2、カペラ・フォーマルハウトの思惑


 一方、カペラは突然ともいえるシリウスのプロポーズに内心で舌を出していた。

 こうも簡単に傾倒されると、かえってこのシリウスという愚直そうな騎士は騙されやすいんじゃないかと心配になるくらいだ。


(ちょろい)


 カペラは自分の容姿が男性の庇護欲をそそることはよくわかっていたし、今日は好感を持たれやすい魔力を込めた香水をつけてきていた。


 別にシリウスに好かれたいわけではなく、彼の両親の心証をよくすることで、「お断り」するにしてもカドが立たないように布石を打ってきたわけだが、……この相手なら結婚してもいいかもしれないと思った。


 無論、恋をしたからではない。


 いかにも生真面目で、仕事人間らしく家にあまり帰ってこず、おまけにカペラが本当は健康そのものの身体をもったであることを見抜けなさそうな、理想的な結婚相手に思えたからである。


 ……あとは、背が高く、騎士らしく鍛え抜かれた身体に、短く刈られた赤髪は男らしさと清潔感もあって悪くなかったし? と見目の良さもおまけで付け加えておく。






「驚いたよ、カペラ。……いや、その、シリウス君はとても真面目な好青年に見えたけれど……」


 帰りの馬車の中で父は何とも複雑そうだった。


 父も知り合いに強引に勧められた縁談話を断り切れず、カペラに見合いをしてほしいと頼んできたのだが、娘の将来を心配する気持ちと嫁いでしまう寂しさとで揺れていたのだろうことは想像に難くない。


「まあ。元は父様が持ち込んだ縁談ではありませんか」

「そ、そうなんだけれどね、……ああもあっさりと求婚を受けるとは思っていなかったから、……やはり寂しくて」

「とっても立派な方じゃありませんか。それに、あの方、どこか父様に似ていると思ったのです」


 父は驚いた顔をした。


「私に? シリウス君の方がずっと男前だろう。背も高くて、堂々とした態度で」

「見た目の事ではありませんわ。父様が母様を愛していたように、あの方もわたしの事を大切に想ってくれそうだからお受けしたのです」


 ……そう、父はかなりにぶい性格だ。

 実は亡き妻が魔女で、娘であるカペラもその才を受け継いでいることを知らない。


 母亡き後、カペラは「社交界にも出られぬ病弱な令嬢」の姿をずっと演じ続けていた。

 母が遺してくれた薬草園には魔女の秘薬を作るための貴重な植物が数多ある。そして、調合のレシピを守ることはカペラにとっては生きる意味でもあった。

 うかうかとそこらの貴族と結婚して「奥様業」を求められては困る。また、王城に存在するという秘密組織 《魔女狩り》に捕まるなどあってはならぬことだ。


 だが、若い未婚の令嬢である以上、常に縁談は付きまとう。

 これまでは体調不良を理由にかわし続けてきたが、そろそろ嫁ぎ先をどうにかしないといけないと考えていた矢先だった。


 シリウス・スコルピオンは仕事人間でろくに家に帰らないタイプらしく、おまけに社交界も苦手。口下手で女っ気もゼロ。騎士団所属と聞いて少し警戒したのだが、第五部隊という花形とは程遠い雑用部隊らしく、令嬢からの人気もないのだとか。……亭主元気で留守が良いと言う完璧な結婚相手ではないか。


 おまけにカペラの容姿をいたくお気に召している様子だったので、猫を被り続けていればうまくやっていけるだろう。


「そ、そう……だな。うむ、たしかに、あの熱烈な求婚は男の私でもキュンとしてしまったよ」

「まあ、父様ったら。うふふふふ」


 和やかな親子の会話を交わし、馬車は王都郊外にあるフォーマルハウト家の屋敷へと戻った。


 自室で少し仕事をするという父と別れ、カペラは母の薬草園へと向かう。


 丸いドーム型の温室には姿見が置かれており、カペラはその鏡の前に立つと耳につけていた黒曜石のピアスをいじった。程なくして、鏡の中から一人の少年が現れる。


「呼ンダ?」

「あら、ファルが来たの? 珍しいわね」

「父サン、忙シイからネ~。カペラこそドウシタ? 買い取りシタばっかリだヨ?」


 ぱつんと切り揃えられたおかっぱ頭の少年の名前はファル=ルー・ルー。

 ルー・ルー一族は魔法行商人だ。

 国内外に隠れ住む魔法使い同士を繋ぐ。


 カペラは作った魔法薬を彼らに買い取ってもらってお金を得ていた。(もちろん、父には「作ったアロマやハーブティーの類を知り合いの行商人に卸している」と説明している)


 カペラは十歳ほどの少年に耳打ちした。


「実はね、わたし、結婚することにしたの。それで魔法細工師に注文してもらいたいものがいくつかあるんだけど」


「ワォ! オメデタイね~! なになに?」


「まずはこの《移動用合わせ鏡》がもう一組欲しいわ。結婚後の新居とこの薬草園を繋ぐの。いきなり魔法植物を見られるわけにもいかないから、時間をかけて少しずつ移植していこうと思って。あとは《調合用の火のいらない釜》もなるべく小さい物を」


「《鏡》に《釜》ネ。わかった、細工師に相談シテまた連絡するネ!」


 りょうかい! と敬礼したファルは鏡の中に帰っていった。


「さて。やることは山積みだわ」


 目を離した隙に土の中から這い出し、トコトコ歩き出した多肉植物をむんずと捕まえ、足の裏をくすぐって根に戻す。

 母が遊び心を加えて改良してしまった植物たちも大人しくさせないと。カペラ不在の間に父が薬草園に立ち入らないようにする人避けの香もたくさん作っておく必要がありそうだ。


「ああ、結婚準備ってなんて忙しいのかしら!」


 世間一般の令嬢のような悲鳴を上げながら、世間一般の結婚準備とは程遠い悩みでカペラの頭の中はいっぱいだった。


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