初恋防衛軍 Operation Kukkolovers

「す、好きだっ! 私とその、付き合っては…くれないだろうか?」


「許可できない」


 女騎士は今、総司令に一世一代の初めての告白をした。一度も恋をしたことのない女騎士は、相当な勇気と覚悟を持ってこの告白作戦に挑んだ。だが総司令は表情を一切変えずに淡々と断る。


「そ、そんなっ! この命はあなたが守ったもの、一生を捧げる覚悟だって既にある。あなたにはそれくらい感謝しているのだっ!」


「…許可、できない」


 総司令も一人の男、一生を捧げると女性に言われて少し躊躇したが踏みとどまった。きっと苦渋の決断だったのだろう。手を強く握りしめ、表情も少し強張っている。


「な、なぜだっ! 私が男勝りな性格だからか!? それなら好みの性格になってみせる、だからどうか…」


「それは絶対にダメだっ! 許可などできないっ!!」


「ひゃいっ!」


「す、すまないっ。取り乱した…」


 何を隠そうこの総司令、「くっころ女騎士」が好きなのである。頬を染めた捕虜の女騎士に睨まれながら、「くっ、殺せ!」と言われたい人生だった。言われたら天にも昇る心地だろう。それだけで未練などなくこの世を去れる。言われるまでは死んでも死にきれない。そんな隊員達には言えない性癖を持った男だった。


 この一連の会話を、盗聴器で聞いている者達がいた。防衛軍の隊員達だ。


 残念なことに、異世界「ネイアース」へ降り立った後、総司令が女騎士を初めてみた時、とある女性隊員には見抜かれていた。その隊員の口が軽く、気がついた頃には全隊員の常識になっていた。


 総司令と女騎士の恋は失敗に終わるのではないだろうかと。女騎士が総司令の性癖を知れば、この恋は冷めてしまうかもしれない。


 初恋防衛軍の全隊員がそう思っていたのだが…


 事態は思わぬ方向に進んでいった。


「だ、誰かがっ! 誰かが置きやがったぞっ!」


「なんだって! マジかよ!?」


「も、もう…おしまいだぁ…」


 総司令の秘蔵コレクション「くっころ女騎士」の薄い本が総司令の机の上に置かれ、たまたま用事があってやってきた女騎士に見られてしまった。


「なっ! なんだこれはっ!?」


 ご丁寧に猫の付箋が貼られていて「総司令の好きなモノ♡」と書かれてある。どうせアイツの仕業だろう。あの猫耳ヘルメットめ…防衛軍の全隊員がそう思ったのだが、その付箋を見た女騎士は予想外の反応をした。


「こ、こういうのがっ、総司令殿はすすす好き…なのか?」


 女騎士はそれを大事そうに両手で抱えて、自分の部屋に持ち帰ると、頬を赤く染めて舐めるように読んだ。


 ○


「…戦いは、終わったのだな」


 総司令はため息を吐いた。地球に突如現れた宇宙人達との戦いは終わった。長い、とても長い戦いだった。地球で約十年、異世界で五年だ。月日が流れるのも早いもので、総司令もそろそろ六十代…アラカンになろうとしていた。


 平和な世界になっても実感がわかず、何をすればいいのか全く見当がつかない。妻が居れば違ったのかもしれないが生憎独り身。防衛軍のトップを続けていたため恋などする暇はなく、癒しと言えば「くっころ女騎士」の薄い本だけ。もう一度深いため息を吐くと、総司令はドアを開けた。


「我々はもう、戦わなくていいのか…はぁ…っ!?」


 いつもの見慣れた部屋。それなのに部屋の中には異質なものがあった。女騎士が縄で縛られている。部屋が荒らされていて、女騎士の肌に縄が食い込み、いかがわしい姿になっているのだ。縛られた…というよりも、現在進行系で女騎士が自分で縛っていたのだが、総司令は全く気にせず女騎士に近寄った。


「誰だっ! 誰にやられた!?」


「えっ、あ、これはそのだなっ…」


 この時、総司令は別の意味で喜んだ。宇宙人は消えたが、まだ我々には敵がいるのだと。我々はまだ戦わなければいけないのだと。総司令は部屋の中をくまなく調べた。安全を確認すると総司令は女騎士の縄を解こうと手を伸ばす。


「ま、待てっ! 解くなっ!」


 女騎士は縄を解くのを拒否した。


「女性がそんな格好は辛いだろう。なぜだ?」


「え、えっとそれはだなっ…」


 そして…


「く…くっ、殺せっ! …これでいいのか?」


 声が小さく、総司令には女騎士の最後の言葉が聞き取れなかった。そのため、総司令には「いやらしい姿を異性に見られて、今にも死にたくなっている」ように見えた。総司令は「くっころ女騎士」の薄い本は好きだが、それはシチュエーションあってのもの。ただ「くっ、殺せ!」と言われても興奮などしない。


「も、申し訳ないっ! 女性隊員を呼ぼう!」


「それは恥ずかしいからやめてくれっ!」


 総司令が無線を取り出すと、女騎士が顔を赤くして剣で真っ二つに切り裂いた。


「…あっ! すまない。でも私にも羞恥心というものがあってだな…その、こんな格好を他の女性に見られたら恥ずかしいというか…」


 女騎士はぼそぼそとひとり言を呟く。総司令は無線での増援を恐れたことや、この部屋の荒らされ具合から現状を理解した。目の前にいる女騎士が敵の内偵、もしくは今まさに揺動の類をしているのだと。


 それなら話は変わってくる。先日、自分に告白したのは、この作戦を容易にするため。争い事に生涯を捧げた脳筋総司令に恋をする女性などいるはずがない。そう考えた総司令は己の欲望のままに縄を掴み、女騎士を立ち上がらせた。


「うっ、うぐっ!」


「…覚悟は、できているか?」


 これまでにどんな情報を漏らしたのか吐かせる必要がある。尋問する必要がある。「くっ、殺せ」と言われる可能性がある。


「どっ、どんなことをされようともっ、仲間を売る真似など私はしないっ!」


 女騎士もまた誤解をして、総司令が自分に興奮し、そういうプレイをしてくれるのだと…そう思ってしまった。


 この後起きた出来事は、総司令の威厳のためにも、初恋防衛軍の隊員達の命のためにも極秘事項になった。あんなこと口が裂けても言えない。


 俺はこの情報をの代わりに墓場まで持っていくつもりだ。だが、これだけは伝えておこう。


 総司令と女騎士は無事に結婚したと。


 初恋防衛軍の作戦Operation Kukkoloversは成功したと。


 女騎士の初恋は実ったと。


「早くして! 総司令に司会役を頼まれているんでしょ」


「あ、ああ! 今行く!」


 記録を書いている途中で声をかけられた。猫耳ヘルメットのよく似合う女性だ。戦いが終わっても相変わらず身につけている。利き腕ではない方で文字を書いていたというのに、腕を引っ張られて無理矢理立たされた。


「ほら、早くっ!」


「まだ俺は病み上がりなんだぞ! そう急ぐなって!」


「そんな調子じゃ結婚式に遅れちゃうわよ!」


 慌てて閉じた本の表紙には、こう書かれていた。


【異世界防衛軍作戦記録】


 La Fin.

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異世界防衛軍作戦記録 ほわりと @howarito_5628

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