第4回 報復の花『アザミ』
疑似惑星での生活に人類が慣れた頃、軍人とは名ばかり、すっかり治安維持部隊へと成り下がっていた頃、私の父と母は突然死んだ。
両親も私も純日本人だが二人はアメリカにいた。
父は軍人、母は研究職。私はとある刀鍛冶の元で見習いをしていた。
昔から憧れだった。
一振りで鋼鉄だろうと銃弾だろうと両断する繊細かつ強力な日本刀というものが。
アニメや漫画で誇張されるのも頷ける。実際、どちらかというと叩きつける剣が多い中で異彩を放つ刀という武器、受ける事を優先せず全て斬り捨てるための武器。
どうしようもなくカッコいいのだ。そういうものに世の中の子供は憧れる。
私は父の道も母の道も選ばず、18には家から飛び出して田舎の鍛冶師に弟子入りした。
女が刀鍛冶をやるのが悪いか!そのために私は身体を鍛えていたんだ。
剣道も二段まで取得し、柔道、空手も剣道ほどではないものの全国の大会に出ても遜色無いと言われるまではやった。
幸い、師匠は『女だから』とバカにするような人ではなかった。その代わり、というか……とりあえず修行は厳しかった。
そんな事をしながら早5年、世界情勢にも疎くなっていた頃に幼馴染みが手紙を片手に訪ねてきた。
それがメイビーだ。
私もメイビーも父親がアメリカの軍人なのだ。
手紙を渡すと同時に言われた、『……親父さんとお袋さんが亡くなった』と。
戦争も無くなった、軍人はただの治安維持部隊な筈だった。
なのに、何故?しかも研究者だった母も何故?
家を飛び出したからって二人の事が嫌いなわけじゃない。
早く一人前になって認めて欲しかった、尊敬する二人に誉められたかった。
ただ、それだけだった……。
やがて地球に産まれた新種の生物が『魔物』と呼ばれ、ダンジョンが見つかった、と公式に発表があった。
世界は『
最初のうちはそれも順調だった、結局犠牲になったのは両親やそれと共に最初に降りたアメリカの軍人、研究者のみか。とやるせない気持ちを押し殺す日々もすぐに終わった。
新たな絶望が産まれたのだ。
『アンストラグラン』だ。
順風満帆だったベルレイバー達の足が軒並み止まる。
皆、決して死にたがりなわけではない、新たに産まれた職業の開拓者になって甘い汁を啜りたいのが大半だ。
『アンストラグラン』が初めてテレビに映った時、思わずテレビに殴りかかりそうになった。
『コイツが両親の仇の……!』
殺意が、想いが溢れて拳を握り締めるあまり、爪で肉が抉れてしまっていた。
強い感情からアドレナリンが出ていたのか、痛みは殆ど感じなかった。
私は感情のままに自身のために刀を作った。
奴をこの手で殺すために。
思えば殺意をもって刀を打つのはこれが初めてだった。
結果として、美しさの欠片もない波紋も汚い刀が出来上がった。
しかし未熟な私は『これでも奴を斬ることくらいは出来る』と。
無謀にもそんな半端な刀で何人もの人を殺した恐ろしい魔物に挑むところだった。
『待て、そんな出来損ないを持って何処へ行く』
夜明けと共にこの場を去る私を師匠が呼び止めた。
完全に寝ていた、と思っていたため、完全に予想外の声掛けに驚く私に向けて師匠は右手で乱暴に細長い何かを投げつけてきた。
『っ!これは……?』
『奴等には既存の鉱物のみで打った刀は殆ど通じぬ。だが……そいつなら恐らくは通る筈だ』
少し抜いただけで分かる、見事な刀だった。
波紋に一切の乱れはなく、軽く指を押し当てるだけで指が飛んでしまいそうなほど鋭い。
『わしが直々にお前のために打った。お前は未熟者だったが不出来な弟子ではなかった、が……両親の死がお前に雑念を産んだ』
お前は破門だ。と最後に告げられ、師匠は私に背を向けた。
寂しさを押し殺して私は足を前に向けた。
『もう二度と会えないだろう』という覚悟を師匠は冷や水を浴びせるように打ち消した。
『次は客として来い。奴等の素材でお前の刀を打ってやる』と。
『……っ、はいっ!!行って参ります』
最強の冒険者『アザミ』の始まりだ。
◇◇◇
結果的に『アザミ』は『アンストラグラン』で止まっていた人類の歩みをたった1人で斬り開いた。
黒く巨大な虎が消えたとき、死体の代わりにそこに残ったのは魔力結晶と黒いパーカー。
この服には他人から正確な顔と声を把握されない機能が備わっていた。
まるで最初に壁を突破した者を守るかのように……。
本音を言えばこんなものは着たくなかった、しかし効果の都合が良すぎるし人類が作れる大抵の防具の何よりも耐久力が高かった。
そこから先には特殊な魔力結晶、後に
持っているだけで力が増したり脚力が上がったり、物によっては指から火を放てるようになる物もあり、種類は数十種類にも及んだ。
やがてその特殊な現象を発生させられる増幅結晶を杖に埋め込み、『魔法使い』としてベルレイバーになる者が増えたのはまた別のお話。
私はとりあえず旧アメリカと旧日本を拠点として活動、しかし他国で強力な魔物が現れたとき、ベルレイバー協会直々に私へと協力要請が来る。
最初に大型魔物を倒した者というのは協会としても頼りにしたい存在なのだろう。
私がベルレイバーになって5年が経過した。
段々と周囲の者も強くなり、私で無ければ勝てない、といった事態も減っていった。
『アザミさん、今度やる初心者講習に付いてきていただけませんか?』
疑似惑星・東アジア地区にあるベルレイバー協会支部の支部長からの言葉だ。
なんでも、この5年で10万を越える人々がベルレイバーになった。
しかし、教育者や監督者が足りないのだ。
こればっかりは協会の自業自得かもしれないが、ベルレイバーのランキングを作った頃から皆上へ上へと行きたい欲が出てきたのだ。
『教育なんて下の奴らに任せればいい』『俺達が足を止めてどうする?』などと傲慢な事を言うようになってしまったのだった。
私はランキングが作られてからずっと1位に名が刻まれている。
ただの一度も譲ったことはない。
『……1つ、こちらの融通を聞いて貰えるなら引き受ける』
公的文書にはしっかり女性と刻まれているが世間的には私の性別は判明していない、なのでどちらとも取れる言葉遣いをしていた。
……正直なところ『窮屈だ』と思い始めていたのだ。
5年も続けてれば板についた、だが誰にも素で語れない、何処で誰が見てるか分からないから師匠のところでもパーカーは脱がない。
そろそろ素が出せる場所が欲しかった。
『も、もう1つ討伐証を作ることの容認、それとその討伐証の人物がアザミさんと繋がる証拠を協会が作らない事の約束、ですか?』
『そうだ』
支部長は本部へとすぐに連絡をし、すぐには出せない、とその日はとりあえず帰された。
後日、支部に顔を出すと支部長に奥へと通され、もう1つの討伐証と私……『アザミ』に不利益な行為は取らない事が会長の名と印鑑と共に書かれた書類が協会側と私側の2枚用意されていた。
こうしてここに新たなベルレイバーが誕生、アザミではない名で新人研修に最初は新人のフリをして同行、1ヶ月後には引率として同行するようになった。
ランキング1位を維持しながら新人の生存率アップにも貢献していたのだった。
◇◇◇
3年後にはもう今の状態とあまり変わらない。
『王』や『女王』といった現在最強格の魔物の出現。しかし1か月程で『王』は私 『女王』はメイビー『道化師』は現在ファーストランカー2位にしてギルドバトルトーナメントにて総合1位しか取っていない現最強、ギルド『アブノーマラーズ』のギルドマスター、遠距離戦最強のベルレイバーである『異物の道化師』ミッシェルが初討伐。
それぞれ決して少なくない犠牲があったものの『アンストラグラン』程ではなかった。
この頃にはもうベルレイバー界のそれぞれの武器の強者は決まっていた。
刀剣は私
魔法はメイビー、またはミッシェル
弓、銃はミッシェル
刺突武器はファーストランカー5位『閃光槍』のハヤト
打撃武器はファーストランカー6位『震撃』のグラート
3年前から全くと言って良いほどこの環境が動いていない、強いていうなら稀にハヤトとグラートの順位が入れ替わったりする程度だ
ついでに言うと、ファーストランカー9位『情報屋』のシンシアも上がりはしないものの最後のファーストランカーの席に着いてから一度も離れていない。
「いやぁ、毎回うちをご贔屓にしてくれてありがどうございますよ。アザミさん」
今目の前で貼り付けたような笑顔の金髪金目の女がシンシア。
テレビ局に居た筈なのにもう伏見稲荷ダンジョンの深層まで来ていた。
先ほど私に情報を売ったメンバーをこっぴどく叱っていた状態からは想像も出来ないほどの笑顔だった。
(……今回は自分達で倒す気だったな?この女)
手っ取り早く新大型魔物の情報を得るなら『YOU KNOW』を利用するのが一番早い、だが今回はいつもよりも情報料が割り増しだった。
でも、ランキング1位の資金力を舐めるなよ?多少値を吊り上げられたところで払えないわけがないだろう。
「時にアザミさん。今回もトーナメントには出ないおつもりで?友人のメイビー氏は新興ギルドで出るようですが」
やっぱり来たか。
当然ながら私はファーストランカー1位、何処のギルドも私を入れるためなら席を空ける準備がある、というギルドが殆どだ。
固定メンバーが20人いる場所は珍しく、色々なギルドを渡り歩く放浪勢も多い。
メイビーだって放浪勢、『焼肉処白鐘』の他のメンバーも実は大半が放浪勢だ。
『私は出るつもりはない』
「そうですか……、そういえば、『マリスブレイド・クルーエルキング』。あれがSSレート以外で防衛から出てきたらしいですよ」
『奴を真っ向勝負で倒せる奴は随分と増えた。ギルドバトルというのはベルレイバーの能力をあげる装置もあるのだろう、何か問題があるのか?』
「あー、まぁ確かに魔力炉で攻撃力の底上げはできますがね。せいぜい本来の5倍程度ですし、魔物の方も2倍とかに強化されますから勝てない人は絶対勝てないです」
ベルレイバー達への能力バフは5倍で打ち止め、だが魔物へのバフに限度はない。
ベルレイバー達へのそれと比べると緩やかな上昇だが、実際トーナメントの終盤では普段の3倍まで体力が強化された魔物が出現したらしい。
『規則に縛られる戦いは私には向かない。魔物を殺す、それだけを考えるのが私には都合がいい』
「なるほど、まぁ
地球での戦いは要するに『なんでもあり』、加工した
しかしギルドバトルでは
元々同じ種類を複数装備しても効果は半減するがベルレイバーの中には10個以上着けてる者も実際いる。
ちなみに、杖に付属している
たとえば、メイビーは炎、水、雷の
私は、とある理由から性能の悪い増幅結晶を大量に持ち込んで地球で活動している。
透明度の高いものほど力が強く、くすみ、濁っているものほど弱い、その濁っているものが私の主力だ。
「あなたの戦い方は、なんというか生き急いでる感じがします。もう10年ほど戦ったのですから後進に席を譲られては?」
『強者には義務がある。強者には責任がある。強者には……消える場所を選ぶ権利が無い』
灰がかかったようなくすんだ青の増幅結晶を取り出し、私は魔力を通しながらそれを砕いた。
身体に熱い何かが巡る、増幅結晶は持ってるだけでも身体を強化する魔力の塊、それを砕けば宿っていた魔力はまた別の受け皿へと注がれる。
『私は報復の花『アザミ』、魔物を倒すことでしか自分を表現できない、未熟者』
人の限界を超えた速度でアザミはその場から消える。
「っ!……何度見ても信じられない。増幅結晶を砕いて直接魔力を得るなんて正気の沙汰じゃない」
シンシアが風圧に耐え終わった後、小さく呟く。
何事か、と近寄ってくるのは先ほどシンシアが叱ったギルドメンバー。
「大丈夫です。またフラれちゃっただけですから」
シンシアは1枚の紙を懐から取り出す。
(フィフスランカー56000位、アヤ。5年前からベルレイバーになっているが表には殆ど露出せず、新人の教育係として協会本部所属となっている。メイン武器は弓と刺突系に属する少し長めの投げナイフ。遠距離主体の構成でありながら擬似的な前衛のような立ち回りもする事がある。周囲からは『本気で上を目指せばサードランカーくらい余裕だと思う』『アヤさんがまたトナメに出ることになって嬉しい』『自分も彼女に基礎を叩き込まれました。魔物の動きも熟知してるし研究熱心な人なんだろうなぁ』……知人からの信頼はとても厚い、か)
実際、56000位なんて順位に収まらない事は察している。
私の知る『策士エタ』はそんな人物をサブマスに推す人物ではないし、彼女自身を深く調べることによって旧イギリス支部の『やらかし』が隠蔽されているのに気づいた。
(ロンドン塔ダンジョン100階層ボス、『デッドリーブレイド・ジェネラル』の単独撃破、こんなの少なくともフォースランカー上位……いや、サードランカー中位に匹敵する可能性がある)
誤って新人を100階層行きのエレベーターに乗せてしまった記録が残っていた。
同行したベルレイバーがボスを倒せた事で新人10名の命は助かった。
ロンドン塔ダンジョンは50階層までは一般的なダンジョンだが以降は難易度が跳ね上がる、最下層150階層に行けるのが一握りな事から察する事は容易い。
(実力を隠してる事は確実、果たしてなんのために……、まぁ、トーナメント前に直接戦えることを願いますよ)
シンシアは80%の可能性で当たる賭けではなく100%を求める。
確定するまでは結論を出さない。
「願わくば、敬愛するあなたと戦いたいものです」
既に目の前から去った彼女に向けて、誰にも聴こえない程度の小さな声でそう呟いた。
次の日から再び始まるギルドバトル。
『焼肉処白鐘』は連勝を重ね、
レートの数字は1600を超えた、
Sレートと呼ばれる中位のギルドをごぼう抜きにし、S+レートのギルドバトルへと突入する。
本日土曜日のマッチング
『焼肉処白鐘』19連勝
『ホロウマギカ』5連勝
『魔法こそ最強!!』0連勝
『YOU KNOW』72連勝
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