第7話 新競技選考への遠き道

「局長、新競技の選考についてですが」

 そう切り出した日村の声を柴山は無視するようにTVを見続けている。


「なぁ専心、こいつらの言ってることどう思う?」

 TVの街頭インタビューで同性愛者のカップルが同性愛者の理解と権利を訴えていた。

 主張を簡単にまとめると、この多様性の時代、様々な形の愛が有って良く、それについて偏見を持ったり批判をすることは無くなるべきだとカップルは主張していた。


「その通りなんじゃないですか、批判的な意見は避けるべきだと思います」

 本題に入れないので適当に話を合わせる。

「ならお前は俺の敵だな」

『はい。そうです』とも言えず「大袈裟なぁ」と返す。


「お前はゲイ?それかバイ?」

 下唇をななめにひしゃげたイヤな顔で聞いてくる。

「ノーマルっすよ。女が好きです」

「なら言っても良いよな。俺は同性愛者に偏見を持っている。特に男同士の方」

 堂々と胸を張って柴山は言う。

「第一に見ててキモイ、生理的に無理。第二に社会的に意味が無い。第三にお互いのことを理解出来ない」

と聞いてもいないことを勝手に答えた。


「そうですか、残念です。で、新競技の選考ですが」

 話を変えようとする日村に柴山が怒鳴り散らす。

「聞け!訪ねろ!何でですかと質問攻めにしろ!」


「なんすかぁめんどくせぇなぁ~何が嫌なんすかぁ」

「おい!丁寧に質問しろ!」

「はいはい、第一の理由はなんですかぁ」

「うむ、昨今の腐女子が求めるような美しいBLなどこの世には無い!風呂場の排水溝に溜まった毛玉同士が絡み合っているようなのが現実のBLだキモイ!」


「第二に!」

『おうおう、訪ねてもいないよ』

「同性同士が性交渉しても繁殖出来ん!それを認めては世界が滅ぶ!」

「それはそうかもっすね」


「第三は何すか」

「第三はぁ~!同性愛者が多様性を認めろと主張するなら俺と言う批判する側の多様性も認めろよ!」

 日村の胸元に指を突き立てて熱弁を振るい始めた。

 飛んでくるつばきに日村は顔を背ける。

「マイノリティにはそうである理由があるだろうが!貝が嫌いとかピーマンが嫌いとか毛虫が嫌いって気持ちを無くせるか?」

「そうだ!無くせないよな!」

『言ってねぇけど』

「それと一緒!ゲイが嫌いって気持ちは無くせないし克服できない!この世からそう言う気持ちを持った人はいなくならないのぉ~」

「ならどうするんすか?」

「お互いに耳に入らないところで批判して、目に付かないところで営め!その距離感が唯一の共存共生方法やろがい!」

 ずっと突かれてる胸が痛てぇ。


「でも面と向かって批判するのはダメっすよね」

「あ~た~り~前だろ馬鹿!!だからインタビューなんかで公然と批判なんかするなって言ってんだよ!食いもんや虫じゃねぇんだから!人権って言葉知らんのか!そう言う大切なものは踏みにじってはダメなんだよこの糞虫が!踏みつぶすっぞ!」

「いや、今まさに僕の人権が踏みにじられてます」

「日村黙れ!」

「・・・」


「そう言えばさぁ日村!」

「はい?」

「黙れ!」

「・・・・」


『糞が!!』


「あとなぁ」

「まだ何かあるんすかぁ~」

「ボーリングってあるよな」

「はい」

「あれやってるヤツはみんな馬鹿ね」

「何すか、独り言ですか?俺はなんでも言っていい人じゃないっすよ。ボーリング好きですし」

「ストライク取ってハイタッチとかすんの?」

「しますね」

「超バカじゃん。恥っ」

「局長はやったこと無いんすか?楽しいですよ」

「やるかあんなもん。想像しただけで一生やらないと決めたわ。なんで金払って重いもん投げなきゃならんのじゃ!」

『もう黙れよ、おっさん』


「それと砲丸投げな!あれは」

「松下砲丸投げの選手ですよ!」

「・・・・」


「あれは好き」

「嘘付けー!悪口言おうとしてたろ!」


「何すか!今日仕事したくないんすか?」

「うん」


 柴山は日村に叱られしぶしぶTVを消してPCを開いた。

 そこに一通のメールが飛び込む。タイトルには【重要】の文字がタイプされている。

 柴山はメールを開いて目を通すと「ああ!」と大声を上げた。

「やっべ日村!新競技の有力候補のプレゼンしろって書いてある。内容次第で局長を下ろすってよ!」

「だから言ってんだろうが考えようって」


柴山は苦汁を舐めているような表情を作っていたが、再度口を開いた。

「専心、バーベキューで肉焼く男も馬鹿ね」

「まだそっちの話してたんっすか、仕事の話かと思った」

「俺昔、このメール送って来たヤツとバーベキューしたことあるのよ」

柴山の言うヤツとは陸連TOPの理事長のことだ。

聞かないと終わらないので素直に次を促す。

「楽しそうじゃないですか」

「そいつが日頃から俺に言うのよ、男子厨房に立ち入らず!料理全般は一切せず嫁の仕事なんだと誇るように言うわけ」

「亭主関白ですね」

「でよ、バーベキューしたらそいつが全部肉を焼くわけ、仕舞いには俺の焼きそばは特別に旨いのよ、とかぬかしながら嬉々として焼いてるのよ」

「ほぉ」

「たまに空を見上げて気持ちぃ~とか言ってんのさ、それを俺は焼き過ぎたカチカチのタレの味しかしない肉を齧って白目剥きながら見てるわけ、こんなよ」

柴山が顔面を引き攣らせて当時の表情を再現する。これは酷い。

「俺も普段は一切料理しないから、いくらバーベキューと言えども包丁すら握らない一貫性があるのよ、それに比べてバーベキューだからと言ってはしゃいで料理しちゃうアイツ。  どう思う?」

悪い顔で話のオチをどうぞと言う表情で柴山は日村へ話を振った。

「や、やめてくださいよ、最後の結論部分を俺に任せるのは、誘導尋問でしょうが」

慌てる日村の肩に優しく手を添える。

「皆まで言うな、お前の気持ち、言いたいこと、全て俺が察した。良い上司って言うのは往々にしてこんな能力を兼ね備えているもんなんだよ、日々勉強だな日村。メモっておけ」

「あんた一番そういうの苦手でしょ!勝手に偏見に満ちた解釈しないで下さいよ、俺が何を思っていたか言ってみてください」


柴山が口をアヒルにして言う。


「死ねばいいのに」


「お前がな!」







 

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