後日談 19話 酒くせぇヒロイン
『あたし、夢を夢で終わらせないから』
宣言すると、坂巻はそれから部屋に籠りがちな生活を送るようになった。
とはいえ食事や掃除の当番、学校もあるので、意識していれば顔を合わせることは可能だ。なにせ一つ屋根の下、顔を合わせない方が無理がある。
「なぁ、坂巻。昨日の課題さ――」
話しかけると、坂巻は「終わった」と呟いてそそくさと部屋に向かってしまう。
今まで、課題があればふたりで相談したり見せ合ったり、試作してみたりなんてことをしていたせいか、あまりに順調すぎるその返事がなんだか寂しい。
顔色は決して悪くないし、根を詰めすぎているという感じもしない。
荻野とは「気分転換」と称して深夜にプチ酒盛りをするくらいには元気なようだし、心配しすぎることもないと思うんだが……
シェアハウスで暮らし始めて一年以上経ち、俺たちは誕生日の早い者は酒が飲めるようになった。だから、この家で未成年なのは冬生まれな俺だけで、アルコールの輪に入れないのがちょっと寂しかったり……
(なんだろう。この変なもやもや……)
俺はある日、夜2時に過ぎに帰宅した荻野を捕まえて相談してみることにした。
「ただいまぁ~」と小声で靴を脱ぐスーツ姿の荻野に、声をかける。
「おかえり。今日は朝帰りじゃないんだな」
荻野は俺に気が付くと、スーツに映える銀髪をさらりとこぼして、気だるそうに笑った。
「んぁ~。いくら兄貴の店で働き始めたとはいえ、なんたってまだバイトだしねぇ。そこまでの無茶はしないよ。『兄貴の妹』なあたしに、店のみ~んな甘いんだ」
そう言って、荻野はぐで~っと俺に寄りかかって全身で抱き着いた。
ぎゅうぅぅ……っと甘えるように。
きっと、店では
「荻野、酒くさい」
肩に寄りかかる頭をぽんぽん、と撫でると、荻野はへにゃあと笑う。
「真壁、あったか~い……♪」
「おいこら、寝るな。ここで寝るな」
「にしても、真壁がお出迎えしてくれるなんて珍しい。なんかあったの?」
「う……」
……鋭いな。こういう、何を言ったわけでもないのに気がついてくれるとこ、やっぱ荻野だなぁって思う。
「相談したいことがあったんだけど……」
すると、荻野はぱぁっと目を輝かせて「真壁から相談!? めずらし!懐かし! 聞く!!」と笑顔で頷いてくれた。
……うん。持つべきものは親友だなぁ。ほんと。
「とりあえずシャワー浴びてくる! あったかい飲み物用意しといて!」
ぱたぱたと脱衣所にかけていく荻野に言われるまま、俺は二人分のホットココアを用意してリビングで待っていた。
そうして、湯気のたつココアを手に風呂上がりの荻野とソファに腰かけて、開口一番問いかけた。
「なぁ。最近坂巻のやつ……なんかおかしくね?」
「え゛っえ゛っ……!?」
瞬間。蒼い瞳がこれでもかってくらいに見開いて――
(えっ……?)
なんか……荻野もおかしくね?
なに、その反応。
「荻野、なんか知ってんの?」
「し、知らないヨっ! 綾乃チャンも、別にいつもどおりじゃね~??」
酒のせいで取り繕う余裕がないのか、あからさまにドモり散らかしている。
怪しい。絶対あやしい。
「知ってるだろ! なんなの!? 最近ふたりして俺によそよそしくね!? 灯花とのことで遠慮してるのかなとか思ったけど、それも今更だしさぁ。やっぱ何か隠してんだろ!!」
「そんなことにゃいよ~! にゃいきんぐ~!」
「うわ、酒くっせぇ!」
「しょ~がないでしょ!? 仕事だもん!!」
ココアをテーブルに避難させ、深夜のリビングでふたりしてわちゃつくこの感じ……なんか懐かしい。
荻野は、アイス屋で日々恋バナに花を咲かせていた高校の時分を思い出していた。
(ああ。あたしやっぱり、真壁が好きだなぁ……)
兄貴の仕事先でバイトを始めたせいか、夜型の真壁とはこういう風に過ごす時間が増えた気がする。それが不覚にも嬉しくて、ほんと、あまりに不覚すぎて……思わず揺らぎそうになる。
(でも。あたしは、真壁とは『
だから……
口が裂けても言えないよ。
(言えない。言えるわけないじゃん……!)
綾乃ちゃんが次に出すコンクールの作品が、『ウエディングケーキ』で。
そのモチーフが、真壁と灯花ちゃんのふたりだなんてさぁ……
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