第12回 異常


『現在イギリス、旧ロンドン塔ダンジョンにて異常が発生しました。臨時ニュースです、現在……』

「っ!!」

「ちょっ……、アヤさ……何処……」

 ギルドの扉を乱雑に蹴り開け、軌道エレベーターへの直線距離での最短ルート、つまり屋根の上を全速力で駆け抜ける。

 無論、それ用の装備を付けながら。


(端末……チッ!アヤ名義の方落としたか!じゃあもう1つの方でっ!)


「メイビー!!旧ロンドン塔ダンジョンだ!!」

『んお?どしたん?』

「多分また『呪い』だ。キサラギと連絡が取れなくなった」

『なるほど、そりゃ不味いね。でもアザミが忠告したんじゃなかったの?』

「いくら1位アザミからの指示でも奴等が聞くわけがない。EUもヨーロッパも、もう消えた概念に近いってのにまだイギリスは単独でやっていける気になってるんだから」

『不運なのは新人君だよね。下に極悪なものが眠ってるってのに上層が雑魚という理由だけで訓練ダンジョンになってるんだから』

 今の地球には無数のダンジョンがある。

 そして大体その国に1つは弱い魔物しか出てこないダンジョンがある。しかし、イギリスにはそれが無かった。

 例外として旧ロンドン塔ダンジョン上層が弱い魔物で構成されているが……現状最も危険なダンジョンであることを忘れてはならない。

 現に、一度ダンジョンのエレベーターがエラーを起こして新人を100階層へと降ろしたのだから。


『ただの整備不良だ』とイギリスのお偉方は言うがそれは違う。

 最下層にいる魔王の『呪い』だ。


 感覚が狂ってない限り分かる。

 一度でも150階層に居座る『本物』の『王』に対面した者ならば。


 今まで浴びた『殺意』とは比べ物にならない、と。


 実は魔物はこちらから攻撃しない限り全力の殺意を浴びせてくることはない。

 一部の例外はいるが大体がこちらを観察するところから始まる。


 だが『王』は違う。


 150階層に降り立った瞬間から全身を斬り刻まれるような鋭く濃い殺意が襲いかかってくる。


『魔物救済者説』を唱える宗教家達の言葉も1つだけ同意できる。


『王は民を殺された恨みを纏い、報いを人間に受けさせるために降臨した』と。


 だから私は旧ロンドン塔ダンジョンの異常を全て『呪い』と称す。


「だから今すぐ趣味を切り上げろ。最高の結末はキサラギ含む4人のギルドメンバーの救出だ」

『ん?他の3人って誰?』

「昨日失敗した3人。本物の『暗殺騎士』に挑みに行ったらしい」

『あっちゃぁ。そりゃ大変だ……報道見てる?続報来てるよ』

 携帯端末で報道を写す、音を垂れ流すわけにはいかないのでイヤホンを着けて。


『現在入り口が黒い泥のような何かに覆われたロンドン塔ダンジョンですが、一人の勇敢なベルレイバーが中へと入りました!彼は数秒だけ生きていた通信に『『王』と『四諸侯』とか馬鹿げて……』と言い残したそうです』

「馬鹿が、勇敢と無謀を履き違えるなよ……」

 名前も知らない誰か、この出来事が歴史に残れば道を切り開いた勇者となるかもしれない。

 残れば、の話だが。

 表向きには私が経験した100階層への強制転移事件も隠蔽されている。ここまで大々的に報道されていれば隠し通せないとは思うが……あの国は無駄に力がある 。


 ともかく。

 情報整理だ。


 少なくとも敵は5体、『王』が率いる旧ロンドン塔ダンジョンの後半の大型魔物、『四諸侯』が相手だ。

 それが思う存分暴れられる場所、となると……。



「110階層に『四諸侯』と『王』が出て他の階層にいた人間が全員強制転移させられた、と見て間違いないだろうな」

『あー、あの無駄に広い『勇者の休息地』?5体が暴れられるってなると新しい空間が生まれた以外ならそうなるかぁ』

 110階層には大型魔物どころか普通の魔物すら出現しない。

 ゆえに『四諸侯』の内の3体と『王』に挑む者達が最後に休める場所、『勇者の休息地』と呼ばれている。

 今は到達階層にエレベーターで下りれるようになってしまったから使われていないが……最下層をアザミが攻略するまでは皆、ここを休息地として使っていた。


『となると、いくらキサラギちゃんでも20人近い人数を守りながらだと厳しいね』

「奥の手もあるとはいえキサラギは元々隠密型で遠距離型だ。あそこは隠れられる場所もないただ広いだけの空間だから難しい……っと」

 軌道エレベーターへとたどり着く。

 しかし、そこには1人の女性が待っていた。


「……」

『どうしたの?』

 説明が面倒だ、一旦通話を切る。


「ふむ、隠密系の魔道具……『シャドウライガー』辺りかな?魔力を意識していなければ気づけなかった」

「何の用だ?……シンシア」

 イギリス行き快速便の軌道エレベーターの前で仁王立ちしていたのは先日会ったばかりのシンシアだった。


「邪魔しに来たなら成功だ。今すぐそこを退け」

「口調が変わってるよ?少なからずここにも人は居るんだ、気を付けた方がいい」

「どうせ人払いしてる癖に。周り全部『ユノ』の手駒でしょう?」

 左手首に巻き付けた黒い布を取ると同時に私に周囲の視線が刺さる。

 そう、今まで私は姿をほぼ完全に隠す魔道具を使っていた。


 ほぼ、というのはシンシアを見れば分かるだろう。姿は隠せていても何もしていなくても微弱に滲み出る魔力は隠せない。


 魔力で無理矢理姿を隠しているんだ、その分の魔力は完全には隠し通せない。


「手助けが必要じゃないか?と思ってね」

「手助け?」

「君はそのままの姿で行くのかい?」

「当然だ、私には助けに行く理由がある」

 そう言うとシンシアは携帯端末を投げ渡してくる。

 そこにはベルレイバー協会からの緊急連絡が表示されていた。


「セコンズランカー20位以内で『王』と『四諸侯』を倒せる者、この縛りでは君は救援に行けない」

「メイビーがいる。必要ない」

「でも2人居た方がいいだろう?君を連れていくメリットを私が掲示して説得しよう」

「……言っておくが」

「トップシークレットに関しては問題ない。というかこんなところでそれを使うのは勿体無い」

 ……昨日の交渉は面倒事を避けるためには必要だった。

 だけどまた面倒事が湧いてしまった気がする。

 まぁいいか


「最大手情報ギルドのマスターの名なら使うに値するか」

「遠慮無く使ってくれたまえ!それだけのメリットは掲示されたからね。だが」

「トーナメントでは遠慮はしない、だろう?分かってる」

「よし、じゃあ向かおうか」

 気安く肩を組もうとするがそれをすり抜けてエレベーターへと向かう。


 しかし、その塩対応すらもシンシアは楽しんでるようだった。




 ◇◇◇




「いやぁ、やはり快速便は速くて良いね」

「……こいつを押さえててくれた事は感謝する」

「問題ないさ。だーれも来なかったからね」

 どうやら東アジア地区のベルレイバーはイギリスに無頓着らしい。


 というか、そもそもどれだけの数のベルレイバーが事態の解決に動くのだろうか……?


「うちのエース2人は動かないよ。『どうせいつも通り解決するだろ』、ってね」

「随分と信頼してるベルレイバーがいるようだな?」

「レインの憧れはアザミだからね、1位の名は伊達じゃないそうだよ?」

 アザミに憧れる者は多い。

 大太刀でなんであろうと斬るその姿は爽快で、見る者の心を掴むのだろう。


「私も何度か戦闘を見物したことがあるが……いやはや、あれは人間がしていい動きではない」

 アザミの戦いを見た者が言う共通の言葉だ。

 人間離れしている、人間の動きじゃない、はよく言われる言葉だが『人間がしていい動きではない』はアザミに向けて使われる言葉だ。


 曰く、爆炎で空を舞ったらしい。

 曰く、水と化して魔物を溺死させたらしい。

 曰く、……自らに雷を落として周囲の魔物を一掃したらしい。


 同じ人間である筈のアザミが出来るから、と真似して大怪我した者も少なくない。


 だから『人間がしていい動きではない』と言われる。

 遠回しに『真似するな』と警告しているのだ。


「今日は来てくれますかね?」

「……さぁ。状況次第じゃないかな?」

 アザミに関するもうひとつの噂、となるとやはりその正体だろう。


 果たして男性なのか女性なのか、年齢は?人種は?全て不明。

 知られている事と言えば、アザミの正体は協会のトップシークレットであり、その中でも上層部数人しか知らないという事。

 待遇が良すぎではないか、って?


 考えてみるといい。

 火力特化の『特典品』を1つ持ってるだけで恐るべき戦闘能力を得られる、それをアザミは数十は軽く保有している。


 要するに、『なんでもあり』の戦いだと彼、彼女に勝てる個人、団体は限られるものとなる。


 無論、協会が日常的に保有している戦力でなど対抗できる筈もない。

 本部にいるのは非戦闘系の人間が大半なのだ。


 待遇が気に入らなくて暴れるような人物ではないと知っていても慎重になるものだ。


 超常の力は憧れと恐れを同時に受ける定めだ。


 そんな雑談をすること数分、本来は疑似惑星イギリス地区を通るがこれは快速便。その過程を飛ばして地球……本来のイギリスへとたどり着いた。


 現在の地球は建物はほぼそのまま残ってるものの、自然が猛威を振るっている。要するに、辺り一面緑まみれ。


 疑似惑星によって地球の表層が覆われているがその対策はバッチリ。

 本初子午線から始まり、赤道上を照らす疑似太陽が開発されているから。


 無論、太陽との実際の距離を計算してかなり光を抑え、本来地球に降り注ぐ太陽光と同程度になるように調整されている……この辺の問題を解決できたから人類は宇宙へと飛び出した。

 ちなみに月は消えた。そこまで再現するのは難しかったらしい。

 人狼型の魔物は涙目だろう、見たこと無いけど。


「お、アヤ居た~、っと……シンシアもか」

「こんにちは、メイビー氏。私も同行させていただくよ」

「……いいの?」

 メイビーは胡散臭い、と言いたげな目でシンシアを見た後、私に聞く。

 というか、メイビーがそんな表情するなんて珍しい。

 大体フレンドリーに対応するのにシンシアは別枠らしい。


「良いんだ。というかこの人にはをした」

「ふーん、まぁアヤが決めたならいいや」

「失礼だが、お二人はどういう関係で?」

「幼馴染み。お互い父親がアメリカ軍人だった関係でね」

 ふむ、とシンシアが考え込む。

 だがそれだけで特に追求はなかった。


「さて、じゃあどうやってロンドン塔まで行こうか?まさか走るとか言わないだろうね?」

 私はデスクワーク派だから運動は苦手でねぇ、と付け加えて言うシンシア。

 無論、そんなアナログな方法では向かわない。


「メイビーいつも通りだ」

「オーケー、じゃあ二人ともオイラに捕まってよ」

「ん?……あぁ、分かったよ?」

 シンシアは移動方法にまだピンと来ていない。

 まぁこれは常識外れの方法だ、思い付かないのも無理はない。


 私はメイビーの右肩に手を置き、シンシアもそれに倣って左肩に手を置く。


「うーん、一人増えるとやっぱり絶縁処理が難しいね」

「無理か?」

「んなわけないでしょ。雷魔法でオイラに出来ないことはないよ」

 ん?雷……、まさか。とシンシアが呟く。流石に雷魔法と聞けば分かるか。


「電磁加速を利用しようと言うのか……人の身でそんなこと、」

「これ、『エレクトロスライム』の『特典品』。これとメイビーの絶縁結界でこちらにダメージはほぼ通らない」

 懐のミニバックから薄い黄色の膜を取り出し、3人を包む。


「……なるほど、こんな常識外れの移動手段があったから……」

「そもそも全員遅いんだよ。もっと魔法で楽しようよ」

「誰しも命の危機を感じてまで先駆者になりたくない。現に私は今、」

「はーい、舌噛むよ?」

 命の危ぎ……と思いっきり舌を噛んだシンシア。

 空へと飛び立つ瞬間まで喋っていた方が悪い。


 ……まぁギリギリまで喋らせていた私とメイビーの性格の悪さも認めよう。


「……っ!!ハハッ、素晴らしいなぁ、この上昇速度!人がゴミのようだ」

 ただ、やはり彼女も1人のベルレイバーらしい。

 未知への恐怖を越えた先にあった空からの景色に気付けば楽しんでいた。

 ちょっと異質な感想だったが……。


「ん、やっぱりすごい人が集まってるね」

「着地地点どうしようか?」

「待て、現地で偵察している私の部下に用意させる」

 空いている左手で軽く頭を抑えるシンシア。

 思考通話で対応しているようだ。


「お、空いた」

「その空間に降りるといい。充分だろう?」

「勿論、オイラに不可能はほぼ無い!」

 速度を落としながら旧ロンドン塔ダンジョン上空を舞っていた3人は降下し始め、シンシアの部下によって用意された人混みの中にぽっかり空いた空間へと滑り込んだ。


「何事だぁ!!?私が統治するこの区域で」

「失礼、急ぎで駆け付けました、ファーストランカー9位、シンシアです。こちらは13位メイビー氏と協力者のアヤ氏です」

「むぅ、『情報屋』の……それに13位か。待ちくたびれたぞ、上位と言っても所詮は力自慢のならず者共どもか」

「……となるとまだ20位以内の人物は」

「ただの1人も来ておらん!!」

 怒り心頭、といった感じの自称統治者。

 勿論今の地球に地域の統治者はいない。

 少なからずいるんだ、ダンジョンの保有権利を主張したり入場料をせびったりする者は。


(この救援の少なさはコイツの人望かな)

 この腹の大きい肥えた男はベルレイバー界隈でも悪い意味で話題の人物。

『旧ロンドン塔に潜るならコイツと出逢わないように気を付けろ』と言われるレベルだ。


 優秀な人物には大型魔物の魔石をせびり、新人には入場料として魔石の3割をよこせ、とか言ってくる奴だ、当然嫌われている。


 アザミの忠告を無視してイギリスの新人をこのダンジョンに放り込み続けているのも何を隠そうこの男である。


 要は私腹を肥やすための主な資金源が新人だからここからいなくなられては困る、ただそれだけの理由でこの呪われたダンジョンへと新人を入れている。


(……事が終わったら覚悟しておけよ)

 心の内でそう誓う。

 幸いにもここには『情報屋』が居るんだ、幾らでもこの男を追い詰める手段はある。


 敵に回すと恐ろしいぞ?シンシアは


「ん?貴様はなんだ、20位以内に貴様のような女は見なかったぞ」

「ガイウス氏、彼女はこのダンジョンの魔物を熟知しています、なので私が同行を要請」

「……思い出した。あの時『暗殺騎…』」

 待てよ豚ぁ!?


「……それは協会、ひいては貴方が秘匿すべき内容の筈、ここでそれを話したら貴方は終わりですよ?」

『暗殺騎士』の転移事件は秘匿されている。なのにこんな公衆の面前で、大声て話すバカがいるとは……。

 とはいえ、この豚は私に恩がある。それを思い出したなら同行を許可するだろう。だよね?豚さん?


 痙攣するように頷いてる、うん、良い子だ。


「凄まじい速度で口を抑えに行ったな。普通あんな動きをすれば人を吹き飛ばすというのに、絶妙な力加減だ」

「ほら、行くよアヤ。さっさとキサラギちゃん助けないと」

 おっと、いけないいけない。

 すぐに向かおう、さっさと向かおう、疾く向かおう。


 みんなが待ってる。

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