第32話
どうしてこんなに空が気になるのか?
自分が愛したのは、絶世の美女だったタツだった筈。
しかし、本当にそうだったのか?
では何故、目の前の自分を拒絶する者にこんなに心が揺さぶられるのか?
恭介には分からなかった。
まだ、何か大切な事を忘れているような気がする。
でもそれは、思い出してはいけないのではないのかと恭介も感じ始めていた。
「このまま黙って、俺が去るのをきみは望むのか?」
空にそう呟くと、拒絶したまま自分に顔を背ける空を見つめる。
恭介はそっと空の手を握り締めると
「なぁ……。もし、きみが消えてしまうなら……、もう一度俺の記憶を消せば良い」
そう呟いた。
恭介の言葉に空が驚いたように見つめると
「その代わり、風太と座敷童子。そしてきみも、一緒に人間界へ来ないか?」
と言い出した。
「何を……」
「思い出したんだ。龍神神社なら、此処と同じ神域だ。例えきみや風太、座敷童子でも暮らせる筈だ」
恭介の言葉に、空が戸惑いの色を浮かべて
「何を言ってるのですか?そんな事、出来るわけ無いじゃないですか。あなたはタツ様の伴侶なのですよ」
戸惑う顔をする空に
「うん、そうだね。でもさ、不思議なんだよ。記憶が戻って彼女が妻だったのは納得した。でも、今、俺が一緒に居たいと思うのは、目の前の空……きみなんだ」
真っ直ぐに見つめられて言われ、空は視線を恭介からゆっくりと外す。
「わかりません。タツ様はあんなにお美しい方だったのですよ。私とは比べ物になどならないのに……。それなのにどうして……」
「風太に母親が必要だから」
混乱する空に、恭介が言葉を被せる。
「え?」
「……って言えば、きみは納得するの?」
恭介の言葉に弾かれたように見上げると、ゆっくりと恭介はそう言いながら空を抱き締めた。
「きみが納得するなら、どんな理由だって構わない。だから、一緒に暮らさないか?君達を守るくらいの甲斐性は持ち合わせているつもりだよ」
恭介の言葉に、空の瞳から涙が溢れる。
叶うなら、一緒に連れて行って欲しいと願ってしまう。
でもそれは……、決して叶わない願いだと空は知っていた。
背中に回し掛けた手を、空はゆっくりと恭介の胸へ当てて身体を押し戻す。
「それは出来ません」
「空!」
「あなたは……私にタツ様の面影を見ているだけです。人間界に戻ったら、全部忘れてしまいます。だから、もう私の事は捨て置いて下さい。お願いします」
そう言うと、空が深々と頭を下げた。
「それが……きみの返事なんだな」
恭介がそう呟くと、空は畳に額が付くほどに両手を付いて頭を下げた。
「もう……分かったから。頭を上げてくれ」
恭介が視線をそらしてそう言っても、空は頭を上げなかった。
恭介はそこまで拒絶されて、これ以上、空に踏み込めないと思った。
「そんなに迷惑か?俺に思われるは……そんなに……」
恭介はそう呟き、ゆっくりと立ち上がって空の部屋から出て行った。
恭介の足音が遠去かり、空はそのまま倒れ込む。
(もう……遅いんです。あなたの記憶は、もうすぐ完全に甦ります。もう、私の力では、それを止められない)
零れ落ちる涙も拭わず、空はそのまま泣き崩れた。
もし叶うなら、一緒にその手を取って歩きたかった。
風太と座敷童子を連れて、4人で生きていけたらと……そんな夢を何度見たのか分からない。
(でも、まだ消えるわけにはいかない)
空は必死に力を振り絞り、起き上がる。
あと2日。
3人を無事に人間界に戻すまで、なんとか力を温存しなければならないと歩き出す。
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