第5回 初の難敵


「んー、どうすっかぁ……」

「どしたん?てんちょー」

「いや、今日のマッチングよ。一回本気を試すならこれ以上無い相手だけど……相手が相手だけにさぁ」

「あー、『ユノ』いるよね。まーた随分と下のレートを彷徨いてたもんだ」

 ギルドバトルにおいて『勝利』と判定されるのは3位まで、4位になった時点で連勝は途切れる。


 そのレートにはよるが、原則1、2位がレートポイント加算、3、4位がレート減算となり、たとえばだがSレートからAレートに下がってしまった場合、次の日に勝ってもランキングに影響するランクポイントが得られる量が少なくなる。

 レートごとに勝利したときに得られるポイント数は決まっているのだ。

 つまりは、『いかに4位にならず、自分達が有利に戦えるレートで戦い続けられるか』それが日常のギルドバトルにおいてランキング争いをしているギルドが考えることだ。


『YOU KNOW』は情報戦最強、敵の戦力を分析し、思い通りの順位に着地することを目指す、言うなれば調整ギルド。

『焼肉処白鐘』のように『とりあえず目の前の奴らを蹴散らせ』という常に1位を目指すのとは全く違う方針のギルドだ。


「アヤさんどうする?ワイとしてはここで、」

「「リッチェルさんとメイビー(さん)の本気を見たい」……かな?」

「おお、息ピッタリ。んじゃとりあえず周回班2人は決定、あとは?」

「ゲーレさんもいってらっしゃい」

「……なんて?」

「『ゲーレさんもいってらっしゃい』」

「なんでや!俺は関係ないやろ!!」

「そろそろ働け、紳士の皮を被った変人」

「ワイもそろそろゲーレさんに動いて欲しいわぁ。結局まだ接客もやってないじゃん?」

「俺は全然接客やっても良いよ!?」

「クルーナさんがさぁ、『接客には品性が重要です』って言ってたんだよ」

「俺は100人が見たら100人が紳士と答える存在やぞ!」

「それ聞いた相手脅してない?『紳士と答えろ』って」

 地団駄を踏みながら『周回行きたくない!』と文句を言う様はとても紳士とは呼べなかった。


「店の方は私とナギさんタソガレさん夫婦、マリアさんに……ハルカナさんでいいかな」

「ワイは裏作業で、カミラさんとツナ君は欲しいかな。二人とも『ユノ』に短期で行ったことある筈だし」

「じゃあキサラギさんそっちに貸すよ。私の知り合いだと彼女が1番色んな所行ってるし」

 てんちょーに『何人か勧誘して良いよ』と言われた時、私は幼馴染みのメイビーと私のベルレイバー業の内職?のようなもので何度か関わったことがあって上位ギルド複数を渡り歩いていたキサラギさんを勧誘し、二人とも良い返事をくれた。

 我ながら縁に恵まれたものだなぁ。


「んー、まぁ概ねこんなところかなぁ。出来ることなら情報を隠しながら勝つ。向こうが勝ちを取るか連勝維持を取るかは不明だけど……」

「シンシアさんの動向は読めないからなぁ、もしかしたら店に食事しに来るまであるよ、あの人なら」

『『まっさかぁー』』





「やぁ、ここが『焼肉処白鐘』か。大盛況じゃあないか」

「……いらっしゃいませ、1名様で?」

「あぁ、そうだよ。こんにちは、サブマスターのアヤさん」

 ……マジで来たよ、この人。


 現れたのは金髪金目の100人に聞けば99人は認めるだろう美少女、『YOU KNOW』ギルドマスターのシンシア。


 周囲の喧騒が変わる、『あれシンシアじゃね?』『うおっ、本物だ!』『なになにー?直接対決か?』『アヤ先生頑張れっ!!』

 おい、最後の。正気か?


 我最弱、彼女9位

 勝てるわけ無いでしょ。


「ご注文お決まりになりましたら「盛り合わせAセット、ビビンバ付きで頼むよ」……畏まりました」

 やりづら……、食い気味に頼んでくるのって言葉のキャッチボールがヘタクソだよね、野球初心者に160キロの豪速球投げないでよ、接客初心者のツナ君なら慌てるよ!?


 しかもAセットってかなり量が多いしビビンバも2合くらいはある、食べきれるのかな……?


「では、ただいま具材をお持ちしますので」

「あぁ、食事が来るまでの間で良い、ちょっと話さないかい?」

「……今は業務時間中なのでご遠慮いただきたく。他にも提供待ちの方がいらっしゃるので」

「ふむ、ではこうしようか」

 そういうとシンシアはわざとらしく椅子を地面に引きずりながら立ち上がる。

 若干耳障りなその音は彼女に興味を持っていなかった客の目も集めた。


「今この場にいる皆さん、本日のこの店でのお食事代は私が持ちましょう。これは『YOU KNOW』ギルドマスターとしての誓いであり、破られた際には私は世界中で総叩きにされ、ベルレイバーを引退するでしょう。暫し、1人の店員を私が独占することをお許し願う」

 その宣言に店内が湧いた、ある者は携帯端末を手に取り、ある者は追加注文をし始める。

 ……とても逃げられる空気ではなくなった。


(ないわー……、とても面倒)

「さ、アヤさん。私の正面が空いてるよ?」

「……ハルカナさん、『大至急』このお客様にAセットとビビンバ、用意して」

「わ、わかったよ!姫、ご武運を!」

 戦わないよ、ハルカナさんまで何言ってるのさ……。


「お話しするのは初めて、でよろしいか?」

「ファーストランカーなんて雲の上の存在の方々とはお会いするのも初めてです。緊張で心臓がバクバク言ってるので」

「私が知るエタ君が買っている人物だ。あなたに関しては『特に』念入りに調べさせて貰ってますとも」

 チッ、てんちょーのせいか。


「いやぁ、調べても大したことは出ないと思いますよ?所詮は……新人教育係っていうのと『デッドリーブレイド・ジェネラルに単独勝利』、くらいじゃありませんか?」

「ほほう、これはこれは、新情報ありがとうございます」

 ハッ、この程度の情報で新情報なら『情報ギルド』は名乗れるわけがない。


 協会は秘密にしている、だけど人の口に戸は立てられない。

 相手はシンシアだ、本人達が語る可能性もある。


 まぁいずれにしても、私がやることに変わりはない。


 私の実力をし過ぎた、そんな結果が理想だ。


「ああ、そうそう。お話の代金を前払いしておこう」

「代金?」

「貴重なお時間のお礼だよ。……今夜のうちの防衛、『王』と『女王』を出すことにした」

「……へー、そうですか。そりゃあ他のギルドが悲惨な目に会いそうですね」

 この女、軽々しく言う。


『親愛の鐘』を授かる確率は明かされていない、が、かなり低いことは確か。

 その証拠といってはなんだがメイビーはあれだけ『女王』を倒してて5個しかまだ持っていない。


 特別、メイビーと『女王』の運が悪いという説もあるが2千分の1という数字を見ると確率はかなり低いことは分かるだろう。

 だから同じ大型魔物を何度も倒す必要があるのだ、それに向こうにも大きさや強さの個体差はある。

 同じ大きさ間の強さに関しては微々たる差だが小さい個体と大きい個体では差がかなり出る。


 最小サイズとされる1.000と最大サイズである2.000の2種で体力を比べると約5倍にもなる。

 大体の個体は1.500が上限、それ以降は規格外個体とされ、余裕でその大型魔物を倒せるくらいの実力が無ければ返り討ちにあう。


「まぁ大きさはそちらには及ばないかもしれないがね。特に『女王』は」

 そんな何度も倒す必要がある中でも難易度が高い『女王』をメイビーは日常的に倒して回っている。

 1つミスをすれば死ぬ可能性がある事をいつもしているのだった。


 まぁメイビーに限ってはその命懸けの所業の実行難易度は下がるのだが……おっと、これは内緒だった。


「こちらもキサラギさんが苦労して手に入れた『王』なのですが……流石に過去2回のトーナメントでも優秀な成績を残しているギルドは違いますね」

「いやぁ、私自身は大したことありません。他の皆さんが強いだけ、あなたと同じだよ」

「私は単なる弱者、シンシアさんと違って情報面に長けてるわけでも」

「おや、ですがあなたに教えられたベルレイバーは聞いている限りでは皆、あなたに感謝していたしあまり表に出ないあなたが出てきて喜んでいるよ?きっと前回もそうだったのでしょう」

 その時は私はエタ君の手腕しか見てませんでしたが、と付け加えて彼女は言う。


「最近の新人は基礎がなっていない、なんて言われているが……どうやらあなたが教えた方々は皆、ある程度大成しているようだ。うちのギルドにも今回トナメ要員として募集した中に1人いたよ、まだ1年も経っていないのにサードランカー910位になっている新人君が」

「才能があったのでしょうねぇ、しっかり教えても身になるかはその人次第ですから」

「全くもってその通り、優れた教えは優れた人間にこそ行うべきだ」

「私の教えが優れてるかはともかく教えがいがある子には色々と教えたくなりますよね。まぁ不出来な子ほど私は可愛いと思いますが」

「それは愛玩動物にはなっても狩りの友にはならない。どちらも不要ではないが私は教えるなら後者が良い」

 いつの間にか教育理念の話になっている、まぁこの程度の会話ならいくらでも応じておこう。


「……蛇足が過ぎました、ふふふ。なかなか面白いお方だ」

「気体っていうのは体積が軽いものほど上に行きますよね」

「?えぇ、当然の帰結だ」

「お互い相手を煙に巻いて情報を引き出そうとしたり隠匿しようとしたりしていますが……今回は私の方が重かったようですね?」

「お待たせしましたぁー!Aセットとビビンバですー!」

 タソガレさんが厨房から私とシンシアがいる卓に来た。

 左には肉が盛られた平皿、右にはビビンバの入った石焼きの器を携えて。


「……あー、来てしまったか」

「では、約束通りここまで、という事で」

「……最後に1つだけ、何も答えなくていいから言わせてくれ」

 席を立ち、精神的に疲れた身体を裏で休めるために進めていた足を止める。

 聞くだけならタダだ。


「あなたは、どういうわけか出撃を公式で失敗したことがないらしい。今夜も楽しみにしているよ?」

 ……聞かなきゃよかった。




 ◇◇◇




「うー、……精神的に疲れた!」

「おー、アヤさんお疲れ、ワイが出てもよかったんだけどやめといた」

「それでおっけーおっけー、わざわざギルドマスターが出張でばってくるなんて、やましいことがあるって自白しているようなものだもん」

「……てんちょー、気を付けた方がいいわ、シンシアが来る前から居た客の中にサクラが混じってた」

「マジ?……まー、こっちに迷惑かけない限り特別禁止事項は無いけどさ。ちなみにどうして気づいたの?」

「シンシアが店内の奴等に奢るって言ったから気づいたんだけどさ、明らかに食事量が少ない、やっすい伝票が結構あったんだよね」

 彼女のポケットマネーか、ギルド共有の資産かは知らないが彼女は店内の客全員の支払いを買って出た。

 自分達のダメージを最小限にするために値段のコントロールをしていたのだろう。


「ま、あくまでも予想だけどね、普通に少食の可能性もあるし」

「んー、そっか。シンシアさんみたいに有名人ならともかくあまり名が知れてない無名のメンバーを使えば潜入捜査は容易いかぁ」

 パソコンをいじっていた手を止め、軽く伸びをするてんちょー。


「ま、別に良いよね、対策しなくても」

 そして大して考えもせず、能天気な回答が返ってきた。


「ワイがやりたいことをやるんだ。窮屈な店はいらない、皆好きに飯を食ったり雑談したり、やりたければ偵察でもすればいい。ワイらがやることは変わらない」

 この東アジア地区で1番、ひいてはこの世界で1番の店を作り、ギルドに関しては最初から世界一を目指す。

 それがてんちょー……エタさんの望むことだ。


「ホント、過酷な道を選ぶね」

「アヤさんだって思わない?つまらない面白くない簡単な人生よりさ、楽しくて面白い、ハードモードな人生の方が満足できるって!」

「……ハハ、それはなんというか……」

 考えたこともなかった。


 私が考えたのは得た力を報復のために扱うこと。

 始めは違ったのかもしれない、けど地球が、世界が変わってしまってからはずっとそうだった。


 ここ数年こそ後進のために知恵を与えることを覚えたがそれでも、魔物を倒すのに楽しさなど感じられなかった。



 でも最近は違うんだ。


 無邪気に夢を語って笑う君を見るたびに、

 空っぽだった私の人生が満たされていく、

 無色だった世界に彩りが戻ってくる、


 私の親を奪ったこの無慈悲な世界にも楽しさが、少しだけ見えてきた。


 まだ私は最弱アヤでいい、

 でもいずれは……。


「少し、店長の行き着く先が見たくなってきた」

 報復の花アザミを、最強を彼のために捧げても良いかもしれない。


 そう思ったんだ。





「あ、てんちょー。シンシアが私に興味持ったの、てんちょーがサブマスに推したせいだったよ」

「え?でもどうせどの位置でも注目されてたでしょ」

「それはそれ。原因を作ったてんちょーにはあとで鬼畜防衛の特訓をしていただきます」

「やめてよ!絶対ヤバイのやらせる気でしょ!?」

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