後日談 第26話

 『ここでバイトをすればどんな陰キャもたちまちモテる』と噂のアイス屋。

 敏腕美人店長、美鈴さんの大海よりも広い御心のおかげでめでたく採用となった僕は、勤務初日、さっそく指導役である荻野先輩にイビられていた。


「はぁ~~? つかさぁ、ソレ、さっきも言ったじゃん。教えたじゃん!!」


「はい。すみません……」


 荻野先輩が腰に手を当てて、呆れたように罵声を浴びせてくる。

 周囲に人がいないのをいいことにカウンターに頬杖をついて、蔑むような蒼い瞳で――


「だからぁ! アイス屋でバイト始めたくらいでただの陰キャがモテると思ったら大間違いだっつーの!!」


 荻野先輩が「うぁあ!」と頭を抱えて仰け反ると、スタイルの良い肢体が大きくうねって、銀髪が揺れる。

 店長だけじゃなく、先輩まで美人なバイト先――まさに夢のような職場。だが、決して、務めるだけで陰キャの僕がモテるほど、世間は甘くない。


「どもりすぎ! 猫背すぎ! 縮こまりすぎだっつーの! もっと自分に自信もて!! なんでそんな、『生きてるだけでごめんなさい』みたいな顔してんだよ!?」


「だって……僕は隠れイケメンでもないフツーのブサメンで、そのせいで幼馴染にもフラれて、心機一転バイトを始めてもモテなくて……」


「まだ初日でしょぉ!? なに言ってんだぁ、このグズはぁ!!」


「はい。グズです。アイスも碌に掬えない、救えないグズです僕はぁぁ……! ああ、美鈴さんごめんなさい! 立派なクルーになれなくてごめんなさい、役立たずでごめんなさい……! アイス四つも落としてごめんなさいぃ……! 僕は無価値で甲斐性なしな、父に似たどうしようもないダメ人間ですぅぅ……!!」


「だー! もー! ウザい! 聞いててウザいっ!! 簡単に自分を無価値だとかいうな!! あんたの価値はあんたが決めろ! 自信が無いなら、少なくとも自信をもってアイスを掬えるくらいにはあたしが指導してやっからさぁ~! だからそんな、アイス四回落としたくらいでめそめそすんなよぉ~!!」


 そう言って、荻野先輩は床に零れた(僕が落とした)抹茶アイスを一緒になって拭いてくれる。

 なにこの人。見た目こわいし口悪いけど、めっちゃ優しいじゃんか……


 そう。荻野先輩は決して僕をイビっているのではない。

 いじって――激励してくれているのだ。

 初対面なのにこの面倒見の良さはなんなんだ? なんだか怖い耳のゴテゴテピアスは飾り物? 邂逅一番「うわ、バンギャこわい」とか思ってごめんなさい……!


「んで~? ウチでバイトしたらクソモテるって? だから応募したって? ンだそれ。志望動機よこしますぎかよ……まぁ、六美さん目当てでバイト始めたあたしが言えた義理じゃねーか」


「六美さん……?」


「ん? ああ……OG(?)の先輩。あたしの大好きな人」


 荻野先輩はアイスを拭き終えると、第二ボタンまで開けた制服からちらりと胸元ナイチチを覗かせながら、立ち上がる。

 そして、言い放った。


「言っとくけど。くそモテんのはただの陰キャじゃなくて、真面目で誠実で、案外一途な陰キャだけだから」


「やたら具体的ですね? まるで、特定の誰かを思い描いているような……」


「うっせ」


「あ。赤くなった。なんです? 恋ですか? 職場内恋愛だったんですか?」


「うっせぇ。…………現在進行形だっつーの」


「えっ?」


「な、なんでもないっっ!」


「いや〜、にしても。荻野先輩みたいなクールな人も赤くなったりするんだぁ。僕には縁遠い世界。新鮮……」


「う~~っっせ!! ほっとけぇ! とにかく、要は人間性――性格の問題ってことだよ。東雲しののめ、あんたはまず、その卑屈でネガの塊みたいな性格をどうにかしなよ。顔ならどうにでもなる。何のためのバイトだよ、あたしらみたいにくそほどシフトに入れば、金ならいくらでも手に入るでしょーが」


? 金……? 整形ってことですか? 僕の顔が底辺なのは、否定してくれないんですね……?」


「底辺とは言ってない! イマイチぱっとしないだけ! 金も――整形じゃない! 化粧とかコーデとか雰囲気イケメンとか……なんかこう、色々あるじゃん!?」


「化粧? コーデ? 元から顔面偏差値のくそ高い荻野先輩に言われてもなぁ……」


「~~っ!! ン生意気~~! いいからあんたは、まずあたしの言うことを聞け! 仕事覚えて、一個一個のことができるようになって、その報酬としてお金をもらう……そうやって自分に自信をつけていけば、その陰気な顔も少しは明るくなるってもんでしょーが!!」


「ぐ……ド正論……!」


「あたしだって、昔は自分のことが大っ嫌いだった。でも、自信なんていつどういうきっかけでつくのか誰にもわからないし。それこそ東雲、あんたにしかわからないだろうよ。あたしはただ、先輩として。できることをしてやるだけだっつーの。今日の場合は、アイスの盛りつけ方!」


「先輩……!」


 やべぇ。涙が出るくらいのいい人だ。どうしよう、惚れそう。僕には美鈴さんという心に決めた人が……とか言ったら殺されそうだな、荻野先輩に。


「んで。仕事ができるようになったらダべる余裕も生まれる。そしたら『モテ』について語ることもできる。勤務中に喋るのはどーかと思うって考えもあるけど、お客さんが近くにいなけりゃまぁいいでしょう。あたしがコーデしてあげるよ。どっかの誰かさんみたいに、眼鏡取っただけでセーラー服の美少女が『はわわ!』ってなるくらいうまくいくとは思わないけど、東雲だって光る『ナニカ』は持ってんだ。きっとうまくいく」


「それって……僕はダイヤモンドの原石ってことですか?」


「そりゃ言い過ぎだ。東雲は、うーん……せいぜいオニキスってとこかな」


「オニキス……」


 あの、真っ黒で地味なやつ?


 荻野先輩……優しいし頼りになるんだけど、お世辞とかは下手くそなんだなぁ……

 まぁ、正直者って意味じゃあ、下手に嘘を塗り重ねる人よりは好きかも。


 表情から「ソレ褒めてなくない?」という感想がだだ漏れていたのか。荻野先輩は慌てて訂正した。


「あっ。ほら、オニキスってさぁ! 一応宝石だから!?」


「汚泥のように真っ黒な瑪瑙石――そこはかとなくジュエリーっぽくはないですけどね……」


「ほら! そういうとこ! ネガ禁止!!」


「しまっ……!」


 はっとして口をおさえると、荻野先輩は楽しそうに笑った。

 それが爽やかでちょっと甘くて。まるでシャーベットみたいな人だなぁと思った。

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