第3話 辞められない 日村の密命

 シンク(柴山の小便器)を清掃してコーヒーを淹れるのが日村の日課になった。

 不本意でも辞められない理由が日村には有った。


 日体大理事長の脱税、背任事件は世間を賑わせる騒ぎとなった。陸連としても同様の問題を未然に防ぐ(既にあるのであれば撲滅する)為に、組織内の内密な捜査が行われることとなった。陸連副理事長を中心に調査チームは組織され、そこで白羽の矢が立った一人が日村である。

 陸連内での不祥事、またはその予兆を早期に発見して防ぐのが日村に与えられた密命だ。だからある程度の不満は我慢して実情を見極めなければならない。


 日村は柴山の机へコーヒーを置いた。アメリカンコーヒーに砂糖二杯とミルクたっぷり、柴山のいつもの注文通り。

 『MAX COFFEEでも飲んでろよ』

 パソコンでメールを確認している柴山に、これ持っててと神妙な顔で摘まんだ何かを手渡された。

 手のひらで受け取る。

 なんだろうか?顔を寄せる。使い古した消しゴムの様な、、、

 「えっ!ガム」

 手渡されたものは柴山が噛み古したガムだ。

 柴山は日村の信じれないと言う表情を見て真面目面を破顔した。

「人が預けたものを勝手に捨てたりするなよ」と釘まで刺してくる始末。

 握った拳を叩き込みたい気持ちを抑え、辞そうとする日村に柴山がPC画面を指して内容を読み上げた。


 内容を要約すると陸上競技者数は年々減少傾向にあり、その対策として陸上競技全体を盛り上げ、競技者の獲得を目的に新規陸上競技を検討しろとの御達しが陸連会長よりメールされていた。広く一般公募するがもちろん陸連からのアイディアも募り、その取りまとめ役として事務局長の柴山が指名されていた。


 柴山は椅子の背もたれに寄りかかると煙草を咥えた。

「スポーツは良い。特に子供にはスポーツをやらせるべきだ」

 言い終わると口をすぼめて煙草に火を点けた。


 日村はたまには最もなことも言うのかと思いながらガムをティッシュに包むとにゅ~と掌の間で伸びた。


「何をするにも金が掛かる。子供は成長に合わせて用品を買い替えるからなぁ特に金を産む。新しい競技。素晴らしいじゃないか!新しい金脈を探し出そうじゃないか」

 日村は伸びたガムと柴山を嫌悪感に満ちた顔で交互に見た。


「日村、このメールお前に転送しておく。添付の新競技候補リストから更に実際に競技に出来そうなものを選別しておけ」


「どんな基準で選べばいいですか?」


掌にまだガムが残っている。『うわぁ~臭そう。早く手を洗いたい』

「お前なんて顔してんだ馬鹿垂れ、陸上競技界の未来が掛かっているんだぞ!真面目に取り組め」

『お前のせいでこんな顔してんだろうが』


「選考要件は現実性が有り、人気が出て競技人口が増えそうで御金になりそうなものを選べ」

『結局金かい』


「分かりました。選考出来次第、改めて伺います」

さっさと辞そうとする日村の背中に柴山の声が掛かる。


「今日のコーヒー美味しかったよ」

『なんなんだよこいつ』


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