2.「ある添付画像」

-------------------

 こんばんは。MIHOです。

 写真、すごく嬉しかった!

 おかげでイヤなことも忘れちゃいました。

 ありがとう。

 でもこんなにかっこいい人だなんて思ってなかったから、なんだか緊張しちゃいます。。。

 

 こっちだけ顔を知ってるのはアンフェアだから、私も写真送りますね。

 恥ずかしいけど…。

 あ、キライにならないで下さいよ!

-------------------


 あまりに狙い通り事が運んだため、俺はモニターの前で思わず笑ってしまった。

 送った写真つきメッセージの返事がコレだ。俺はゲームのステージを一つクリアしたような満足感を味わっていた。


 MIHOからのメッセージには一つの画像が添付されていた。文面にあるように、顔写真を送ってきたのだ。

 ミートゥの仕様では、添付画像付きのメッセージには画像マークが表示される。それをクリックすると、添付された画像が開くという仕組みになっている。

 俺は期待3.5、不安6.5といった複雑な気持ちで、そのファイルを開いた。


 チカチカッ。


 アイコンが数度明滅し、画像ソフトが立ち上がる。ファイルが開き、ディスプレイにMIHOの顔が映し出される。


 「ホントかぁ~?」


 そう声をあげたのは、そこに現れたのが思いがけず「いい女」だったからだ。

 派手さはないが、清楚な美人といった感じの女だ。芸能人に例えれば少しおとなしめの松嶋奈々子といったところか。

 マッチングアプリの女なんて大したことないに決まっている、という先入観を少なからず持っていた俺には、これは嬉しい誤算だった。

 俺はすっかり盛り上がり、さっそく返信のメッセージを書き始めた。

 こんな「いい女」がなぜマッチングアプリなんて…という疑問も、舞い上がった俺には浮かんでくることはなかった。


 お互いの顔写真を交換してから、俺たちのメッセージ熱は加速度的に高まっていった。

 メール添付でスマホからパソコンに画像を転送する、という面倒な作業も、顔写真を見てからは苦にならないのだから現金なものだ。俺は慣れない自撮りをしては、ちょくちょくMIHOに写真付きメッセージを送った。

 MIHOはさまざまな画像アプリを駆使して、その写真にフレームを付けたり、メッセージを入れたりして送り返してくれた。

 歳をごまかしていることに心苦しさを覚えた俺は、アプリに登録したときの年齢や血液型がウソであることも明かし、本当のことを話した(無論、嫁と子供がいることは黙っていたが)。

 MIHOは「そんなの普通ですよ」と言って俺を責めることはなかった。


 俺がスマホへの「ミートゥ」のインストールを決意するのに、さほどの時間は要さなかった。なにしろ画像を送る手間がまったく違う。

 画像加工アプリの使い方も覚え、様々に加工した自撮りや、仕事先で見つけた変わった風景などを折に触れ送った。

 いま嫁にスマホを見られたら、なんでこんなに画像加工アプリが入ってるのか不審がられるだろうなぁ、などと少し考えたが、まぁ見られることはないだろう。

 それどころか東京の家に帰ったときもMIHOに送る被写体を探す始末で、大胆にも近所の公園に娘を連れていった際に、咲いていた花をいくつか撮影して送ったりもした。

 また、たまたま同じ日に有給を取ったときなどは、昼間からチャット状態で何通ものメッセージを送り合い、その日のやりとりの総数はなんと119通を数えた。


 俺はアプリによる疑似恋愛を心から楽しんでいた。


***


 MIHOからのメッセージに変化が現れたのは、そんな状態で二週間ほどが過ぎた頃だろうか。


-------------------

 タカさん、今度の週末は何してますか?

 いま公開されてるマーベルの新作、興味があるんですけど、一人で行く勇気がなくて。


 よかったら一緒に観にいきませんか?

-------------------


 こんな感じで、MIHOから「直接会いたい」という旨のメッセージが入るようになっていた。

 思えば顔写真をせがまれたときもそうだったが、MIHOは要求をストレートに伝えてくるタイプらしい。

 そもそもマッチングアプリで出会ったのだから、仲良くなって感情が盛り上がれば、次のステップは直接会ってデートするというのが普通の流れではあるだろう。

 しかし、俺は彼女に会うつもりは一切なかった。

 勝手な話だが、俺には初めから家庭を壊すようなことをする気はなかったし、アプリでの擬似恋愛と直接会うのでは重みが違う。そこは自分の中で一線を引いていた。

 それに会うことによって、これまでメッセージで築いてきた関係が変化することが嫌だったのだ。

 俺は疑似恋愛はアプリの中だけでいいと、割り切っていた。


 しかしMIHOは違ったようだ。

 のらりくらりと会うことを避ける俺に、次第に非難めいたメールを寄越すようになっていった。

 俺はMIHOとのメッセージのやり取りを楽しめなくなってきていた。俺からの返信の回数は、日を追うごとに確実に減っていき、LINEで言うところの既読無視をすることも多くなっていった。


 このメッセージが届いたのは、そんなときだ。


-------------------

 こんばんは。

 昨日はありがとう。

 やっと会えて、すごくすごく嬉しかった。

 最近、既読無視が多いから、

 嫌われてるのかと思って不安だったの。

 でも安心した。

 また食事に誘ってね。

-------------------


 え? え? どういうことだ?

 俺は混乱し、うろたえた。


 昨日? やっと会えた? また誘って? …また?


 なにしろさっぱり身に覚えが無いのだ。

 昨日の俺は、残業終わりに営業所の連中と飲みに行って、深夜タクシーで帰宅したはずだ。MIHOと会う暇などあるはずもない。

 まさか酔っぱらって…?

 いや、しかし俺はアプリ以外にMIHOの連絡先すら知らない。アプリに待ち合わせ場所を指定するようなやりとりが残っているわけでもないし、住んでいる場所を知らないのだからいきなり会いになど行けるはずがない。


 俺は念のため、昨日一緒だった部下に電話をかけ、裏を取った。やはり深夜まで部下連中と飲み、タクシーに乗せられて家路についたことは間違いなかった。

 そうすると…?


 俺はもう一度、そのメッセージを確認した。

 と、そこには画像ファイルが添付されている旨を表すアイコンが付いていた。


 俺はそいつを恐るおそるタップした。


 画像が立ち上がり、一枚の画像をスマホのディスプレイに映し出す。

 俺はそれを見て唖然とした。


 そこには、レストランで楽しそうに食事をする、俺とMIHOの姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る