後日談 第35話 懐かしい瞳
灯花へのプロポーズについて、場所は決まった。言葉も、一応……決めてある。
あとは指輪を用意するだけ……とは思いつつ、女子の喜びそうなデザインが浮かばない。
結局、灯花には内緒でサプライズをしようと考えた俺は、普段通り荻野大先輩や坂巻にその旨を相談するつもりでいた。
だが、ふたりは口をそろえて「真壁が考えないと意味がない」と言うのだ。
ふたりはなまじっか灯花と仲がいい分、俺に一切の妥協を許してくれなかった。
無論、俺とて一世一代のプロポーズに妥協なんてするつもりはない。
だが、少しで良いからヒントが欲しいのだ。
(シンプル? ゴージャス? ダイヤの指輪? ダイヤにしたって、大きいやつとか埋め込んであるのとか、色々あるじゃないか……)
わからん。ちっとも、まーったくわからん。
バイト先にて、薬指に指輪をはめたお客さんをついガン見してしまう。
すると、シフトの被っていた後輩――現役JKの
「真壁先輩、浮かない顔ですねぇ~? まさか、彼女さんと別れたとか?」
「それはナイ。断固としてナイ。あったら死ぬわ」
俺の一途っぷりに「あはは!」と軽口を叩ける程度の仲になった可愛い後輩だ。
だが、佐渡は、俺以外の店員とはあまり仲が良くないようで、店長も心配していたことを思い出す。
「そういやさぁ、佐渡って、東雲と喧嘩でもしてるの?」
「へ??」
「だって、東雲と組むときいつも不機嫌だって、店長が心配してたぞ。同時期に入った同僚同士、仲良くやれよ」
その言葉に、佐渡はピンクのツインテールを揺らして、バツが悪そうに頬を掻いた。
「私、東雲苦手なんですよねぇ~」
「なんで?」
ぽりぽりと頬をかきながら、佐渡は口をつんと尖らせて。
「だってあいつ……”自分のこと隠すから”」
「!」
……やっぱり、佐渡もなんとなくだが東雲が女なのではないかと疑っているのだろう。だが、確証はない。そういったところか。
「そんな奴とぉ、打ち解けられるわけないじゃないですかぁ~」
(うーん、言わんとせんことはわかるが……)
俺の見立てでは、東雲自身、自分が(おそらく)女であることを自覚していないのだ。だから、隠しているつもりはない。ただ、そこはかとなく怪しくて、わかる奴にはわかってしまうというだけなのだ。
そうして、佐渡もおそわくわかる側。
(俺から言ってもいいのかな? 多分女だろうって……)
東雲が周囲にトボケて隠しているなら気づかないであげるのも優しさだし、本当に気づいていないならどうするか……
(うーん、うーん……!)
今日、この場で佐渡と話題にするにはヘビィなような気がした。
俺は、「そんなことないと思うけどな」と笑顔で茶を濁し、その日の勤務を終えたのだった。
◇
せっかく、指輪のことを佐渡に相談しようかと思ったのに。不意に東雲の話題を振ってしまって墓穴を掘った。それ以降は俺がどこかギクシャクしてしまって会話が弾まず、それっきり。
(でも、もし東雲が女の子なら、指輪の件を相談してみるのもアリなのかな?)
……いや。それはないか。あいつ、脳みそは完全に男のソレだし。
とにもかくにも、気になりだしたら止まらない。
困ったときは荻野に相談だ。
こればっかりはもはや高校の時分より染みついてしまっているといっても過言ではない。だが、そんな俺を鬱陶しく思わずに、むしろ歓迎してくれる荻野には感謝しかないわけで。
「荻野さぁ、東雲のこと……どう思ってる?」
久方ぶりにシフトの被ったバイト先で問いかけると、荻野は棚に積もうとしていた段ボールの小箱を手に固まる。俺はそれをひょいと受け取って、棚におさめた。
荻野は「ありがと」と小声で呟いたあと、なぜかもじもじしながら視線をあげる。
「真壁こそ……佐渡のこと、どう思ってんのさ」
「は? 佐渡?」
なんで今、佐渡なんだ?
「別に、可愛い後輩だなぁとしか……」
「やっぱ可愛いとは思ってんのか……」
「は?」
「いやっ、なんでもない。で、東雲だっけ? あたしは人のことどうこう言えた義理じゃないからアレだけど。真壁的には、どっちだと思う?」
具体的な内容については触れていない。しかし核心に迫る問いだ。
やっぱり荻野も気づいてたんだな。でもって、気づかないフリをしていた。
東雲の事情に、合わせてあげていたんだ。
だったら……
「無理に白黒つける問題でもナイでしょ」
「そうだな」
それと荻野の見解は一致した。東雲の性別については、のらりくらりと躱すってことで……
問題は、佐渡と不仲である件だな。
バイトリーダーとしては、仲良くやって欲しいというのが本音だ。
佐渡と東雲は歳も近い、というか同じ高校一年生だし。
女の子同士なら尚更。
尚更……
そう思って、東雲にそれとなく「優しくしてあげて」と言ったのが運の尽きだったようで。
後日――
「先輩! 先輩! 真壁先輩!! どうしましょう~!?!?」
琥珀色の大きな瞳に半べその涙を浮かべた佐渡がしがみついてくる。
ほんのりと紅潮した頬に、甘ったるいその声音……
(まさか。優しくされて、東雲に惚れちゃったか……?)
これから俺は、百合のキューピッドになるのかな?
まぁ、それも悪くないだろう。
うんうん、良きかな。と内心で頷いていると、佐渡は――
「東雲のやつ、私のこと好きっぽいんですけどどうしましょう~!?」
(え? そっち……?)
無論、俺は東雲にその気なんてちっともないことを知っている。
「わ、わたしっ! ああいう中性的な奴に好かれたのって初めてで……! どうしたらいいかわからなくって! てゆーか、誰かに好かれるとか初めてで! んあああああ~! どうしたらいいんですかっ!?」
……口ではあれだけ東雲のことぴーちくぱーちく言ってたのに。
佐渡、一言いいか?
その顔、まんざらでもねぇ感じだろ。
きらきらと輝く瞳が、アイス屋で出会った頃の坂巻を彷彿とさせて、なんだか懐かしくなってしまった。
(坂巻か……そういえば、次のコンクールに出すケーキで勝負する約束になってたな……)
勝負に負けたら、「あたしの店でこき使ってやる」だなんて言われて……
(出会った頃は、そんなこと言われるようになるなんて夢にも思わなかったなぁ)
俺は、思わずふっと吹き出し、佐渡の頭を撫でる。
「どうもこうも、仲良くすりゃあいいじゃん」
俺と、坂巻みたいにさ。
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