第4話 風俗チラシは捨てちゃダメ

 日村は人知れず焦りを感じていた。


 柴山の態度や言動から察するに横領・収賄などの汚職に手を染めていそうな雰囲気はある。しかし、告発に至るような証拠が無い。


 ハラスメント行為によるコンプライアンス違反は確実だが副理事長に求められているものではない。日村自身も幼少期から陸上競技に関わって育って来た体育会系の男だけに、ハラスメントと言う言葉が民主化する前には日常の一部として身に沁みついている。柴山が日々仕掛けてくるハラスメントに慣れ、楽しむ余裕すら最近では生れている。


 先日は螺旋階段の上から呼び止められ、見上げたところに唾が垂れて来た。

二連続で唾を躱したときは自身を誇らしく感じたし、柴山の拍手を送りながら去って行く背中にも薄っすらと敬愛を禁じ得ないと言う心境だった。


 さて、話を戻すが自身に与えらた密命の報告をしなくてはならない。

 汚職。これに現状手を染めている。または、染めていないと言う証拠を持って報告したい。観察した結果を報告するなどガキの使いだ。


 事務局長宛の郵便物を取りまとめ、柴山の元へ向かった。


 ノックしようと扉の前で止まると、先に扉が開いて先客が出て来た。

「それでは例の件、御配慮よろしくお願いします」

 深々と頭を下げて辞した男は確か、某有名陸上用品メーカーの営業。

 柴山は黒目も見えないほどに目を細くして「まかせい」と笑って言った。

 厚目の茶封筒を机の引き出しに放り込む。ここまで封筒が投げ込まれる音が聞こえる。金だとすると相当な額だ。

 

 具体的な役職名が付くほど、その業務内容は曖昧になる。

 具体的な事務局長の業務内容は分からないが、時々こうして営業の人間が訪ねてくる。柴山は隣に応接室が有るのに、他に人を入れずに自室で応接を行う為、会話の内容も分からない。

 基本外出することも無く、小便も自室でする。帰宅の際には部屋に鍵を掛けて帰るため、汚職の証拠を調べるスキがない。


 何か手を考えないと。

「局長郵便っす」

 机に郵便の束を乗せる。バランスを崩した束の中から風俗店のチラシが覗く。

 これは?風俗業者が手当たり次第に入れたチラシなのか、もしくは小柴に縁が有って敢えていれているのか、実情は分からないが『この手で行くか』と日村は思った。


 風俗店のちらしを抜き取って柴山に見せる。

「局長こんなの入ってましたよ、捨てておきますね」

 柴山はチラシを伺うと素早く取り去った。

「待て待て!熟読してからこちらで捨てるか決めるから取っておきなさい」

 チラシに熱視線を送っている。『これは使えるかも』


「局長、今度自分の大学の後輩がインターンシップでここに見学に来たいって言ってるんですけど良いですかね?」

「男ならダメだ」

「女です、一応」

「体育大なら女と言うよりどうせ霊長目ヒト科ゴリラ属のメスだろ」

「人間の女です」

「可愛いの?」

「可愛いと言うより、セクシー系ですかね」

「連れてらっしゃい」

「局長の話も聞きたいって言ってましたけど」

「もちろん大丈夫!そこに時間を割きましょう」

「ありがとうございます。後輩に連絡しておきます」

「局長。すけべですね」

「英雄色を好む。専心よ、歴史を学べ」


 無視を決めて一礼して踵を返した。

 突然の思い付きで話を進めたが日村にインターンシップの後輩からの申し入れなど実際にはない。

『あいつに頼むか』一人の後輩の顔が浮かんだ。


「なぁ専心」

 いつも退出しようとすると話しかけて来る。寂しいのかよ。

「どうして男の子より、女の子の方が誕生日って早いのかなぁ」

 おっと質問の意味が分からねぇ、だけど前提が間違っている質問って面白い。

「っすねぇ」

 笑顔を向けて部屋を出た。

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