第9話 ピンチはチャンス?

 事務局長室。


 3人は柴山のPCを前に深刻な顔をしている。

 松下は両手で口を塞ぎ、日村は眉間に拳を押し当てて目をつむっている。

 柴山はPCのメール画面を睨みつけている。


 メールの差出人は陸連理事長である。

 本文を要約するとこうである。


 来週の理事会で新陸上競技の最終選考競技のプレゼンを本部にて行えとの指示である。また、そのプレゼンの内容如何ないよういかんによっては柴山の事務局長としての進退にも関わるとあった。


 副理事長に対して組織内の不正捜査の結果報告として、日村は柴山に不正の実態が現状無い旨は既に報告済みである。

 それ故、これは柴山の本来の業務に対する資質が問われている。


 三人は先日の競技場での新競技選考を思い出して振り返り、全員が同じことを思った。


『やばい、ふざけちゃった』


 日村が沈黙を破った。

「来週に向けてとりあえず、新競技候補をまとめた資料を作りましょう。公募の中から現実性の有る競技をピックアップして理事会で意見を求めましょう」

 柴山はコーヒーを一口すすると、

「その資料はお前に任せるよ、完璧な資料を頼む。寝食のことは気にするな俺がやっておくから」

 日村は真面目表情のまま頷くと、

「了解しました。身を粉にして働き、その粉を成形して尚働き成し遂げます。な、松下」

 急に振られた松下が目を丸くして抗議した。

「嫌です~こう言う体育会系のノリ嫌い~死ぬ~」

 松下の取り乱した姿をひひひと下卑た笑いで喜ぶと柴山はコーヒーカップを置いた。

「専心よぉ組織の中には色々な人間がいるよなぁ、そして色々な意見がある」

「そうですね」

「それが多様性ってヤツで、その多様性を認めると意見などはまとまらんのよ」

「そうですね」

「意見がぶつかると事件になる。多様性ってヤツは揉め事の種だ」

「そうですね」

 柴山は急に声を張り上げた。

「そうなんですよっ!今みたいに俺の言ってることにそうですねって言っていれば揉め事なんて起きないだろがいっ!組織が揉めない唯一の方法は俺の言うことだけ聞いて従っておけば良いんだよ」

 柴山は悪い顔で犬歯を剥き出して笑うと簡単なリストだけで良いと完結に返答して黙ってしまった。

 日村が伺う柴山の表情の内側にはたぎる熱のようなものが宿っていた。


 進退が問われるのであれば、後退のピンチで有ると共に前進のチャンスでもあると柴山の野心は燃え上がっていた。人の作った資料で中途半端をかます気は無い。


 柴山は嚙みちぎるように言った。

「見せつけてやるぞ、じじいどもめ」



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