第10回 最弱の行き先
(ちょっと盲点だったな……想像以上に私へのヘイトの溜まりが早かった)
半分ほどしか街灯の明かりが点いていない閑散とした街を歩くアヤ。
気のせいか、その背中は寂しげな雰囲気を漂わせていた。
疑似惑星・旧東アジア地区
その名の通り、ここには東アジアの国々に住んでいた人の大半が住居を構えている。
地区と言いながら巨大な大地であり、地面に向かって地球と同様の重力がかかっている。
このような天体モドキが幾つかの軌道エレベーターによって繋がれ、地球の周囲を回っているこれをまとめて疑似惑星帯と呼ぶ。
『それじゃあ人工衛星と同じじゃないか?』
細かいことは気にしない方がいい、地面の裏に設置された重力装置を開発した研究者達がキレるよ。
そして街灯が半分しか点いていないのはこの地区特有ではない。
毎日20時から太陽が照らすまではずっとこんな暗い街並みだ。
何故かって?ギルドバトルが開催されているからだよ。
1日に幾つもの仮想空間を形成、そして今や最上位の娯楽と化したギルドバトル観戦をするために家には必ずテレビがある。
ハッキリ言おう。
電力が、エネルギーが、その時間帯に枯渇するのだ。
そのため、街中はこの状態になる。
宇宙暮らしは楽じゃない。
人が開発したオゾン層モドキ、通称エデン層の影響で宇宙空間の影響を陽光以外カットしている。
その代わりなのか疑似惑星内は完全に無風、風力発電くんは死にました。
となると大体が水力、太陽光、原子力、火力に縛られる。
更に、常に重力装置に電力を食われている、これは地球暮らしの時には無かった苦労だ。
必然的に必要の無いところで使用電力を絞る必要がある。
結論がこの状態だ。
(まぁ私の用事に問題はない。軌道エレベーターは動いているのだから)
今日、私が行くべき場所は2か所、1つは今からエレベーターで向かう疑似惑星帯の中心の小島だ。
ここは後から増設された場所、元々地球時代に無かった機関の本部だ。
「……今は当たり前だけど100年前の人は想像もできないだろうな」
宇宙空間を高速で動く軌道エレベーター、その中で金属の大地を見ながら呟く。
地表は土やコンクリートで覆われているが裏面を見れば現実を教えられる。
全て本体は金属、無機質で生命が欠片も宿っていない冷たい大地が広がっている、真実とは残酷な事が多い。
そんな事を思っているとあっという間に目的地に到達。
エレベーターの出入り口は巨大なシンメトリーの建造物のエントランスとなった。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ。身分証の確認を」
「ん」
「……確認しました。本日の用件は?」
「本部長に会いたい。アポは取ってないけど『アヤが来た』って言ったら通すと思うよ」
見慣れない受付、そういえばこの時間に来るのは久々か。
大体私が来ていたのは皆がせっせとギルドバトルに勤しんでいる20時以降だ。
「少々お待ちください」
だから伝達の通りも悪い、これはもうある程度諦めるしかないかな。
顔くらいの大きさのタブレット端末を操作している、文書での連絡か。
(通話したらすぐなのに。まぁ次回からはもう少しスムーズに行くだろうな)
これからも何度かこの時間に来る予定だから。そんな事を考えていると左に長く伸びる廊下の中途からバンッと思いっきり扉を開く音が聞こえた。
慌てて蹴り開けたのだろうか、細長い綺麗な脚が見えた。
「ア、アヤさん!?この時間にいらっしゃるなんて……」
「ミナヅキさん、おひさ~。会長、今暇?」
「仮眠中なので叩き起こしてきます。3分ほどお待ちください!」
8頭身くらいあるんじゃないかと思うくらい驚異的な顔の小ささと身長の彼女はミナヅキさん。
実はキサラギさんのお姉さんだ。
クール系美人とキュート系ギャル、初見で姉妹だと見抜ける人は少ない。
彼女はベルレイバー協会副会長兼支部総長。
新米の頃のキサラギさんをミナヅキさんに紹介されたのが始まりだった。
それから彼女は私と会長を繋ぐ窓口代わり、というか彼女こそ寝る暇あるのかな?
今も仕事中だったっぽいし……。
「お待たせしました!どうぞこちらへ」
右廊下の突き当たりを曲がって行った彼女は宣言通り、3分後に戻ってきた。
彼女もベルレイバーとして目覚めてはいるけど
そんなに急がなくても私、怒らないのに。
彼女の後ろをついていく。
右廊下突き当たりを左に曲がるとすぐに上へと向かう階段が存在する。
その先に二重ロックで鍵がかかった重要資料室がある、会長は1日の大半をそこで過ごしている。
大方、仮眠と言いながら資料を読み漁っていたのだろう、あの活字中毒者は。
「んおー、いらっしゃいアヤちゃん。元気にしてた?」
整理されていた筈の本棚から乱雑に抜き取られ、床に放り投げられている資料達。
その中心にはどう見ても小学生低学年くらいにしか見えない立っても地面に付きそうなほど長い金髪の女の子が間抜けな顔をして座っていた。
ついさっき起きたばかりだね、これは。
「会長、『んおー』ってなんですか、仮にも女性が人前で口に出す言葉では」
「ミナヅキちゃんは固いなぁ、妹ちゃんにおっぱい分けて貰ったら少しは柔軟になるんじゃない?オススメするよぉ」
「すいません、アヤさん。この会長1度殴らせて貰います」
気のせいかミナヅキさんの身体に黒いオーラが漂い始めた。
胸の話は彼女には禁句なのに……。
と、まぁ今2人がわちゃわちゃしている間に整理しよう。
このただの子供に見えるのはオリヴィエ・ブレイマー。
初代会長アレックス・ブレイマーの娘であり、2代目会長。
そして元ファーストランカー2位『爆風少女』と呼ばれた人だ。
当初は『爆風幼女』と新聞社が名付けるつもりだったらしいが父親の検閲により少女になったとか……、まぁ実年齢が30越えてて幼女はね。
今は引退して会長職を継いでいる、私は現役時代だと地球でごく稀に会うくらいだったが引退してからは週に1度はこうやって会う機会を作っている。
「んでー?アヤちゃんはわたしになんの用事?」
「今日私が所属してるギルドが『ユノ』と当たったことは知ってる?」
「勿論、わたしゃこれでもベルレイバー協会の会長ですから。んで、記事を隠蔽?検閲?消し飛ばす?」
会長の権限というのは恐ろしいものだ、協会公式の新聞は勿論、ギルドや個人が作る情報掲示板やブログ等も世に出回る前に確認、そして都合が悪いことがあればもみ消す事も可能。
『ベルレイバー』というジャンルにおいてオリヴィエは最強の情報管理者だ。
「いや、今回はむしろ何もしないでいい」
「んえ?なんで?」
「相手が『ユノ』だから」
隠す、ということは何か後ろめたい事があるに違いない、と躍起になって裏を掘り下げに来る。
そういう人間だ、あれは。
「んまー、アヤちゃんがそれでいいならいいさぁ。わたしとしては君が辞めなければ問題はないからねぇ」
「……まだ当分は辞めないよ、きっとね」
「それならいい。わたしゃ、やることが出来ちゃったから辞めたけどアヤちゃんはまだこの業界に必要だからね、ちょうどいい気分転換にはなってるでしょー?」
てんちょー……エタさんに一度目に誘われた時に決め手となったのはオリヴィエの薦めだ。
『アヤちゃんは殺伐とした世界だけじゃなくて娯楽の世界も楽しんだ方がいい、きっと人生が豊かになるよ』と。
5歳も歳が離れていない、ほんの少しだけ年上が言い放った言葉とは思えないそれが私の躊躇を吹き飛ばした。
『とりあえず1回やってみよう』と思える程度にはなった。
私の知恵を結集して挑む死なない戦いは……なんというか、少しだけ楽しかった。
自分だけが強くても勝てない、仲間全員の勝利でギルドが勝つ。
そんな他力本願な戦い、今までしてこなかった。
勝利はいつだって……自分の努力の上でしか成り立たなかった。
「まぁ、ここ最近は充実してると思うよ」
「薦めたわたしにも責任はあるからねぇ。楽しくて良かったよぉ。んじゃ、おやすみぃ~」
オリヴィエはもう用事が終わったと考え、再び床に寝転がった。
あ、ミナヅキさんがキレそう。
「あなたって人は!」
「いいよ、ミナヅキさん。私の用事も終わったし」
「ですがっ!……そもそも床に寝転ぶのは会長としてどうかと思います」
まぁ気持ちは分かる、長たるもの人前でキチンとしていて欲しいというのは。
「私はオリヴィエさんの事よく知ってるし頑張ってると思う。だから息抜きくらいさせてあげよう?」
「……アヤさんが言うなら」
その場を去る私に続き、ミナヅキさんが音をなるべく立てずに扉を閉めた。
「そういえば、ミナヅキさんに聞きたいことがあったんだ」
「なんでしょうか?」
「『YOU KNOW』の本拠地、何処にあるか教えて?」
「……本当に今までギルドに興味なかったんですね」
仕方ないじゃん。大体最前線には『ユノ』の諜報員がいる。
ギルドに情報買いに行く必要ないんだもん。
◇◇◇
「旧アメリカ地区か……、しかもこれ一等地じゃん。流石は有名ギルド」
旧アメリカ地区は現在昼間、元々街灯が必要ない時間。
そう考えると、地球を脱した今でも世界の中心はアメリカなのしれない。
街中で立ち食いをしながら携帯端末でギルドバトルの花方である出撃フェイズを見れる、東アジア地区では見られない光景だ。
「……でっか」
登録されている住所の場所に付くとそこには……。
巨大な建造物が建っていた。
(ていうかこれ、まんま『ホワイトハウス』じゃない?色違うけど、良いの?こんなの建てて)
見た目は『ホワイトハウス』そのもの、色が黒いになっていたり庭無しにそのまま建物があって塀に囲まれているだけだったりと、細かい差異はあるもののそっくり。
「……他の上位ギルドも怖くなってきた」
『異物』とか絶対ヤバそう、そんな感想を抱いているとガラガラと音を立てながら自動で門が開き始めた。
「おやおや、こんにちはアヤさん。それともこんばんは、の方が合っているかな?」
「呼ぶ手間が省けて助かったよ……シンシアさん」
……出迎えてくるかも、とは思ってたけどまさか本当に出迎えられるとは。
単純に私の知名度が上がった可能性もあった。
だけどそれにしても私を見る目が多かった気がした。
(旧アメリカ地区に生きる人の全員が『ユノ』の諜報員だ。なんてお話も眉唾物じゃないかもね)
私の見た目と言ったら今だと黒髪の和装。ここだととても目立つ。
ギルドバトルに出た姿そのままだから人によっては一瞬で『アヤだ』と判別できる。
そこからはもう『ユノ』の本拠地、ギルドハウスまで一直線だ。
「小腹くらいは空いているだろう?少しお茶しようか」
「では遠慮なく。立ち話で済む用事でもありませんしね」
この人とは一度お話をしておくべきだ。
私達の今後のためにも……ね。
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