第14話

美咲も又、此処で暮らし始めて、恭介の瞳が空を追い掛けている事に気が付いていた。

今も、走り去った空の背中を見ている恭介に胸が痛む。

必死に笑顔を作り

「教授!」

と声を掛けると、恭介がハッとした顔をして美咲に視線を向けた。

「魚釣りに行ってたんですか?」

美咲が微笑んで声を掛けると、風太が笑顔で

「恭介、凄いんだぜ!釣れるポイントが分かってるんだよ」

と、興奮しながら叫んだ。

「そんなに釣ったの?」

美咲が笑顔で風太に聞くと、風太は笑顔を浮かべて指を折りながら

「1.2.3……いっぱいだ!」

そう叫んで両手を広げ、大きく手を振り回す。

3までしか数えられないらしく、それ以上は『いっぱい』なんだ……と、風太の可愛らしさに癒されていると

「今度は美咲も一緒に行こうぜ!」

って指きりして来た。

仲良く指切りをしていると、そんな美咲と風太を恭介が穏やかな笑顔を浮かべて見つめている。

その姿が、何故か美咲の胸をモヤモヤさせた。

「恭介、今度は3人で行こうぜ!」

「そうだな」

風太と話しながら、恭介が優しい笑顔を浮かべて風太の頭を撫でている姿を見ると、美咲の胸にある不安がどんどんと大きくなっていく。

大学にいる時はいつだって鉄面皮だった恭介が、此処に来てからは常に穏やかに笑っている。それは美咲にとっても嬉しい事ではあるけれど、自分の知っている恭介では無いような気がしてしまうのだ。

「藤野君?どうした?」

ぼんやり考え事をしている美咲の顔を、恭介が覗き込んでいた。

「あ!いえ、何でもないです。はい。今度ぜひ、私にも魚釣りを教えて下さい」

美咲は必死に笑顔を作り、恭介と風太に頷いた。

そんな美咲の異変に気付かず、恭介は風太と手を繋いで家の中へと入って行く。

自然に風太に差し出される手を、風太も又、当たり前のように繋いで歩き出す。

その姿はまるで、親子のようだった。

すると美咲の背中を、座敷童子が引っ張って心配そうに見詰めていた。

「あ!座敷童子ちゃん居たの?風太君、教授と一緒にお家に入ったよ」

笑顔を浮かべて言うと、座敷童子は美咲の頭を撫でて微笑んだ。

「もしかして……慰めてくれてるの?ありがとう」

思わず溢れ出しそうな涙を、必死に堪えて微笑む。

(何故、こんなに不安なんだろう?)

美咲は、此処で生活してから、恭介の背中がどんどんと遠くなっているような感覚に陥っていた。でも、その度に自分に言い聞かせる。

(大丈夫。まだ、何も決定的になっていない。気のせい……。そう、私の気のせいなんだ)と。

美咲は座敷童子の手を掴み

「さぁ!私たちも戻ろうか?」

そう微笑んで、家の中へと歩き出した。

それはまるで、自分の中に芽生えどんどんと大きくなって行く『不安』から、まるで逃げ出すようだった……。

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