5、元夫婦の再会
◇◇◇
それから一年の月日が流れた。
シリウスは「追っていた魔女は見失った」と証言し、カペラとの離縁については「新婚初夜に仕事を選んだため、愛想を尽かされてしまった」と説明した。
カペラはフォーマルハウト家にも帰っていないらしく、離縁状と出家する旨の手紙が父親の元に届いたらしい。すべては自分の至らなさ故、と綴られていたそうだが、《魔女狩り》の手から何も知らない父親を守るための行動であることは察せられた。
継母はシリウスのことを甲斐性無しの男だと責めたが、シリウスはこの件に関して黙秘を貫き続けた。迎えに行くべきだとの主張も退け、詳しい事情も語らなかった。
……一度は愛し、妻にと望んだ相手だったのだ。
カペラの秘密は墓場まで持って行くことに決めた。
森で魔獣が暴れていた件も被害者はいなかったこと。また、カペラに「魔女というだけで捕らえるのか」と責められたことが、シリウスの胸に小骨のように刺さっていたからだ。魔女や魔法使いは発見次第速やかに捕らえよ、と命令されていたが、カペラが人に仇を為すような魔女だったとは考えたくなかったのかもしれない。
「おやま、シリウス坊ちゃん。二週間ぶりのお帰りですねぇ」
シリウスが自宅の門をくぐると、薪割りをしていた老夫が顔を上げた。
一年前、カペラとの新婚生活のために買った屋敷にシリウスは一人で住み続けており、雇い入れた老夫婦にもそのまま屋敷の管理を任せていた。
「ただいま、トム。……二週間ぶり……だったか? そんなに屋敷をあけていたつもりはないんだが」
「坊ちゃん、言い訳が二週間前とまるっきり同じですよ。おおい、アデール! 坊ちゃんのおかえりだよ~」
老夫の声に屋敷の窓から顔を出したのは老婦人だ。三角巾で髪を覆って掃除をしていたらしく「まあ!」と声を上げられた。
「坊ちゃん、こんなに日の高いうちにお帰りでしたら伝令の一つでも寄こして下さったら良かったのに! ひとまずお茶の準備をしますわ。それから急いで買い出しに行かなくてはね。あなた、薪割りはいいから、お肉屋さんで鳥を一羽買ってきてくださいな!」
「ああ、もちろんだとも。よっこいしょ」
「ああ、いや、鳥なら俺が買いに行こう……。トムは薪割りを続けていてくれ」
シリウスは慌てて老夫婦の動きを押しとどめると、今入って来たばかりの門へと引き帰した。アデールの慌てたような声が聞こえてくるが、そそくさと買い物に出る。きっとアデールからも二週間ぶりの帰宅に嫌味を言われるに決まっているからだ。
カペラと離縁した後、シリウスは結婚前以上に騎士団に詰めるようになった。上司や同僚からももう寮住まいにしたらどうかと言われるくらいだ。
今ごろ、トムとアデールもこう話しているに違いない。
「坊ちゃんはきっとまだカペラさんのことが忘れられないのよ。だから、二人の新居として買ったこの屋敷にも寄り付かないんだわ……」
「早いうちに新しいお嫁さんを貰った方がいいのではないかい?」
……と。そんなやりとりが浮かぶようだ。
(俺だってわかっているさ。カペラの事はとっとと忘れて、新しい嫁を貰うべきだ。職場での出会いなど望めないのだから、また見合いの席を設けてもらえばいい。……そう、見合い……、見合いか……)
今でも思う。カペラと過ごした日々は幻だったのではないか、と。
「一緒に住むのが楽しみです」とはにかんでくれたカペラ。
デートで何も考えずに歌劇場に連れて行ってしまい「人込みは苦手で……」と青い顔をさせてしまったか弱いカペラ。
ウエディングドレスを着て微笑む、儚くて美しいカペラ……。
そんな日々を思い返してしまい、ため息が出る。
あれは彼女が普通の令嬢らしく見えるように擬態した姿だったのだ。本当のカペラは強気に言い返してきた時の姿で、シリウスは二重に騙されていたことになる。
「ふっ。あの頃のカペラは可愛かったな……」
自嘲気味に笑って呟いたシリウスだったが、
「――あーら、今はもう可愛くないって言うの? ひどいわ、旦那様」
聞き覚えのある声に、ばっと振り返ったシリウスは絶句した。
元妻、カペラがそこに立っていたのだ。
あのか弱く儚げだった姿は影も形もない。
汚れたドレスにぼさぼさの髪。大荷物を背負い、図太い笑みを浮かべ、……なぜか布がかけられた荷車を引いている。街の中心部に向かう長閑な並木道を背景に背負っているせいか、田舎から出稼ぎにやってきた村娘のような出で立ちだ、
「カペラ……!?」
驚きながらも、シリウスはすばやく剣の柄に手をかけた。いつでも抜ける緊張感で「何の用だ」と鋭く尋ねる。
「離縁するときに言ったはずだ、再び俺の前に現れることがあったら、そのときは《魔女狩り》の騎士としてお前を捕縛すると」
「……言われたわねぇ。もちろん、覚えてるわよ。……でも、ごめんなさい。あなたしか頼る人がいなくて」
今さらそんな弱々しい笑みを見せたって騙されない。睨むシリウスに、カペラは肩を竦めた。
「……父様が、亡くなったの」
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