過剰防衛軍 A Cat Scratcher

 平和な街にもやってくる。


 地球の底からやってくる。


「きゃあああああ、怪物よおおお!」


「酸だっ! こいつら酸を吐いてくるぞっ! いだいだれがたずけてぐれえええ」


 ただの作り話だと…


 テレビの中の出来事だと…


 映画の広告のための過剰演出だと…


 誰もがその存在を信じていなかった街にそいつらはやってきた。見た目はアルパカのかわいい奴ら。平和ボケした人類にはぴったりな姿の敵だ。人類の三倍の大きさがあり大地を駆け回り空をも飛ぶ。地中から突然現れて人類だけを襲う。一匹いたら百匹はいる極めて凶暴な怪物だ。


「あああえっと、ななな何番だったっけか…」


 地球に酷似した近未来的な街で、民間人の男性が慌てた手で電話を操作する。何度も操作を間違い、受話器を落としそうになりながらも電話番号を入れて電話をかける。すぐに抑揚のない女性の声が受話器から聞こえてきた。


「はい、こちら…」


「たたた助けてくれっ! 街が襲われてるんだっ!」


「…防衛軍です。かしこまりました、出現地はどこですか?」


「ははは早く来てくれっ! 目の前にっ! 俺の目の前に怪物があああ、ぎゃああああっ」


 男性は怪物に殺され、二度と返事が返ってくることはなかった。数分後、防衛軍が地域を割り出して中隊を現地へ送った。


「現着、作戦を開始する」


 民間人は怪物によって半数近くが殺されていたが、いち早く到着した飛行ユニット部隊・ウィンド部隊の活躍で数多くの生存者が救助された。ウィンド部隊の女性が崩れた瓦礫で出口の塞がった民家から、逃げ遅れた最後の民間人のおばあさんを救助。軍曹のいる安全な場所まで運ぶとウィンド部隊が救助活動を終えた。


「ああっ! おじいさんの仏壇がっ!」


「仏壇がなんだって言うのですか。参ってくれる人あっての仏壇ですよ」


「え、ええ…そうね、そうよね。ええそうだわ」


 軍曹はおばあさんを励ますと機械端末を操作した。人間の数倍もあるそれを着た部隊は、数人がかりで巨大な杭を持っている。


「生体反応なし、救助完了。これよりパワード部隊の殲滅作戦を開始する」


「最新兵器の威力を見せてやれ! 爪を立てろ!」


「「イエス、サー! 爪をーッ、立てろーッ!」」


 指示を受けたパワード部隊は、巨大な杭を等間隔に地面へ突き刺す。猫が爪とぎをするように、地面をえぐり天高くそびえ立つ。えぐられた地面には道路があり家がある。おばあさんの家も一緒に巻き込まれた。


「あ、あのっ…わたしの家が…」


「家がなんだって言うのです。住む人間あっての家でしょう!」


 現実離れした状況で動揺しているおばあさんも、流石に自分の家が壊されてはたまったものではない。さも当然のように言われて自信がなくなるが言い返した。


「で、でも…ここまでしなくても、その…いいのじゃないかしら…」


 軍曹は子供を諭すかのように、とあるものを指差す。


 そこにあったのは人間だったもの。あるものは体をえぐられ、またあるものは元の形すらわからないくらいグチャグチャに潰れている。それを見ておばあさんは腰を抜かした。


 怪物達はすぐそこまで迫っている。


「ここまでしなければ、あなたもあのようになるのですよ?」


「ひいっ! たっ、助けてっ! お願い助けてえええっ!」


「ええ、そのために我々防衛軍がいるのです」


 軍曹は不安そうに泣きつくおばあさんの手を取ると、大声で指示を出した。


「パワード部隊、牙を剥けえええっ!」


「「うおおおおおお!」」


 叫び声と共に杭から無数の電流が放たれた。杭の上から地中の中まで、後ろにいる人類を守る防壁のように展開する。牙という名に相応しく、進行してくる怪物達の身体を次々と突き刺していく。


 怪物は電流で焼き切られ悶え苦しみ、刺さっている牙から逃げようとしてもその先には他の牙が待ち構えている。次第に牙は小さくなり、杭から大きな煙が上がった。


 あれだけいた怪物はすべて沈黙した。


 それと同時に、街も人の住める状態ではなくなった。


 民家は焼け焦げ、ビルは倒壊。電流を流したため街の電気系統はもう使い物にならない。きれいな街並みは、一瞬にして廃墟へと変貌した。


「作戦終了、よくやった!」


「おいっ、ちょっと待てよ! 残された俺達はどうすればいいんだよ!」


 隊員達を称賛する軍曹の言葉に、民間人の男性が声を荒げて叫んだ。それにつられて民間人達から不満の声が次々に漏れてゆく。


「そうよそうよ! 私達はどこに住めばいいのよ!」


「ああクソっ。俺の家が…残されたのはローンだけかよ…」


「こんな過剰な攻撃っ、することなかったでしょ!」


 民間人達の不満を背中に受け、軍曹は振り返ると、こう言った。


「我々は、人類を守るのが目的なので」


 助けられたことによる感謝の眼差しではなく、恨みや妬みなどの感情が軍曹に突き刺さる。防衛軍から軍曹へ通信が入った。


『敵が西側で動き始めました。キャットチーム、至急応援に向かってください』


「我々には休む暇はない…か。どうやら人類は猫の手も借りたいようだ」


 軍曹は装甲車に乗り、次の戦場へ向かう。助けられた人々に残されたのは、猫に爪をとがれた後のような自分たちの街。いや、正確には街だった場所だ。なぜならもう、住民には住む場所も、財産すらも残されていないのだから。


 この自分勝手な防衛軍は様々な地域で数多くの人類を助けたが、同時に数多くの人を路頭に迷わせた。そのため、助けた人々にはこう言われ続けた。


 過剰防衛軍、または…


 迷惑な爪とぎ猫A Cat Scratcher、通称「バカネコ」と。

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