バッドドリーム・デッドエンド③
「……期間限定彼女……なる」
と。坂巻が、期待に満ちた眼差しで俺の手を握る。
一方で俺は、吹き出した冷や汗が止まらない。
「ちょ……待って! ごめん、今のは口が滑っただけで、マジってわけじゃあ――」
「でも。滑ったってことは、ちょっと思ったってことでしょう!?」
「う……」
鋭いご指摘で。
「だったら、あたしのことキライなわけじゃないんだよねぇ!? いまだにしつこく真壁のとこ来るあたしのこと、ウザイとか思ってるわけじゃないってことでしょ!?」
「は――? なんで俺が、そんなこと思うんだよ……ウザイわけないだろ……」
坂巻の好意は、素直に嬉しいよ。
だからこうして、世迷い言が口をついて出てしまって困っているわけで……
「え? な、何言ってんの坂巻……期間限定彼女だなんて……いや。俺が言い出したのか。ははは……ごめん、バカで。だからもう手ぇ放して――」
「ヤダ」
「へ――?」
オレンジ色の照明で照らされたベージュの髪がふわりと揺れる。
長い睫毛にかかったそれを指先で払って、坂巻は俺をまっすぐに見つめた。
「
「ゔっっ」
「別にいーよ。期間限定でも、なんでも。あたしはちょっとでも真壁にあたしのこと見て欲しい。一緒にいたい。一番になりたいとか贅沢な望みはもう捨てたの。真壁には他に一番がいる……でも、それでも一緒にいてくれるなら、いて欲しいよ。あの日、猫カフェでデートしたみたいに、またおんなじものを見て笑いたい……それだけあのデートは、幸せで忘れられない時間だったの」
(……!)
「ねぇ、真壁。ちょっとでいいの。もう少しだけでいいから……真壁の特別に近づいたら、ダメかな?」
「とくべつ……?」
尋ねると、坂巻は跳ねた毛先を弄って、もじもじと頬を染める。
「うん……特別。クラスメイトでも常連でもない。友達以上の……特別」
ちら、と伺う瞳はどこか、先日の荻野を彷彿とさせる。
その視線はカフェから見える路地の先に向いていて、HOTELの文字が表通りの人目を避けるようにちらついていた。
「えっ……坂巻……? えっ……」
「いいよ。あたし、真壁とならいい。……違う。真壁とがいい」
……ダメだ。まっすぐな瞳を、これ以上裏切ることはできない……!
俺はカフェの机に伏す勢いで、頭を下げる。
「ご、ごめん坂巻っ! 俺、実は……すでにそういう関係のコがいて……」
「……は??」
「に、肉体関係っていうんですかね……? いや、つい先日流れでそうなってしまったというか、あれは不可抗力というか……すみません。俺が口車に乗ってしまって……はい。意志よわよわなだけです。欲に逆らえなかっただけです……罵倒してください。思いきり殴っていいよ。むしろ殴って」
ネジが飛んでる荻野の代わりに。俺に頭のネジを埋め直してくれ。頼むから。
あ~っ。職場の同僚と流れで致すとか、冷静に考えたら終わってるよなぁ……
やっぱ俺、あのときどうかしてたんだと思う。
荻野は好きだよ? 坂巻も好きだ。もちろん、加賀美さんも好き。
人間って、こんなに誰かのこといっぺんに好きになるもんなの? それとも、誰か一人を選ばないといけないこの世界がおかしいの?
いや待て、冷静になれ。黒歴史増やしてどうする。
おかしいのは俺だよ。間違いない。あと荻野もな。
荻野、荻野……
荻野、あのとき嬉しそうだったなぁ。家でシたとき、幸せそうに笑ってた。
陰キャで家族に愛されない俺でも、誰かにこんな顔させられるんだなぁって、密かに感動したっけ……
「真壁?」
「……うう、やっぱダメだよなぁ……俺、まだ加賀美さんのこと好きだもん」
でも、嬉しかったんだよ。
荻野が喜んでくれたから。それで嬉しくなっちゃって……
今日なんて、学校でもずっと荻野のこと考えてて……
「真壁?? ……真壁?」
ぐい、と両肩を掴まれて、俺は顔をあげた。
坂巻が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「なんで泣きそうなの? 真壁……そんなにあたしのことキライ?」
きょとん、と首を傾げる坂巻が優しくて。
俺はさらに泣きそうになって。
「キライなわけないだろ……だったらなんだよ、この感情は。もうぐちゃぐちゃだよ。俺は荻野も加賀美さんも、坂巻も好きだよ……! 悪いかよ!? 俺にできることならなんだってしてあげたいよ! 喜んでくれるなら嬉しいよ! そう思うのは悪いことなのか!? 俺は! 坂巻も好きだよ!! 自分のこと好きになってくれた子をキライになるわけないだろうっ!?」
「まかべ……」
「だから頼むよ……坂巻は自信もってくれよ。十分可愛いよ……って。何言って……はぁ。ごめん、ちょっと頭冷やすわ……」
トイレに行こうと席を立つと、坂巻は手を掴んで俺を引き止めた。
「悩み……あるなら聞く。っていうか、悩ませてんのあたしだよね? ごめん」
「いや……坂巻は何も悪くないし……」
それから俺たちは、閉店間際までぽつりぽつりと会話をして。
俺が一度に複数の人のことを好きになってしまっているのを聞いてもらって、なんだか胸がスッとして……
坂巻は、最後に笑った。
「話してくれてありがと。なんか……それだけで、真壁の特別になれた気がして嬉しい」
「へ……? いや、俺の方こそ、こんな我儘な悩み……悩みなのか? なんかごめん」
「謝んないでよ。じゃあ、今度はあたしの我儘に付き合ってくれる?」
そう言って、坂巻は俺の手を引いて、家路を急ぐ人波とは反対方向に歩き出す。
そうして――さっき見たHOTELの前に辿り着いた。
……意味がわからない。
「一度に複数の人を好きになる……関係を持つ。傍から見ればクズかもね。でも、荻野ちゃん?だっけ? その子も『二番目でいい』とか言ってたんでしょ? 『お互いが納得してるなら』って。だったらあたしも、納得した上で真壁とこういうことしたいと思ったから、いいじゃん」
坂巻は、見たことのないような弱気な表情で。握る手も震えていたけれど。
すぅ、と息を吸い込んで、言い切った。
「あたし……真壁が欲しい。一緒に、クズになろうよ」
「……!」
※【宣伝】
最近書いている新作ラブコメが思いのほか読まれず切ないので、ここで宣伝させてください泣汗。ジャンルはラブコメなので、一応畑違いではないはずです(宣伝とか要らない!って方はすみません、スルーしてください汗)
◆闇堕ち魔法少女×マスコット(男子高校生)の、悪の組織系ラブコメファンタジー。
『マスコットだって魔法少女とイチャイチャしたい!(闇堕ちときどきYoutuber)』↓
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