第33話 クラス3ハイ・サモナー:妖精姫《リリィ》個人戦5

「有り得ないッ、なんでクラス3が!? いや、そもそもゴーレムの後はないんじゃなかったのかっ?」

「……私は『そうかも』って言っただけだし。」

「それ、強がりじゃ無かったのかよ……!」


 エラーを吐き出す機械のように騒ぎ始めた感情を深呼吸で無理矢理にでも抑え込む。ここで発狂してしまえば僅かに残る勝ちの目さえ捨ててしまう事になる。


 クラス3召喚獣の顕現により、天秤は完全に妖精姫へと傾いた。ここまでくるともう試合展開を急ぐ意味はないだろう。

 むしろこれからは試合時間を引き伸ばして召喚術師の魔力を削ることが魔道具師に出来るせめてもの抵抗とさえ言われている。


(……すぐに襲ってくる様子は無い、か。)


 妖精姫にとってもまずは怪我の治療と言った一息入れる必要があったのだろう、なんであれ時間を稼げるなら構わない。

 それなら、この時間を利用して魔力の乏しい状態からクラス3を召喚してみせたカラクリを暴いてみようじゃないか。



(鍵となるのは勿論、円形の妖精紋様とその内に妖精姫が入ること。)


 仮にどちらか一方で良いのであれば、わざわざ妖精姫が移動する必要はなかっただろう。つまり、その2つともが条件と考えて良い。

 しかし、そうなると気になってくるのが妖精模様の効果である。石タイルに刻まれた妖精模様の効果がその上に立つ妖精姫にまで適用されるとは、どうしても考えられない。


「もしかして……妖精模様の効果自体よりも、妖精模様で描かれた円形内に入ることが重要だったのか?」

「!」


 ピクリと妖精姫の表情に反応あり。どうやらここまでは正解らしい。ならばこの方向で思案してみよう。そして今更になるが、妖精とゆかりの円形にも思い当たった。



「まず、妖精模様で人工的に妖精の輪フェアリーリングを作る。」


 フェアリーリング。自然の植物が丸い輪っか状に生え伸びる現象のことをそう呼び、一説には『妖精の踊った跡』や『妖精の世界への入り口』とも言われている。


 そう、妖精の世界への入り口。それが魔力消費量減少に繋がったのだろう。エリア召喚が周囲の環境差で召喚時間を変化させるように、召喚獣においても周囲の環境差で召喚に掛かる負荷が増減する。

 恐らく、妖精模様は植物の代用的な役割だったのだろう。それならば地面に描いた事にも納得出来る。


「……人の反応を見ながらの推理は、嫌らしいと思わない?」

「クラス3を前にして嫌らしいと称されるなら、むしろ光栄だね。」


 妖精姫の浮かべる痛々しげな表情は果たして怪我の治療によるものか、それとも手の内を暴かれたことによるものか。



「ただ、それだけじゃまだ足りなかった。 だから姫さん妖精に近しい者が円形内に入る事で……内部を『妖精の世界側』にしたんだ。」


 入り口ならば扉を開けっ放しにしてしまえばいい。そうすれば、召喚に掛かるコストも限りなく低くなる。もしかしたら召喚されたフェアリーにはこちらの世界に顕現している認識さえないのかもしれない。



「驚いたわね……。 まさか、初見で見破られるなんて。」

「驚いたのはこっちの方だ。 魔力未使用での4連鎖なんて聞いたことがないぞ……。」


 妖精模様、妖精の輪、そしてカード相性と自身の立ち位置。要するに、妖精姫は1枚もカードを使用せずに4通りの魔力消費量減少効果を重ねがけしていたのだ。

 しかし、そうすると一つだけ疑問が残る。


「だが、それなら試合開始早々からクラス3を呼び出せたんじゃないのか?」


 そう、この仕込みは試合開始前に完了している。それならば試合開始と同時にフェアリー召喚を狙うことだって出来たはずだ。

 試合前には『手加減しない』と言っていたのに……これでは手加減どころか舐めプもいいところではないか、そんな圧を込めた視線を妖精姫へと向ける。


「ええ、そうね。 でも、これは私にとっても切り札だから……中継の場で使うつもりはなかったのよ。 だから、貴方相手に手加減しようとした訳では無いの。」

「ふむ……。」


 確かに、この切り札が効果的に機能するのは初見の相手に限られるだろう。それが今回の中継で大々的に知られてしまえば対策を立てられるどころか、試合によっては事前ルールで禁止扱いされてもおかしくない。

 それなら手加減されていた訳では無い、と思って良いだろうか。結局は切り札を使わせた訳だし……溜飲は下げられる。



「やっぱり、貴方でもズルいと思う?」


 がちでの質問は黙した俺の態度を勘違いしたからか、或いは自身の行った連鎖召喚が禁止扱いになる可能性を考慮しているからこその負い目の表れだろうか。


 ズルいかズルくないかで言えば、そりゃあ心情的にはズルいと思ってしまう。なにせ、対人戦の前提序盤は魔道具師優勢さえ塗り替えてしまっているのだ。だが、だからと言ってそこで暗い顔をされるのは、なんと言うか……気に食わない。


「姫さんは試合のルールを破ったのか? 破っていないなら、ズルいと思えるほど見事な戦略ってだけだろ。」


 魔道具師だって試合前に魔道具の準備をする。それなら、召喚術師が試合前に準備したって良いじゃないか。

 それにそもそも、妖精姫は複雑な妖精模様を1分近い踊りを隠れ蓑にして誰にも気取られること無く描き切っていたのだ。そこに至るまでに掛けられた労力を思えば、賞賛さえあれど罵るなんてできない。




 妖精姫は俺の言葉に気持ちを少し上向かせたようだが、それでもまだ申し訳なさが表情に残っている。……ああ、そうか。その表情が気に食わないと思ったのは、まるでこれで『勝負が決まった』とでも言いたげだったからだ。


「俺はまだ勝つつもりでいるんだがね。」

「……えっ? 誰が相手か、分かって言っているのよね?」

「当たり前だ。 俺は試合開始前に出来ない目標立てちゃう召喚術師とは違うぞ。」

「っ! ~~!! 言って、くれるじゃない!」


 耳まで真っ赤になるほどの赤面と目元が若干涙目になってしまっているが、妖精姫には暗い顔よりもこちらの方が似合っている。



 とはいえ、ここからが本番だ。正直に言うとアイギスとフェアリーの相性は極めて悪い。アイギスの吹き飛ばしが小さい標的を狙いにくいと言うのもあるが……それ以上に実体のない魔法攻撃を防げないのが致命的だろう。

 最低でも1度はフェアリーの攻守を掻い潜る必要がありそうだ……。

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