結婚初日に離縁したのですが。 ―魔女と《魔女狩り》が正体を隠して結婚したら―
深見アキ
1、シリウス・スコルピオンの事情
「……縁談?」
「ええ! とぉってもいいお話なのよ!」
屋敷に入るなり、揉み手をした継母に上機嫌に迎えられたシリウスは困惑した。
継母――シリウスの母は幼い頃に亡くなっており、いわゆる後妻さん――は分け隔てのない人で、先妻の子であるシリウスのことも、実子である異母弟の事も、厳しさと愛情をもって育ててくれた。
そのため、騎士団に詰めてばかりでろくに屋敷に帰ってこない継子に対しても「アンタってば放っておくと何週間も帰ってこないんだから!」「せめて差し入れぐらい持って行かせて頂戴!」と小言が飛んでくるのが常だ。
上機嫌の継母が恐ろしくて、すいーっと顔を逸らしてしまう。「いや、俺はまだ結婚とかはモゴモゴ」と言いながら立ち去ろうとすると、「逃がしませんよ」と通せんぼされた。
「シリウス。あなたはもう二十五です。いくら騎士団のお仕事が忙しいと言っても、そろそろお嫁さんを貰ってはいかがですか?」
「ああ、うん、でも……。俺はまだ仕事に集中していたいし、……それに家督は
「何を言っているんです! いい歳した長男がぷらぷらしていることの方が問題です! 結婚したって仕事はできるでしょう!」
ぐわーっと捲し立てられて閉口してしまう。
口調こそ厳しいが、どうも継母は
とんでもない!
家督放棄はシリウスが願い出たことだし、シリウスは家族にも言えない特殊な部隊に所属していたため、スコルピオン家を継いでくれる継母や異母弟には感謝したいくらいだった。
表向きのシリウスの肩書きは王都近郊の警備を担う騎士の一人だ。所属は王立騎士団、第五部隊。
要人付きや城の警備と言った花形部署ではなく、トラブルがあった時に駆り出される実働部隊。そして、第五部隊は少人数から構成される特殊チームでもあった。
通称、《魔女狩り》。
この国には魔法や魔術使いといった異能力者が隠れ住んでいる。
彼らを秘密裏に調査し、捕縛するのが《魔女狩り》班の仕事だ。
業務内容はすべて機密事項であり、シリウスは家族にも本当の仕事内容を伏せている。継母もシリウスが騎士団に勤めるごく一般的な一騎士だと信じていた。
高位の貴族令嬢との結婚までは望めないにしても、城勤めの侍女やメイド、あるいは小金持ちの平民女性ならば、射程圏内の悪くない
「アンタときたら浮いた話の一つもない。騎士団に既婚者はたくさんいるでしょう? 皆さん、プライベートもお仕事も充実しているのよ」
(うちの隊は独身者ばかりです)
「御前試合とかに出てご令嬢にアピールする機会もちっとも巡ってこないみたいだし」
(うちの隊は存在自体が秘密扱いだから……)
「そんなだから、姉さんが痺れを切らして今週末に見合いを設定してくれましたからね」
(ああ、やっぱり
「――今週末⁉ 急すぎやしませんか⁉」
「アンタが家にちっとも帰ってこないから伝えられなかったんです! いいですか、槍が降ろうとも猛獣が現れようとも、すっぽかしたりしたら許しませんからね!」
……既に決定事項らしく釘を刺されてしまう。シリウスは露骨に嫌な顔をしてしまった。
「相手は」
「フォーマルハウト伯のお嬢さんです。お父様は王城書庫の管理人としてお勤めされていて、奥様を亡くされた後に男手一つで育てられたんだそうよ。ただ、とても身体の弱いお嬢さんで、社交界にも顔を出せずにいるのだとか」
書庫の管理人か。領地を持たぬ宮中伯で、とても地味で大人しい人柄らしいと聞いている。
下手に騎士団繋がりの相手ではなかったことにほっとしてしまった。
「……身体が弱いご令嬢なら、騎士団に詰めてばかりの小忙しい夫など嫌なのでは……」
「逆です、シリウス。身体が弱いからこそ、茶会だパーティーだと引っ張りまわされるのが苦痛なのだそうです。その点、あなたはろくに家に帰ってこないのですから、変に気を揉まずゆっくり休んでいられるでしょう」
「……なるほど」
シリウスも華やかな社交の場は苦手であるため、家督を放棄してからは仕事を理由に喜んで逃げ出している。そういった互いの利益の合意の上での縁談らしい。
(この手の話題は避けて通れないし……、まあ、会うだけなら会うか……。うまくいかなかったらそれはそれでしばらく縁談を断る言い訳にもなるし)
「わかりました。ひとまず、会うだけでしたら。ただ、俺は気の利いたことの一つも言えませんし、相手方から断られても知りませんからね」
「あなたは失礼なことさえ言わなかったらそれでいいわ! かあさまが何としても仲を取り持ってみせますからね!」
「…………」
そんな消極的な態度で渋々了承したシリウスだったが……。
当日、見合い相手を見た瞬間、言葉を失うことになった。
「はじめまして。カペラ・フォーマルハウトと申します」
カペラと名乗った少女はそれはそれは美しく可憐な令嬢だった。
柔らかな黒髪と対比を成すように白く美しい肌。
頬は薔薇色で、睫毛に縁どられた瞳は神秘的な紫水晶のよう。
身体が弱いと聞いているため、確かに線が細く華奢だ。だが、顔色は悪くなさそうだし、スカートをつまんで膝を折る姿も優雅なものだった。
(こんなにも美しい女性が、なぜ俺なんかと!?)
どこかのパーティーにでも顔を出せば引く手あまたなのではないか。
療養の目的で良い暮らしをさせてくれそうな貴族など幾人も声をかけてくるだろう。
「は、じめまして。シリウス・スコルピオンと申します。…………本日は、その、ご足労を」
「まあ! なんて美しいお嬢さんなのかしら!」
ろくに世辞も言えないシリウスに代わり、同席した継母と父がカペラ嬢を誉めそやした。なんと可憐でかわいらしいお嬢さん。王都で評判のドレスなども良く似合うだろう。いや、どこどこの細工店の宝飾品が……。
継母の「アンタなにか気の利いたものでも贈りなさいよ」という無言の圧力をビシバシと感じたシリウスだが、たしかにカペラ相手ならドレスや宝石を贈るのもやぶさかではないと思ってしまう。きっと何を贈ってもよく似合うことだろう。
しかし、カペラは恥じたように笑った。
「いえ、わたくし、お恥ずかしながら庭いじりが趣味でして……。体調の良い時に、亡き母が遺してくれた薬草園の手入れをするのが唯一の楽しみなのです」
庭いじり!
この可憐な少女が雑草を抜いたりしている姿を想像したシリウスは内心で
貴族が求めるような教養高さとは無縁だが、純朴そうな暮らしぶりにシリウスの好感度は爆上がりだ。
目が合うとカペラ嬢はにこりとはにかんだ。
その恥じらいを持った可憐な笑みに心を射抜かれる。
(か、可愛い……! なんと愛らしく、守ってあげたくなるような女性なんだ!)
シリウスは主に両親同士で交わされている会話をぶったぎり、椅子を蹴立てて立ち上がった。
「カペラ嬢!!!」
「は、はい⁉」
「……どうか、俺と結婚してくれませんか!」
完全なる一目惚れで、衝動的な行動だった。
シリウスの家族もカペラの父親も唖然としていたが、カペラだけは驚いたように数度瞬きをしたのち、淡く微笑んで頷いてくれた。
「……はい。わたしでよければ」と。
シリウスが天を仰いでガッツポーズしたのは言うまでもない。
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