第1回 『焼肉処 白鐘』開店


「よぉし、じゃあ今日のシフト確認するよ。はい、よろですアヤさん」

「仕事放棄するな、てんちょー。……まぁいいや、はいはい、じゃあ本日の記念すべき開店日のシフトは……店の方は私、ハルカナさん、ツナくん、リッチェルさん、クルーナさん。裏方はてんちょー、タソガレさん、ナギさん、マリアさん。周回はメビさん、イオさん、ソラくん、アイクくん、チョーさん。他5人については一応緊急時に呼び出す可能性はゼロじゃない、けど一応夜までフリーって事で。まだ初日だからね」

「俺は姫の背後にいるぜ」

「黙れ、変態。ゲーレさんも周回班にしてやろうか」

「大人しくする!それと俺は紳士やぞ」

 事務的な連絡をしている室内に軽い笑いが起こる。

 緊張してる人達もこれで多少はほぐれたかな?

 ちなみに『姫』というのはいつの間にか私に定着したあだ名のようなもの、実際は似合わないくらいがさつなんだけど……。


「はぁ……、まぁ先に言った通り、今日は初日だからね。景気の良いスタート切れれば理想だけど切れなくてもまだ始まったばかりよ。適度な緊張にしましょう。……じゃ、ひとことくらい残しなさい」

「んえ?いやぁ、ワイからは夜で良いでしょ」

「……まぁ本人がそれで良いなら無理にとは言わないわ」

 室内に置かれた目覚まし時計が『ジリリリリリリ!!!』と耳障りな音を鳴らす。

 開店3分前の合図、それと同時に始まる別の戦いの合図でもある。


「時間ね」

「じゃ、俺は裏でてんちょーの補佐でもしてる~」

「今回のお相手は調べるまでもないけど念には念を入れて少しは収集しといてよね」

「了解ッス、ゴリッチェルさん」

「誰がゴリラじゃ」

 ゲーレさんが今度はリッチェルさんを茶化している。

 ちなみにリッチェルさんは女性、それもかなり華奢な部類なため、ゴリラ扱いは見た目の話ではない。


「楽しそうな所悪いですがそろそろ開けますよ?」

「僕は接客業初めてなんで色々教えて下さい!」

「基本うちは『お客様は神様』スタイル。悪ーいお客様はとりあえず私が対応するわ」

 ツナくんにはクルーナさんとハルカナさんが側にいるから多分問題ない。

 メインは私とリッチェルさんかな。


「ではでは。新装開店『焼肉処 白鐘』、まずは昼間頑張ろうね」

 私以外の19人それぞれが応えた。


 私達の戦いはここから始まる。




 ◇◇◇




 とあるギルドのグループチャットより

『お、今日のマッチング出た』


『なんか10連勝いるんですけどwww』


『『焼肉処 白鐘』……?知らんな』


『まぁ低レートから這い上がってきた感じだろ、Aレートのレベルの違いを見せてやろうぜ』


『軽くデータ漁ってきたけど、このレートまで5人で上がってきたらしいぞ。20人フルメンバーは今日が初らしいから他メンバーのデータは無い』


『その5人kwskくわしく


『最低限その5人は警戒する価値ありそうやね』


『これだ』

 マスター エタ303位

 サブマスター アヤ56000位

 リッチェル510位

 ゲーレ291位

 ハルカナ670位


『うわ、サードランカー中位、上位ばっかじゃん、つっよ』


『……ん?56000……?560の間違いでは?』


『登録年数は上から3年5年1年5年4年。俺はリッチェルって奴が一番ヤバイと思ってる。56000に関しては……わからん』


『名前で検索しても大した実績はヒットしないなぁ……一応前回のトナメでブロ決前に敗退ってやつがあるけどそこまでならある程度のメンツ集まってれば行けるだろうし……あ、ちなみにギルマスもこの時のメンバーの一人な』


『ふーん、関係性で言うとそこから始まった感じか?』


『でも5年もこの業界にいたらどんだけ弱くてもフォースランカーくらいには普通なってるでしょ。そうじゃないってことは雑魚雑魚、他4人と残りのメンバーの情報収集に徹しよう』


『了解』


『了解』




 ◇◇◇




『いらっしゃいませー!2名様こちらどうぞ~!』

『カルビ2皿、ホルモン盛り合わせ1皿入りましたぁー!』


「おーおー、やってるねぇ。少し宣伝しただけなのに大盛況な感じで」

「これもてんちょーの人望ゆえに、やね」

「みんなワイへの評価が高過ぎん?もう少し低めにいこうよ」

「姫の指示やから。とりあえずおさの士気を高めておかないとメンバー全体の士気にも関わる、だってさ」

『てんちょー』なんてふざけた名前で呼ばれてるのはエタさん、この店の店長であり、ギルドマスターだ。


「アヤさんなんでギルド運営したこと無いのにそんな事知ってるん?マスターあげた方が回るんじゃない?」

「いやいや、ここの面々はてんちょーの声掛けで集まった人が大半やから。それは姫も他のメンバーも喜ばんよ」

 冗談半分の言葉だろうけど一応否定しておいた、姫は人柄に関しては満場一致で良いのだが如何せんランクが……、一年前のトナメで大きく上がってからはまたナメクジ並みの速度でしか上がってない。


「うん、今日の相手は大したこと無いね」

「Aレート前半は作戦立てなくても蹴散らせるよ。メンバーが優秀だし」

「じゃ、その方向で」

 店の方も昼時を過ぎれば落ち着くだろう。

 落ち着かなかったとしてもどうせ19時には店が閉まる、全く問題はない。


「にしてもビックリだよ。姫とてんちょーが知り合いだったなんてさ」

「こっちもゲーレさんとアヤさんが知り合いだったことに驚いたよ。あ、ちなみにアヤさんが勧誘した人も二人いるから」

「え……、姫をバカにするわけじゃないけどその人ランク大丈夫?」

 無論、ランクだけが全てじゃない、しかし他人を計る分かりやすい指標になるのも事実。


「2人とも高ランクだよ。むしろアヤさんがどうやって知り合ったのかが気になるね」

「まぁ全員のランク調べたから知ってた。こんなにサードランカー余ってたんだ」

「たまたま所属していたギルドが無くなってたり喧嘩別れしたり、うちの方が条件良いって引き抜きしちゃったり、色々だよ」

「……して、姫の事はどうやってナンパしたの?」

「言い方が悪いなぁ……」

「だってさぁ、てんちょーは勝つためのメンバー探したんでしょ?姫が勝ちに必要だってどうやって判断したのかなぁ、って」

 表面上はただ年数を重ねただけでろくにランクを上げる努力をしていない女性の平均くらいの身長のスレンダーな人だ。

 とても強そうには見えない。


「一番はワイと一緒にやったギルバトで一度も死ななかったこと、それ自体はチャレンジしなければ達成できるんだけどさ、いつもワイの指揮上の理想の出撃をしてくれたんよね。『私は最弱だから無理しないよ』とか言いながら必ず突破してくれるんだよね。そういう人は指揮する側として大事にしたい仲間だよ」


「確かに時間はかけてるけど必ず出て必ず帰ってくるね。『最弱』はそれも出来ないのに何を寝言を言ってるのやら」

 姫の最弱は……どうやら『他人の足を引っ張らない』を前提にしているらしい。

 だから努力はするし失敗のリスクは極限まで減らす。

 それだけ出来るなら何故ランクは放置しているのか……疑問でしかない。


「あと、ちょっとワイの主観でしかないんだけどさ」

「なにー?」

「……、時々魔物を見る目が凄い怖いんだよね」

 ああ、それか。


「それなら俺も見たことあるかもしれん。あぁ、そうだ、『アンストラグラン』が防衛に居たときだ」

 人類が最初に敵対し、最初に絆を育んだ『アンストラ』

 それが案内した旧アメリカホワイトハウスダンジョンの10階層、人類が最初に出会った大型魔物が『アンストラグラン』だ。

 4足歩行でありながら人より大きく、ゾウ並みの体格でトラの速度で襲いかかってくる魔物。

 今では魔物の種類も豊富になったため、雑魚扱いされているが当時は恐怖の象徴だった。



 俺の予想としてはこの出来事で姫は大切な人を失ったのだと思う、彼女の親は勿論、他の家族も一度も見たことも話にあがったこともない。

 4年前から知ってるがこれはいくらなんでもおかしい。


「ま、深く詮索しない方が良いよ。虎の尾は踏みたくない」

「それ聞いたら『私、最弱なのにトラ扱いしないでくれる!?』とか茶化してきそうな気がするけどね」

 そうじゃなかった時が怖い、二人の意見は一致した。


 こうして開店日を迎えた『焼肉処 白鐘』は大盛況のまま時間が過ぎ、19時という飲食店としては早めの時間に閉店した。




 ◇◇◇




「えー本日の売り上げは、切り捨て計算で30万円です!仕入れと差し引きして利益は充分に出てる、ハルカナさんが格安で卸してくれる業者紹介してくれて助かったよ」

「うちは営業時間短いから大量に仕入れて安くしてもらうってのは難しかったからね。仕入れ担当に任ぜられた私の腕の見せ所だったよ」

 長い黒髪を高めにまとめてある女性、ハルカナさんは商人の娘なのにベルレイバーとしても活動しているという異例の経歴を持つ。


「情報戦は大丈夫そう?」

「いやぁ、敵さんはせいぜいうちが店もやってる事くらいしか探り切れてないでしょ。先に動いてた5人も全然本気出してないでしょ?」

「Bレートはそもそも動いてないギルドもあるから問題なかったよ。まぁ私は最弱だから全力だったけど!」

『はいはい、最弱最弱』

「……ちょっと、みんな適当過ぎない?酷くない?」

 女性にしては短めの銀髪を掻き上げながら言うクルーナさんの言葉に答えた私はギルメン全員から息が合った返答をされた、なんでよ。


「ビジネス最弱姫は放っておいて、本日の作戦!!」

「ビジネスじゃないよ!ランク見て!!」

 てんちょーから聞き捨てならない言葉が聞こえたため、抗議の声を上げたが無視される。


「好きにやっていいよ!それで勝てる」

「じゃあオイラは脳筋しよう、八つ当たりだ」

「あ、メビさんもしかして……」

「今日も『女王』はデレなかった!!」

 メビさん……私はそう呼んでるが本当の名はメイビーさんだ。

 いかにも魔法使いといった感じのトンガリ帽子と黒いローブの男性。

 私がギルドに入ると言ったら『絶対オイラも入る!』と言って付いてきてくれた人だ。

 彼が『女王』と呼んでいるのはとある大型魔物の事……っと、そろそろ時間だ。


『本日のギルドバトル、夜の部まで30分前となりました。本日のマッチング内魔力炉貢献ランキングを表示します』

 1位『焼肉処白鐘』メイビー500万

 2位『焼肉処白鐘』イオ470万

 3位『焼肉処白鐘』チョー400万

 4位『トライデント』グレン313万

 5位『焼肉処白鐘』ソラ200万


「あ゛!!俺だけ入ってない!!」

「ダッサ!!」

「クッソ!でもソラ!お前だってAレート底辺の奴に負けてるじゃねぇか!他の3人とはダブルスコアだし!!」

「ふーん、アヤさんとてんちょーから手を抜けっては言われてたけどこんなもんか」

「そうっすね。オイラも500に調整させられたけど余裕で1位」

 本日の1、2位の言葉に絶句する二人、チョーさんがフォローしていたがショックは抜けきっていないのかボーっとしていた。


『続いて総ポイントを表示の上、順位を一時的に表示します』

 1位『焼肉処白鐘』2000万

 2位『トライデント』514万

 3位『永山園』108万

 4位『末所属』92万


「まぁ妥当なとこだよね、リッチェルさんとか控えの5人とかも周回に回してたらもっと差は広がってたと思うし」

「そもそも店経営しながらギルドバトルとか舐めプ過ぎやから」

「トナメになったら店は休業して真剣にやるよ。店もギルドもどっちもワイの夢だけど一番はギルドだから」

 ギルドホールに集まった20人は各自残りの30分を武器の手入れ、休息、明日のシフト調整、色々なことをして過ごした。


 そして夜の部開戦5分前、ギルドバトルに参戦する4ギルドが確認できる『ギルドバトルルームチャット』に突然一人の人間が言葉を打ち込んだ。


 エタ『我々は1ヵ月後のギルドバトルトーナメント出場、加えて優勝を目指す者だ。今日はまずは記念すべき1勝を勝ち取らせていただく。対戦よろしくお願いします』

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