第33話

空がゆっくりと部屋から出ようとすると、廊下に美咲が立っていた。

「美咲さん!いつからそこに?」

驚く空に、美咲は黙って空の腕を肩に回す。

「何処に行けば良いんですか?」

「え?」

「空さん、力を蓄える為に行かなくちゃならない場所があるんでしょう?」

美咲はそう言うと、黙って歩き出した。

気が付くと、座敷童子も空のそばを付いて歩いている。

すると

「美咲?空さん?何処行くんだ?」

驚いた顔をした修治が駆け寄って来た。

「修治、お願い。手を貸して」

美咲の必死な言葉に、修治は黙って頷くと空を抱き上げた。

「修治さん、大丈夫です」

慌てる空に

「そんなフラフラで、何処に行くのか知りませんけど……。そんな速度じゃ、時間が掛かります。急がないとダメなんじゃないんですか!」

そう言って修治と美咲が走り出した。

空の案内の通りに歩くと、小さな滝がある川辺に出た。

水の中に入り、滝を抜けるとお社が祀られいた。

「此処で大丈夫です」

空はそう言って、修治にゆっくりと下ろしてもらう。

そこはシンっと静まり返り、神聖な空気が漂っていた。苦しそうに呼吸をしていた空が、ゆっくりと回復していくのを見て、美咲がホッと肩を撫で下ろす。

「もう、大丈夫です。あなた方が此処に長く居ると、体調を崩します。早く戻って下さい」

空に言われて、美咲と修治は顔を見合わせて頷いた。

「美咲さん、修治さん。ありがとうございます」

2人が社から出ようとすると、空がそう言って微笑んだ。

でも、その笑顔は今にも消えてしまいそうだった。

本音を言えば、付き添って看病したかった。

でも、きっと空が拒むと分かっているから、心配だけど2人は空を残して家路を歩き出した。

2人は黙って並んで歩くと、修治は意を決して

「あのさ!美咲。俺、気付いたんだけど……」

そう言い掛けて、美咲が悲しむのを見たくなくて口を噤んでしまう。

「何?」

美咲が怪訝そうに修治を見てから

「ねぇ……教授は、やっぱり風太君を人間界に連れて行くのかな?」

ぽつりと呟いた。

「え?」

修治が驚いて美咲の顔を見ると

「実の父親だから、一緒に暮らしたいのは分かるんだけど……。でも、そうしたら空さんはどうなるんだろう?」

そう呟く美咲に、修治は驚いた顔をして

「え?美咲、教授が風太ちゃんの父親って知ったの?」

と叫んだ。

「え?あれ?私、修治に言ってなかった?」

「聞いてないよ!俺、それに気付いた時、美咲がショック受けるんじゃないかって心配してたのに!」

あっけらかんとしている美咲に、修治が思わず叫んでしまう。

美咲は驚いた顔で修治を見ると

「そっか……心配掛けてたんだ。ごめんね」

と呟くと、俯いて

「何も知らない修治が気付くくらい、あの2人って親子だよね」

そう美咲が呟いた。

「うん…」

美咲の言葉に頷くと、修治は

「相手は……空さんなんでしょう?」

と美咲に訊ねた。

すると美咲は首を横に振り

「私もそう思ってたんだけど、どうやら違うらしい。タツっていう人が、教授の奥さんだったんだって。絶世の美女だったらしいよ」

そう答えた。

「絶世の美女!あ~、だから教授は、どんな女性にも興味が無かったんだ」

「それは過去の話ね!でも、今は空さんが居るじゃない」

美咲はそう呟いて、大きな溜息を吐く。

そして首を傾げながら

「でもさ、不思議なんだよね。そもそも教授って、あんまり人の容姿に興味無いじゃない?」

と美咲が呟くと、今度は修治が考え込む。。


『どんな女が好みかって?……考えた事もない』


いつだったか、修治が美咲の為に恭介に質問をした事があった。

相変わらずの鉄仮面で返され

「ですよね~!」

と呟くと

「……見た目とかそんなものは、どうでも良い。俺にこいつらより興味を持たせる人かな?……ま、居たらの話だけどな」

そう言って、在来植物の世話をしていた。


「在来植物……」

「え?」

「教授、此処に来てから全然探してない」

「言われてみれば……」

美咲と修治が顔を見合わす。

「でも……いつから教授は空さんを?」

思わず口に出してしまい、修治は慌てて口を押さえる。美咲はそんな修治の顔を見て笑うと

「気を使わなくて良いよ。なんとなくだけど、あの2人。出会った時から空気が似てたのよ」

そう呟いた。

「空気が似てる?」

「あ~!あんたにはわかんないから、聞き流して。多分、一緒にいるのが当たり前みたいな空気が流れてた。教授、此処に来てから穏やかに笑ってるもん」

美咲はそう言って小さく笑う。

「ずるいよね。あんな顔見せられたら、負けを認めるしか無いじゃない」

ぽつりと言うと、満点の星空を見上げた。

「教授さ……プロポーズしてた」

夜空を見上げてそう呟いた美咲の声が震えている。

「私ってさ、いっつもタイミング悪いんだよね。空さんが心配で様子を見に行ったら、プロポーズの瞬間にでくわしちゃって」

そう言うと、両手で顔を覆う。

「でも……空さん。断ったんだ」

「え?」

「教授、振られたんだけどさ……。なんでだろうね。全然、嬉しくないの。部屋を飛び出して来た教授、全然私に気付かなくてね。凄く、凄く傷付いた顔してた」

美咲の言葉に、修治は何も言えなくなる。

「教授が出て行った後、空さんさ……泣いてたんだよね。私のせいかな?私が教授を好きだって言ったから、空さんはあんなに頑なに教授を拒んでるのかな?」

自分を責めている美咲を見て、修治はこんな時、うまい言葉が言えない自分が腹立たしかった。

(教授なら、なんて言うだろうか?)

ふとそう脳裏に過って、小さく苦笑いを浮かべる。

両手で顔を覆い、俯いて泣いている美咲の頭に手を乗せると

「恋愛ってさ、誰が良いとか悪いとか……関係無いんじゃ無いの?教授が大好きな美咲も、空さんに惹かれる教授も、そんな教授を受け入れられないけど好きな空さんも……。誰も悪くないと思うよ」

修治はそう言って、夜空を見上げた。

普段暮らしいてる世界では、なかなか見ることの出来ない満点の星空。

大きな満月が、やけに悲しく青白く見えていたのは……こんな夜だからなのかもしれないと、修治はそう思っていた。

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