後日談 第37話 人生をかけたコンテスト
次のコンテスト。優秀すれば、俺はパリへパティシエ修行に行くことになる。
それは、俺が灯花とずっと一緒にいるために見出した唯一の道だ。
無論、灯花の大学院が終わるまで遠距離恋愛をして、日本で待っているという選択肢もあった。だが、せっかく灯花がパリの大学を進路として志望しているのだ。パティシエを目指す端くれとして、この手を使わないわけがなかった。
次のコンテストは、優勝すればパリ行きが約束される卒業前最大の祭典。
俺よりも以前から、坂巻が気合を入れて取り組んでいることも知っていた。
何故、そこまでこのコンテストにこだわるのか……
坂巻もきっと、パリ行きを狙っているに違いない。
俺と坂巻はシェアハウス(俺の実家)で暮らしながら切磋琢磨していることもあってか、校内では評判の生徒だった。
坂巻は派手なデザインやポップなもの、そうしてSNSを駆使した実績作りなど。
要はバズらせが超上手い。
校内外問わず、坂巻のケーキインスタはフォロワー数も多く、ケーキ職人としての腕だけでなく、現代における物の売り方に一日の長があるインフルエンサーに注目が集まっている。
一方の俺は完全な技巧派で、飴細工や精緻な花をメインに据えた『見て楽しむケーキ』が得意だった。人がアイスを手渡されたときのあの喜び。ぱぁっと咲くような笑顔を、ケーキの向こうに想像して作る。目にした瞬間に胸の躍るような、そういうケーキを常に目指している。
だから、デザイン項目はいつも満点をいただいていた。
戦い方は違う。でも、パリ行きの枠はひとつだ。
俺は今回、『感謝』をテーマに、ホワイトデー用のケーキをコンテストに出す予定だ。ホワイトデーは日持ちする焼き菓子や飴がメインで贈られることが多いが、ケーキを贈られたら嬉しいし、一緒に食べることで話す機会が生まれる。
そこで、ケーキが、日々の感謝を言葉にするきっかけになればいいなというのが概ねの趣旨だ。
坂巻は、今回のコンテストに関しては俺を完全にライバルとして考えているのか、ウエディングケーキということ以外は教えてくれていない。
何をテーマに、どんなケーキを生みだすのか。
ウェディングケーキなのだから当然、愛がテーマになるんだろうとは想像がつくが、愛といえば赤。ウエディングといえば白。幸福を表すなら青など。
メインで扱う色の選択肢は無限に存在する。
鮮やかさが売りなインフルエンサーは、どんなケーキを生みだすのか。
いちファンとしては楽しみで、ライバルとしては恐ろしさがないまぜになってしまう。
そうして、コンテストが近づくにつれて坂巻との会話の回数は減っていき、当日に至る――
◇
「真壁。今日は負けないから」
「それはこっちの台詞だよ」
校内屈指の腕を持つと期待される俺達は、もはや一騎討ち状態でコンテストにのぞんだ。
限られた時間の中で、動ける人間はひとり。
生地もクリームも装飾も、全てをひとりで手掛けることで、個人の総合的な能力を判断するのがこのコンテストの特徴だった。
そうして俺は、白いダリアをモチーフにしたケーキを生みだした。
花言葉はもちろん『感謝』。
ホワイトデーは、バレンタインに想いを伝えてくれた人に対するお礼の意味合いが多いと思われたから、テーマはその需要に合わせて選んだ。
そうして、ケーキは大きなホールケーキではなく、一人用の小さなデザイン。
恋人同士でなくとも、ちょっとしたきっかけでオフィスで食べたり、色んな場面で楽しめるように小さめを選んだのだ。
ホールケーキでない分見た目の派手さには劣るが、ケーキは、最終的には売れてなんぼ。実用的な値段と大きさを考慮してこのケーキにした、とプレゼンテーションを行う。
会場は繊細なダリアの細工に息を飲む一方で、俺の合理的な考え方に感心したような審査員たち。
この勝負、いただいた――! と思いきや。
だが、最後に出てきた坂巻のウェディングケーキに、会場は圧巻の渦に包まれたのだった。
「な――!」
それは、真っ白な花弁散るウエディングケーキで。
食べ始めて熱が伝わるとホワイトチョコレートが溶けて、中から紅いハートが出てくる、見て美しい、食べて楽しいケーキだった。
――おどろき、楽しい。
ケーキを食べるときに生まれる感情に、『美味しい』以外の要素が追加された、なんとも坂巻らしいウェディングケーキに、坂巻は説明を加える。
「ウェディングって、ひとによっては一生に一度の思い出なわけじゃないですか。
――『幸せな門出を迎えるふたりに、最大限の祝福を込めて』。
「あたしの友人が結婚するときは、そんなケーキを贈りたい。そんな想いを込めて、作りました」
その視線は、審査員をまっすぐに見据えたあと、俺の方に向けられる。
そうして、にやっと、さも楽しそうに、自信満々に笑うのだ。
「坂巻……」
ケーキの土台の部分には、幸せな結婚を意味する白い芍薬が添えられていた。
ブライダルフェアで、坂巻がそのブーケを選んだことを思い出す。
一段目を開けるとハート、二段目からは愛らしい猫型のチョコレートが飛び出して。荻野を思わせる青いゼリーの入ったカクテルに、灯花を彷彿とさせる可憐な白い花のキャラメルが添えられて。
(なんだよ、これ……)
コレは、コンテスト用のケーキなんかじゃない。
坂巻が、俺との思い出を詰め込んで、俺への祝福のメッセージを込めて作り上げた作品だ。
(そういえば、ふたりで初めて行ったデートは、猫カフェだったっけ……)
俺は、込み上げる感情が抑えられなくて、その場で静かに涙を流した。
(ありがとう。坂巻……お前は本当に、最高の友達だよ……)
『――本当に、ありがとう。』
俺と坂巻は、視線だけでその想いを通わせ合った。
ああ、どうしよう……
……俺の、負けだ。
※あとがき※
ただいまカクヨムコン9に新作ラブコメで参加しています!
ぜひとも応援、☆評価などよろしくおねがいいたします!!
ラブコメ多めのお品書きになっておりますので、とりあえずフォローだけでも、何卒よろしくお願いします!
↓
①『中二病を拗らせていたら、吸血プレイ目的の女に囲まれて青春ラブコメが始まっていた件』(ラブコメ)
https://kakuyomu.jp/works/16817330660921491642
部活モノの破天荒型微ハーレムラブコメです。
拙作、『アイス屋』がお好きな方には好んでいただける内容になっているかと思うのですが……何卒、よろしくお願いします!
他にもいくつかコンテスト参加用に更新と新作を出しましたので、紹介させてください。
②『推しが推しを殺ス世界で。僕だけが唯一『推し』になれる』(ラブコメ×デスゲーム)
https://kakuyomu.jp/works/16817330653643634468
③『戦滅兵器コアラ02~ディストピアにもラブコメの花は咲く~』(ラブコメ×SF)
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④『ヤンデレ侍、好きにて候』(異世界ファンタジー)
既存作を改稿して完結させる予定です!
https://kakuyomu.jp/works/16817139557458791437
よろしくお願いします!!
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