デッドエンド編 おまけ

 バイト先でゆっきぃが倒れたときは、一瞬、時間が止まってしまったのかと思った。

 頭の中が真っ白になって、きーん、と耳鳴りがして。「ああ、人生お終いだ」ってこういうことを言うのかな、という思いが脳をよぎった。


 でも、目を覚ましたゆっきぃは案外すっきりとした顔をしていて。ウチに連れてきて一緒にご飯を食べると、「少し悪い夢を見ただけ」と安堵したような笑みを浮かべていた。

 私としては、すぐにでも大きな病院へ行ってMRIとか精密検査とかして欲しいくらいだったのだけど、他でもないゆっきぃが「大丈夫」と言うので、私からはそれ以上何も言えない。

 私はあくまで親戚のおねえちゃんで、お母さんではないから……


「ゆっきぃ、本当に大丈夫?」


 玄関先で靴を履くゆっきぃに声をかける。

 するとゆっきぃは幼い頃のように、にへら、と可愛く笑ってお礼を言った。


「もう、心配しすぎだよ。本当に大丈夫だって。でも……ありがとう、むつ姉」


「……!」


「俺さ……倒れているとき、悪い夢を見たんだ。俺が、その……悪いことをする夢」


「ゆめ……?」


「でも、その中でむつ姉が俺のことをちゃんと。多分あれは、あのむつ姉は……俺の心の奥にあった罪悪感っていうか、なけなしの良心っていうか、そんな存在だと思ってて。思えばいつも、俺に何かを教えてくれるのはむつ姉だったなぁって。だから、その……ありがとう」


 ふわ、と微笑むゆっきぃは一変してどこか大人びていて、私は思わずゆっきぃの制服の袖を握った。ゆっきぃは一瞬不思議そうな顔をしたけれど、その手をちょん、と握って「それじゃあ、また明後日。バイト先で」とウチを後にした。


 ひとり残された玄関で、すっかり私を追い越したその背を見送る。


 思わず袖を掴んだ右手は宙ぶらりんなままで。多分だけど、私はあのとき、ゆっきぃがどこか遠くへ行ってしまうような気がしたのかもしれない。


(ゆっきぃ、大人になったなぁ……)


 ずっと一緒にいたと思っていたけれど、知らない間に、ずいぶんと大きくなっちゃったみたい。ゆっきぃが大人になるのは、すごく嬉しくて……ちょっと寂しい。

 最近は、「真壁、女子にガチモテなんですよ!」ってりょーちゃんも言ってたし……


(どうしよう。このままだと、ゆっきぃが取られちゃう……)


 ふと思って、私はハッと首を横に振った。


(いやいや、って何……!? そもそもゆっきぃは私のものじゃないし! ゆっきぃはゆっきぃのものだしっ……!)


 でも……


「やっぱり寂しいなぁ……」


 ぽつりと呟いて、私は部屋のベッドに寝転がった。


 私は――ゆっきぃが好きだ。


 でも、私はだから、この想いを口にしたことはない。

 むしろ、口にしたら終わりだと思っている。


 この、心地いい仲の良さも。幼馴染のおねえちゃんという、なにものにも代えがたい幸福なポジションも。


 でも――もし、ゆっきぃに彼女ができたら。


(どうしよう……)


 ぎゅー……っと、枕を抱き締めて思い耽る。

 ゆっきぃに彼女ができて、街中でデートしている姿を見かけたら?

 ゆっきぃの家から、仲良さそうに女の子が出てきたら?

 私はどうすればいいんだろう。どういう反応をするのが正解なんだろう……?


 正直、ゆっきぃには申し訳ないけれど、彼女なんて一生できなければいいのになんて思ってる。そうしたら私は、三十歳過ぎて彼女のひとりもできないゆっきぃに、「しょうがないなぁ、私がお嫁さんになってあげるよ!」ってそれっぽく言えるのに……

 それが私の、なのに……


 でも……


 ふと、脳裏にゆっきぃの笑顔が浮かんだ。

 私は記憶の底からそのあたたさかを感じとるように、そっと瞼を閉じる。


(……うん。ゆっきぃには、ずっと笑っていて欲しい。ずっと、幸せでいて欲しいな……)


 ……だから。


 多分私は、ゆっきぃに彼女ができたら、笑顔でそれを祝福するべきなんだと思う。

 きっとそれが……正解。


 ゆっきぃが、世間一般の他の親戚同士よりも私に懐いてくれていて、私のことを慕ってくれている自覚はある。けど、もしそのときが来たら、私はゆっきぃの最大の幸福を願うべきだし、ゆっきぃが彼女といて幸せそうに笑っていたら、私は大人しく、。身を引いた方がいい。


 少しくらいなら、ゆっきぃに「好きだよ」って伝えるくらいはしてもいいかもしれないけれど、それでゆっきぃが困る顔も見たくない。だから私は、もし「好きだ」と告げてゆっきぃが私を選ばなかったら、彼を安心させるためにも早めに新しい恋を探そう。「大丈夫だよ。私も幸せだよ」って胸を張って言えるように。そうして、少しでもゆっきぃを心配させないように。

 うん……そうしよう。


 でも今は、少しだけ……


 私は、バイトのシフト表を見直し、ゆっきぃと被っている――花丸のついた明後日の日付を眺めた。


(もう少しだけ、一緒の時間を楽しみにしてもいいよね……?)


『……ゆっきぃ。』




※おかげさまで、夢の★1500を達成することができました!★レビューしてくださった方、いつも応援してくださる方々、本当にありがとうございます!

皆さまの応援を励みにこれからも新作やら過去公募作品のリメイク、アイス屋をぼちぼち更新していこうと思っていますので、引き続きお楽しみくださると嬉しいです!

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