最終話 新競技プレゼン。柴山本気で言ってんのか?
会議室は早朝の公園のように静まり返っている。
プロジェクターの光が揺蕩う塵を無機質に照らしている。
その周囲を陸上競技連盟の理事長をはじめとする御歴々が囲んで座っている。
皆、一様に難しい顔をして黙ったまま声を発しない。
先刻、日村が陸上競技の新種目候補を公募の中からまとめた資料を報告したが、
具体的候補として括目に値する案件は無かったのが声を発しない理由だろう。
重い沈黙を破ったのは意外にも事務局長の柴山だった。
「新種目の公募についは以上ですが、何か御意見は御座いますか」
理事長が背もたれから起きると鋭い視線を柴山に投げた。
「公募の中には新競技として期待できそうな種目は無かったように感じたが柴山君の意見としてはどうかね」
「無かったですね」
柴山は小石でも蹴るように答えた。
「あ、けど『階段駆け下り30m』とかは検討しましたが面白そうでしたね、ただ。死人が出そうと言う若干の懸念がな」
そう言って日村にいたずらな笑顔を向けた。
日村は下手な笑顔をかろうじて作って答えた。
理事長は軽薄にも映る柴山の態度を軽蔑するように表情をしかめてスーツの襟を正した。
「柴山君の事務局長としての資質について、率直に言って我々の中から疑問の声が上がっている。背任行為を疑う声すらもあった」
柴山は表情を変えずに理事長へ向き直った。
『我々の中から』と濁してはいるが、理事長自身が思っていることであるのは明白だ。
「今回私が柴山君に新規陸上競技の選定を任せたのは、そういった君の資質を疑う疑念の声を晴らす機会を与えたかったからだ、私は君に期待していたのだよ」
理事長は大きな肩をため息と共に仰々しく落とすと話を続ける。
「しかし君はその期待を裏切った。今回の結果はやはり君に事務局長としての資質が無かったと結論つける他はないね」
「ちょっ、待ってください」
日村が慌てて声を発したがそれを柴山が片手を上げて制した。
「理事長。本当に私の資質を問いたかったのあれば、方法から私に一任して下さればよかった。陸連として広く新規陸上競技候補を募り、その中から新競技を選定する。などと言った。ちんぽの竿を股に挟んで隠しているようなおかま野郎が考えるそうな日和った方法は選択しなかった」
柴山は発案者を全力で馬鹿にするように拳の親指をしゃぶって口をすぼめる。そのまま御歴々をたっぷりと見渡してから続ける。
「そもそも、目的を履き違えている。目的は新規陸上競技を選定することではなく、陸上競技者数を増やすことですよね。始めからそう指示をください」
柴山の視線に理事長は目をそらす。
PCを操作してPowerPointを起動した。
「現在日本の陸上競技人口は43万人です。この数字は競技として陸上に取り組んでいる人の数字です。趣味などでランニングなどをする人は除いてこの43万人です。
そして競技人口は年々増加しています」
プロジェクターに競技人口が右肩上がりに増加するグラフが映し出される。
「この結果を見ても、陸連の新競技選考と競技人口の増加を指示する妥当性が無い。だから私も今回の仕事に対して真摯に取り組むことが出来なかった。理事長の真意を周囲の汎用役員共が理解出来ていないのでは?と悲しくなりました。孤独な理事長。
柴山は自分の胸元をぐしゃりと握って天を仰ぎ、暫く鼻をすすって目尻を拭った。
勿論そこに水気など無い。
「では理事長が本当に望むものは何であるか?はい!そこの老いぼれ」
柴山はすぐ横の副理事長に掌を向けた。
副理事長は柴山のその態度に顔をみるみるうちに赤くさせ青筋を立てた。
『誰に言っているのだ!』と叫び出そうと大きく息を吸った副理事長の腰を折るように柴山は大声でクシャミを一つ副理事長の顔面に浴びせた。
副理事長は柴山の飛沫を大いに肺の奥に吸い込み、今度は顔を白くして退出した。
柴山は袖で鼻を拭うと「すいません。強い光をみるとくちゃみが出る体質なんで、プロジェクターがね、どうも良くない」と副理事長の背中を見送った。
「さすがは副理事長、よく理事長のことを理解していらっしゃる。副理事長のおっしゃる通り、理事長が我々に本当に言いたかったことは陸上競技で金を稼げとそういうことなのですよね」
副理事長が不在を良いことに勝手な既成事実として公言をした。
日村が理事長の顔を覗くとあながち間違いでも無いように気まずそうに視線をそらしている。
「ではどのように陸上で金を稼ぐかについて説明します」
柴山はPowerPointの画面を切り替えた。
「こちらのグラフは競技を離れた人口です。競技人口の増加と比例して競技を離れる人数も増加しています。そもそも陸上競技寿命は短い。老い、故障、挫折。理由は様々ですが8割の選手が学生生活の終わりと共に競技からも離れてしまう。つまり、新規で競技人口を増やすよりもドロップアウトした選手を引きもどしたり、選手寿命を延ばす方が新規獲得を目指すよりも容易いのです。なぜなら彼らは陸上競技の魅力を誰よりも知っているから、環境さえあれば望んで戻ってくるはずなのです」
理事長がPowerPointに視線を向けた。
「それともう一つ。陸上競技には頭打ち感があります。陸上競技の花形。100m走を取ってみても、1/100秒を縮める争い。おもろいっすか?」
それは言わないお約束だー。日村は頭を抱えた。
「ここまでにしておきましょう。これは私からあなた達への今後のヒントと置き土産です。あとは皆さんで考えて。それではこれで」
柴山はパソコンを閉じると扉に足先を向けた。
「帰るぞ専心」
「え?帰るんすか?」
「お前この空気の中残れるの?凄いね」
「御供します」
二人が背中で響く罵声を無視して会議室を出ると松下が心配そうに廊下に立っていた。柴山に駆け寄ると子供の頃から飼われていた犬のように飛びついて見上げた。
三人で理事長室に戻る頃には、室内に夕日が差し込む時刻になっていた。
柴山はソファーに腰を下ろすと煙草に火を点けた。
松下が三人分のコーヒーを淹れて、自然と全員がソファーに腰を下ろす。
柴山の吐いた紫煙がオレンジの色の光の中を渦を巻いて舞っている。
日村がコーヒーを一口啜って口を開いた。
「さっきの話って続きは有るんですか」
柴山はコーヒーを啜りながら上目使いに日村を覗いて言った。
「うん。無い」
「無いんすか!」
「あぁ無い!」
「堂々と言うことですか、よくそれであんな啖呵がきれましたね」
「実態を見せないことが肝要よ、霧の中得体の知れないものを想像するから相手の想像は大きくなって、恐れビビるのよ。自分で想像する得体のしれない怪物はこわいぞぉ~」
「完全に職業の選択間違ってますね」
「けどな専心、続きは無かったと言うべきだな。実はさっき話してて金稼ぎの続きを思いついた」
「どんなです?」
「教えてやる。あのな、パラリンピックってつまらんよな」
「あ!ダメ、絶対に言っちゃダメなやつだ」
「あんなもんは偽善的な運営委員と家族しか見てないぞ」
「ダメダメダメ!絶対にダメなやつ」
「俺が言いたいのは健常者と区別してやるなってことよ」
「必要でしょ、区別はハンディキャップがあるんだから」
「だからよ、そこは健常者に近づけて競うのでは無くてパラリンピックは別物としてルールを曲げて行こなおうぜ、義手義足はどんな改造しても有り!だって障害者だもん」
「だって女の子だもんみたいに言わないで下さいよ」
「車輪つけても良いし、プロペラ付けても良いみたいなね」
「ちょっと面白そうですね」
「だろ、それなら見たくない!?走り幅跳び後に翼で滑空とか!」
「良いっすね!足にスプリング付けて高跳びとか!」
「専心分かって来たね」
「足にコマ付けて円盤投げとか~」
「奈緒ちゃん飲み込み早いなぁ~」
「それとな、陸上競技頭打ち問題な、あれの打開策も思いついた」
「局長~何ですかぁ~」
「奈緒ちゃん知りたい?」
「知りたいです~」
「もう~可愛いんだから。あのね、ドーピングしちゃおう!」
「あ!またダメなヤツ!」
「馬鹿だね専心は、君は実に愚かだ。ドーピングって言うのは一人だけが隠れてやるからダメなのよ、皆で平等にすれば良いじゃない」
「ダメっすよ選手の体を壊すリスクも有るし」
「専心、お前の頭の中に詰まっているのが筋肉であることを忘れていた俺が悪かった。謝るからもう黙れ」
「だっる~!松下お前から聞け、話にならん」
「局長ょ、詳しく教えてくーださい」
「OK奈緒ちゃん」
柴山が松下の内ももに手を差し入れる。
「体育会系の人間は
ほぇ~と感心する松下の向かいで日村もふてくされながら聞き耳を立てている。
「良いか、専心。俺の目指すところは陸上競技だけじゃない。スポーツ全般をそうすべきだと思っている。これからはオリンピックの時代じゃない。ドーピングピックの時代だ!新時代だ!」
それから数年後、裏の世界でドーピングピックなるものが行われ、魔改造パラリンピックが行われているとまことしやかに都市伝説が流布され始めたのは彼らと関係が有るのか、はたまた無いのか。
その真実はまた別の御話し。
了
陸上の新競技を提案しなければ! 語理夢中 @gorimucyuu
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