後日談 18話 一生隣で生クリーム
「ねぇ真壁。卒業したらさ、あたしと一緒にお店開かない?」
唐突な誘いに、俺は手からタブレット用のペンを落とした。
冬の校内クリスマスコンペに向けてケーキをデザイン……するはずが、結局思い浮かばずに、先日ナイトプールで撮った皆の水着写真をアルバムにまとめるなどして現実逃避していたというのに。寝耳に水もいいところだ。
あまりに突飛な提案に、思わずびくりと足が揺れる。それがこたつの向かいに座る坂巻の脚に触れて、坂巻も同時にびくっと肩を跳ねさせた。
「ちょっと真壁っ……ひやっこい!」
「あ。ごめん」
「こたつに入ってんのに、なんでそんなに足冷たいのぉ!?」
「そんなん、俺が聞きたいよ。末端冷え性ってやつ?」
「ちょんちょんしないでっ!? 冷たいっ、冷たいってば! あはは!」
(……脚つつかれて笑い転げる坂巻、可愛いな……)
「で。なんで急に卒業後のことなんて」
むしろ坂巻は、いままでできるだけ卒業したくないっていうか、ずるずると大学生活(シェアハウス)を続けたい的な雰囲気だったのに。どういう風の吹き回しだろう。
不思議に思いながら脚を突いていると、ひぃひぃと腹を抑えながら這い出した坂巻は、こたつの上のノートPCを指差した。
「お父さんからメールきた。卒業後の進路どうするのかって」
「!」
「今まではさぁ、ぶっちゃけあたし達は親の都合に振り回されてたわけじゃん? だから好きな大学行かせてもらえたりとか、何かとわがままを許されてたわけよ。でも、卒業して社会人になったらさすがにそうはいかないし。企業に就職するのか、どこかのケーキ屋で修行するのか的なこと聞かれて。知り合いにグルメ雑誌の編集してる人がいて、色んなケーキ屋の人と仲良しだから、紹介してもらえるかも的な?」
「なにそれ。めっちゃいいじゃん」
「だよねぇ」
と言うわりには、坂巻の顔色は浮かばない。
「真壁はアイス屋の正社員だっけ?」
「ん~。美鈴さんに推薦してもらえるらしいから、俺さえよければいつでもウェルカムだとは言われているけど。マストってわけじゃない。なんだかんだでスイーツ作りは楽しいし、学校で手に職つけてどこかで修行して……ってのも、ナイわけじゃないな」
「ふ~ん。じゃあ、もしあたしがどこかのテナント借りてお店開くって言ったら、来てくれるんだ?」
伺うように首を傾げる坂巻だが。いくらコンテストで何度か入賞の経験があるとはいえ、まだ学生の身分で随分と夢見がちなことを……
「どうなの?」
だが、その眼差しだけはどこまでもまっすぐで、夢に燃えていて。
ついその熱にあてられてしまう。
「坂巻が店開くっていうなら、喜んでついていくけど……」
「!」
一瞬、ぱぁっ!と目を輝かせた坂巻は、こたつの上に身を乗り出して食い気味に問う。
「うそっ!? うそじゃないよね? ほんと!?」
「うそついてどーすんの。俺だって作り手の端くれだ、いつか自分で店開きたい夢くらいはあるよ」
「……っだ、だよね! そーだよねっ!? 約束だからねっ!?」
俺の手を掴んでぶんぶん、と振り回す坂巻はまるで子どものように無邪気で、嬉しそうで……
こっちまで嬉しくなってしまう。
だが、坂巻はその手を離すと、にや、と含みのある顔で笑う。
「見ててよ。次のコンテスト、絶対金賞とるから。もしくは奨励賞」
「!!」
それは、有名パティシエさんのお店で一か月の修行が許される権利が得られる条件だった。専門学校に通う生徒は皆、その賞を狙っている。
何故なら、その一か月の間に店のオーナーや店長、仕切っているパティシエさんに実力を認められて気に入られれば、卒業後の就職先や新店舗への配属などを斡旋してもらえるという、いわゆる出世コースだからだ。
「あたし、賞とって修行して、有名店で気に入られて……バズって店開くから」
「お。おお……」
「夢見がちな妄言じゃないから。絶対、やるから。そしたら真壁は……一生、あたしの
あまりに嬉しそうなその顔に、思わず吹き出す。
そうして俺は、「いや、他の仕事もやらせてよ」と、苦笑しながら
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