第31話

「はぁ?明後日には元の世界へ帰れる?」

夕食の時間になりみんなが集まると、空から明後日一日だけ、人間界への扉が開かれると聞いて恭介が叫んだ。

「はい。ですので、いつでも帰れるように荷物をまとめておいて下さい」

空はそう言うと、自分の部屋へと戻ってしまう。

「ねぇ、最近の空さん。様子がおかしくない?」

美咲がぽつりと呟いた。

「確かに……。顔色が悪いし、俺達と一緒に居る時間が極端に減ったよな」

修治と美咲が話している声を、恭介は食事をしながら聞いていた。

食事を終えて廊下を歩いていると、ガタンと物音がして慌てて駆け付けると、空が廊下で倒れていた。

「空さん?どうしたんですか?」

血の気の無い真っ青な顔色で、今にも消えてしまいそうだった。

そっと抱き上げると、空が朦朧とした意識で目を開けて

「大丈夫です。1人で……歩けます」

そう言ったまま、ゆっくりと意識を失って行く。

恭介は、何かおかしいと感じた。

自分の記憶が戻るのと、空の体調の変化が関係しているようだと感じた。

空の部屋へ運んで寝かせると、恭介は懐かしい物を見つけた。

それはまだ、タツと出会う前。

森で植物の調査をしていた時、一匹の白い狐に出会った。罠に掛かっていたらしく、足を怪我していた。

近付くと威嚇する白い狐の罠を外してやり、傷口に持っていた薬を塗ってあげた。

その時、傷口を舐めないようにと、持っていたハンカチを包帯代わりに巻いて上げたのを思い出す。

そして子供の頃、祖母から聞いた話を思い出した。

「真っ白い動物は神様の化身だから、決して殺してはいけないよ」

恭介は眠る空の顔を見て

「あの時の狐は……きみだったのか……」

そうぽつりと呟いた。

植物に興味を持ったのも、祖母がたくさんの野草を教えてくれたからだった。

『恭介、人も動物も草も木も虫も…みんな生きているんだよ。だから、大切にしてあげないとね』

頭を撫でて微笑む祖母は、龍神神社を大切にしていた。一緒に神社を掃除して、社を綺麗にしては取れた作物や動物の肉をお供えしていた。

今では、そんな風にお参りする人も少なくなったと、話を聞いていた。

そんな事を考えていると、空が目を覚ました。

「恭介……さん?」

声を掛けられて

「目を覚ましたか?」

と声を掛けると、驚いた顔をして空が起き上がる。

「あ!急に起き上がると…」

恭介がそう声を掛けたと同時に、空が倒れ込む。

慌てて抱き留めると

「アホ!倒れた奴が急に起き上がるな!」

恭介が怒ると

「すみません。私……倒れたんですか?」

空はそう言うと、恭介から身体を離す。

「空、きみはまだ何かを隠しているんじゃないのか?段々弱っているのも、俺の記憶と関係があるんじゃないのか?」

空の肩を掴んで恭介が聞くと、空は視線を外して小さく笑い

「随分と想像力が豊かなんですね」

そう答えると

「恭介様は、教授より小説家が向いていらっしゃるんじゃないんですか?」

と言って、肩を掴む恭介の手を払い退けた。

「空!」

「じゃあ!私が、あなたの記憶が完全に戻ったら死ぬと言えば満足ですか?」

空の言葉に恭介の身体が強張る。

「あなたは何がしたいのですか?どうしてそっとしておいてくれないのですか?あなたが愛しているのはタツ様で、私のことなど記憶の片隅にもない癖に!」

そう言って睨まれた。

「もう……放っておいて下さい。どうして私に構うのですか?もう、記憶が戻ったのなら、私の事などどうでも良いではないですか……」

力無く言われて、恭介は俯いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る