後日談 第25話 このアイス屋でバイトすればどんな陰キャもクソモテるって本当ですか?

 カチコチ、と時計の針が鳴る夕暮れどき。

 簡素な長椅子の置かれたアイス屋のバックヤードに、僕はいた。


「週七勤務可、時刻は放課後、または土日の全日。経験はまぁ、高校生で初めてのバイトだからゼロだとして……部活動も所属無し。趣味は読書とゲーム(無課金)。今はとにかくお金が欲しい、と――ん? どこかで見たような履歴書だなぁ……?」


 ペンを片手に、むむ、と眉間に皺を寄せる美人店長――先程の自己紹介では中谷なかたに美鈴みすずさんと言っていたか――は、控えめに染めた茶色の髪を耳にかけ直しながら、顔をあげる。


「じゃあ、東雲しののめくん。一応だけど、志望動機を聞かせてもらおうかな?」


 年上の美人ににこり、と問いかけられ、僕は顔を赤くしながらどもった。


「あっ、と、その……――――た、からです」


「ん~? 声が小さい、聞こえなぁ~い! ウチは一応接客業なんだから、声の大きさは大事だよねぇ?」


 ……はい。まったくもってその通りです。

 にこにこ、と正論パンチが飛んでくる。


 僕は緊張に早鐘を打つ心臓に鞭をふるって、自分にイメージできるかぎりの元気な声を出した。息を大きく吸い込みすぎて、むせそうになるのを堪えながら。


「――ぼ、僕がこのアルバイトを志望する理由は、『このアイス屋でバイトをすればどんな陰キャもモテるようになる』と、風の噂で聞いたからです!!」


「ん?? つまり?」


「モテたいんです!!」


 バカ正直に答えると、店長は面食らったように固まってしまった。

 ああ、わかります。「他になんか言い方なかったのか?」って言いたいんですよね? でもダメなんです。僕、美人相手に嘘はつけません。


「陰キャな自分を変えたい……ってコト?」


「ああ、そう……! ソレです! そう言いたかったんです!」


 さすが大人! 上手な言い換え方をご存じでいらっしゃる!


「そのためには……この店じゃなきゃダメなんです!」


 つい熱くなって前のめりになると、店長は一瞬のぽかーん……の後に破顔して、「あっははは!」と笑った。腹を抑えて、それはもう楽しそうに、見惚れるくらいの爽やかさで――


「キミ面白いねぇ! 正直な子はキライじゃないよ。『この店じゃなきゃダメ』――ソレは採用する側にとって、最上の殺し文句。会社と社員、店長とアルバイト……とはいえ、人ひとりと契約を結ぶんだ。どんなときでもお互いを必要とし、されるものでありたいよね。恋人みたいに」


「こ、恋っ……!?」


「ああ、ごめん。飛躍しちゃった。こっちの話。いや、つい最近なんだけど、家庭の事情で退職してしまった仲のいいバイトさんがいてね。『家庭かぁ……』って、ちょっと思うところがあったというか……私もいい歳だしねぇ」


「いい歳……? 全然、そんな風には見えませんけど……?」


 ぶっちゃけ、二十代後半。でも、口ぶりから察するに目の前の美人店長は三十代も半ばという年の頃らしい。見えない。全然見えないよ……店長が三十超えだったら、僕は何を信じればいいの?

 まごうことなき本音だったのに、店長には冗談か世辞の類に聞こえたらしく。


「お世辞がじょーず。その演技力なら、案外接客には向いているのかも? どっかの誰かと違って、眼鏡はかけてない正真正銘の陰キャだけどねぇ!」


 にひ、と笑って美鈴さんは立ち上がった。腰をあげると長いポニテが爽やかに揺れて、ついでにおっぱいも揺れる。つい見てしまう。仕方がないよ、アレはそういう巨にゅ――おっぱいだ。


 同時に、志望動機のふたつめを勝手に思い出す。

 ずっと思っていたんだよ。「どうせバイトするなら、店長とか同僚、先輩が美人のとこがいいな」って。


 幼馴染に告白をして玉砕――「きも。」の一言でフラれた僕は、風の噂で『クソモテるアイス屋のバイト』を聞いて、飛びつくようにこの店に応募をしたわけだけど。それだけじゃあないって、今思い出した。思い出したよ!!


「バイトをするなら美人店長にこき使われたいと思っていたんですっ!!」


「へっ――? いやいや、お世辞……冗談も大概に――」


「お世辞なんかじゃありません! 中谷店長は美人ですっ!」


「こ、こら! キミ、そういうのはよくないぞぉ! おばさんをからかうのはやめなさい……!」


「からかってなんていません! 僕は本気です!」


「あぅぅ……もぉ~! ほら、採用! 採用でいいからさぁ! 腰をおろしなさい、まずは落ち着きなさいって――」


 店長は照れを隠すように赤くなった頬を手で仰ぎ、座るように促す。

 僕は素直に腰をおろして、白紙のシフト表を渡された。

 『五月 勤務日程表』――

 左の欄には『荻野・真壁・佐渡さわたり……』など、既に勤務している先輩のものと思しき名が連なっており、数少ない人員ので埋められた空欄を埋めるようにして、店長のシフトが鬼のように入れられていた。


「あの……失礼ですが、店長はいつお休みを……?」


「お休みできるように、早く立派な人員クルーになるのがキミの仕事さ!」


 そのとき、歴史は動いた――

 否。僕の心が動いた。


(店長にお休みをあげられるような、立派な人間に、僕はなる……!)


「とりあえず、明日の放課後から出勤できる? 制服は……真壁くんの予備を使えばいいかな。サイズ的に」


「はい!」


「明日は私シフトに入ってないけど、荻野って子がなにかと面倒みてくれるはずだから。この道数年の大ベテラン。気分屋で多少口は悪いけど、『荻野』って呼ぶと機嫌よくなるから、ヘマして機嫌損ねたらソレで対処して」


「わかりました!」


 ……ん? 気分屋で口が悪い……?


 いきなり不安なんだけど。

 大ベテランっていうと……の? その人が『クソモテ伝説』を作った人なの?


「やばっ。そんな不安な顔しないで! 大丈夫だとは思うけど、何かあったらLINEして。すぐに既読にならなくて『やばい。どうしよう~!』ってなったら、緊急連絡先は、この『真壁くん』ね」


「えっ? あ、はい……?」


(バイトリーダー的な人かな?)


「うわ、まだ不安そうだよ……! どうしよ。えっと~う~んと……そうだ! りょーこちゃ――荻野先輩に師事すれば、きっとキミもクソモテさ!!!!」


 にこっ!☆と笑顔に誤魔化されつつも、僕は白紙の予定表を受け取った。





※完全に趣味で始めた第三部のプロトタイプです。

第三部、と名乗れるくらい続くかは不明ですが、番外編亜種としてゆるりとお楽しみいただけると嬉しいです。

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