第15話 空と恭介

その日の夜。

恭介はぼんやりと外に出て星空を眺めていた。

自分たちの世界では、滅多に見られない満点の星空。

街頭はおろか、電柱や電線も何も無い月明かりだけが明るく照らす漆黒の世界。

夜になると、蝋燭の灯りだけで辺りは真っ暗になってしまう。

夜の帳が、明かりも音も全て隠してしまったかのようなシーンとした静けさが広がる世界。

でも、何故か恭介は此処で暮らし始めてから、自分の中の空洞が徐々に埋まっていくような感覚になっていた。

自分を慕う風太と座敷童子。

仕事を気にせず、人や社会に囚われずに自然の中で暮らす毎日。

自給自足の生活は、人間本来の姿に戻れるものなのかもしれないと考えていた。

出来ればずっと、此処で生活していたいとさえ思っている自分に苦笑いを浮かべる。

ふと、空と風太、座敷わらしの顔が浮かび、彼女達との穏やかな暮らしを思い浮かべている自分に驚いてしまう。

そんな時、提灯を持った空が森から現れた。

「空さん?」

思わず声を掛けると、空が驚いたように恭介の顔を見た。

「恭介様?こんな時間にどうなさったんですか?」

「いや、それは空さんこそ」

そう答えると、空が俯いて黙り込んでしまう。

恭介がその様子に溜め息を吐くと、空はビクリと身体を震わせ

「あの……先に戻りますね」

と、足早に家の中に入ろうと恭介の隣を通り過ぎようとした。

恭介は咄嗟にそんな空の腕を掴み

「あの!俺、何かしました?」

そう言って見つめた。

すると空は怯えたような視線で恭介を見上げると、ゆっくりと視線を落として首を横に振り

「いいえ、何も……」

とだけ答えると、再び黙り込んでしまう。

そんな空に恭介は苛立ち

「じゃあ、何で俺を避ける?」

そう叫んだ。

恭介の言葉に弾かれたように見上げた空の瞳は、悲しそうに揺れている。

空はゆっくりと俯くと

「避けてなんて……いませんよ」

そう答えた。

その態度にカチンと来て

「避けてるよね?俺、ここに来てから空さんとは数える位しか会話していないと思うけど?」

と恭介が言うと、空は視線を外したまま

「そうでしょうか?でも、別に私と会話しなくても、何の支障もありませんよね?」

感情の読めない冷たい横顔で答えた。

こんなにも拒絶されているなら、放っておけば良い。

今までの自分なら、絶対にそうしていただろう。それでも、何故か恭介は空に対してだけは、そういう感情にはなれなかった。

「ねぇ……どうして、藤野君や片桐君は下の名前にさんを付けて呼んでるのに、俺だけ様なの?」

ポツリと呟いた恭介に、空は唇を震わせて何も答えない。

「俺、そんなに嫌われる事したんですか?だったら謝ります。だから、そんな風にあからさまに避けるのを止めてもらえませんか?」

「……避けて無いです」

恭介の必死な言葉に、空は俯いたままポツリと呟いた。

その態度にイライラがMAXになり

「じゃあ、何で目を合わせようとしないんですか!」

声を荒げた恭介に

「では……双葉さんとお呼びすればよろしいのですか?」

と、空が俯いたまま答えた。

「え?それって……本気で言ってるの?あのさ、苗字になるって事はさ、恭介様より距離出来たよね?」

肩を掴んで自分の方へ向けると、目に涙を浮かべた空の瞳と目が合う。

「何で……泣いてる……?」

驚いて呟いた恭介に

「すみません!何でもないんです」

慌てて涙を拭う空を、恭介は無意識に抱き締めていた。

「恭介様、いけません!美咲さんが見たら、悲しみます」

慌てて自分の腕から逃れようとする空の唇を、恭介は奪うように重ねた。

「なんで此処で藤野君の名前を出すの?俺は今、空、あんたと話しているのに!」

強く抱き締めて叫ぶ恭介に、空は涙を流して

「あなたは人間なんです。私は……龍神です。決して、交わってはいけないんです」

そう呟いて

「それに……あなたが好きなのは、私じゃない。あなたは、勘違いしてるだけなんです」

空は吐き捨てるように呟くと、恭介の腕の中から霧のように消えてしまった。

恭介はその瞬間、空が自分と同じ世界では生きられない存在なんだと思い知らされる。

それと同時に、空の言葉が妙に引っ掛かった。

『勘違い』と空は自分にそう言った。

誰と?何を?勘違いしているのか?

思い出そうとすると、頭の中にあるブラックホールへと記憶が落ちて行きそうになる。

そして一つだけ、恭介には分かった事があった。空は、自分の抜け落ちた2年間を知る存在なのではないか?と。

そして自分の記憶の鍵を握っているのは、もしかしたら空なのではないか?と思い始めるようになってしまうのだ。

そして、そんな恭介達を少し離れた場所で見ていた美咲は、自分の中にあった不安が的中したのを感じていた。

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