の強者が立っていた。

 シンシアとメイビーだ。




 ◇◇◇




 ふぅ、ギリギリセーフだった。

 マリアさんに振るわれた剣は私が雷を纏って顔を蹴る事で止まり、ナギさんに振るわれた剣はメイビーの雷撃で止まった。


 シンシアは悠々と入り口から歩いて私達に並んだ。


「お三方ぁ!雑談しているのなら僕にも手助けが欲しい!!」

「あ、ごめん」

 タソガレさんを放置してた。

 五体満足そうだったのでつい……ね?


 断じて昨夜の外出前に邪魔されたことを逆恨みしてる訳じゃないよ?


 赤と橙色の石を素手で砕き、『腐湖の魔剣士』へと一直線に近づく。


 かの魔剣士は近づきすぎると呼吸器を侵される腐敗の霧が障害となる。

 しかし、実は皮膚に触れるだけなら短時間なら問題はない。


 息を止めて一撃で吹き飛ばせば何の問題もないわけだ。


「おーい、アヤ~?君、一応弓使いなんだから蹴る、殴るで対応するのやめない?」

「揉み消し要員が居るんだ。遠慮の必要はない」

「それもそうか」

「お二方、私の役割は揉み消し要員なのかい?一応、私も戦力として同行したのだけど?」

「じゃあ1体任せるよ。メイビーは『死海魔術師』、シンシアは?」

「これが薮蛇というやつかな?楽をし損ねたようだ……じゃあ『魔氷』を貰うかな。残り3体はアヤ氏が相手取るのかい?」

「うん。久しぶりにちょっと本気でやるよ」

「それは楽しみだ」

「勢い余ってこっちに被害を出さないでよ?」

 知ってる者は当然、といった空気。

 だがそれは少数派、すぐに待ったがかかった。


「アヤさんそれは流石に無茶だ!ギルドバトルとは違うのだよ!?」

「知ってるよ」

「いいや、君は分かってない。本当に死ぬんだぞ!?上位の2人のどちらかに『王』を任せるべきだ!」

「知ってるよ。でも私の主戦場はここだから、ね」

『王』は顔を雷の速度で蹴られたというのに何事も無かったかのように立っている。


 上等。


「そのくらいにしておいたら良い。タソガレ氏」

「しかし、」

「早く離れないと巻き添えを食うよ?」

『九尾の化け衣』偽装解除。


「先に行く。後ろは任せた」

「分かったよ」

「承知した」

 私の見た目は既に変わっている。キュウビの『特典品』は私の装備を偽装するもの。

 武器は弓と刺突武器の投げナイフだったのが弓と私の背を遥かに越える巨大な刀に、白い羽織袴姿が黒いパーカーと灰色のパンツルックの姿へと。

 懐から紫の布を取り出し、右の手首に巻きつける。


『先駆者の黒衣』

『アンストラグラン』の特典品。

 装備者の姿、声をほぼ偽装可能。武器には適用されない。


『神狼の疾く駆ける脚』

 デンマーク、旧ロスキレ大聖堂ダンジョン90階層大型魔物『フェンリル』の特典品。

 装備者の脚力向上。拘束時、力倍加。雷耐性向上。


『死毒の魔纏』

 同ダンジョン80階層大型魔物『ヨルムンガンド』の特典品。

 纏った者に死毒の力を与える。

 長時間付けると装備者にもこの毒は牙を剥く。


『魔王の魂』

 イギリス・旧ロンドン塔ダンジョン最下層150階層大型魔物『マリスブレイド・クルーエルキング』の特典品。

 旧ロンドン塔の下層部でしか取れない闇夜結晶を始め、様々なダンジョン産のレア鉱物をふんだんに使い、存在するだけで人を殺せそうなただならぬ気配を纏う心臓型の物体をそれらと共に超高熱の魔力の炎を使った炉で溶かし、日本屈指の刀匠である石動がたった1人の元弟子のために全身全霊をかけて打ったもの。

 紫の刀身だけで私の背を越え、黒い柄も私の肩から手先までほどの長さの大太刀。

 見る人によってはこの武器は歪で、見映えを重視して使い勝手をまるで考えてない、と言うだろう。

 だが私はこれを望んだ、それでいい。


「ここに居る者達全員に告ぐ。ここからの出来事は他言無用だ」

 シンシアがよく響く声で全員に語りかける。


「分かるだろう?私はここに居る全員を把握済みだ、しかし、感謝したまえ」

 いや、語りじゃない。脅しだった。

『情報屋』の名は伊達じゃない、情報漏洩への制裁は1番キツいものになるだろう。


「君達は今から『最強』を目撃することになる」

 うん、それは約束するよ。


 ここからは……


 報復アザミの時間だ。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

作者コメ


さぁ、最強の大暴れだ。

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