バッドドリーム・デッドエンド②
ああ。悪い夢なら覚めてくれ。
荻野によってファーストキスを奪われたあと、好意の熱に浮かされるように流されて童貞を失った俺は、翌日、件の同僚と当たり前のように職場で出くわすハメになる。
まぁ、当たり前といえば当たり前なんだけど。いつ誰がキスしようとしまいと、決まったシフトは変わらないわけだからな。すげぇ気まずい。
「ん。おはよう♡」
目が合うと、荻野は謎に含みのある笑みを浮かべるし。俺は「おはよう……」と視線を逸らすことしかできないし。
だって、顔を見ると昨夜の光景がフラッシュバックして恥ずかしいやらエロいやら……目が合わせられないんだよ。
よく一緒に仕事していたとはいえ、荻野のあんな顔初めて見たからさぁ……なんていうか、その……友達のメスな部分を見てしまったというか、してしまったというか……ああもう! 考えるのやめよう!
「今日はいつにも増して陰キャっぽいね? 全然目が合わない」
「うっ。だれのせいだと……」
「あ、お客さん。いらっしゃいませ~!」
(…………)
荻野は、あんまり気にしてないみたい。いくらただ一回ヤっただけの仲で、付き合っていないとはいえ……それがなんか悔しい。
……あれ? なんでいつの間にか、頭の中が荻野のことばっかりになってるんだ? まさか、それが狙い……?
ふと視線を向けると、オーダーを待つ荻野と目が合う。
にや……
(……!)
あいつ……すげぇやり手だな。何が「セフレでもいいよ」だよ。完全にしてやられた。このまま俺の心を浸食して掌握するつもりなのか? いや、荻野のことは好きだし別にそれが嫌ってわけじゃあないけど。なんか……釈然としないんだよなぁ。俺だって、チャンスがあれば加賀美さんに告ろうと、まだ思っているわけだし。
『お互いが納得してるならさぁ、こういう関係もいいんじゃない?』
正直、モラル的にはNGなのはわかってる。でも、『どうしても納得できないなら、コミュニケーションの一環だと思いなよ。ただの過剰なスキンシップ♡』とか言って(俺自身にとっても都合よく)誤魔化された感もある……
(まぁ、荻野がいいならいいか……)
そう自身に言い聞かせて、俺は今日もバイトに勤しんだ。
一応、荻野もこのことをむつ姉や店長に匂わせたりバラすつもりなんて毛頭ないみたいだし。そこはまだマトモでよかったよ。コレをネタに何か脅されたらどうしようかと……いや。荻野に限ってそれはないな。あいつはただ、自分の気持ちにまっすぐすぎるだけだから。その辺の、謎の信頼関係は健在だ。
すると、閉店間際に見慣れたベージュの髪のJKが来店する。
「あ。いらっしゃい、坂巻。今日は遅いんだな?」
くるくると巻き毛を弄りながら、上目遣いで「こんちは」と挨拶する坂巻に、「よそよそしいなw」と苦笑してしまう。常連だし、毎日のように学校で顔あわせてるのに、「こんにちは」はねぇだろ。
「何にする? 先週入荷した新作、スタッフ内でも評判いいよ。甘さと爽やかさのバランスがよくて、美味しい」
「ほんと? じゃあ今日はソレにしようかな。スモール単品で。……あと、追加で真壁と帰りたい」
「……なにそれ? 俺は追加メニューじゃないけど?」
「わ、わかってるよぉ! でも、せっかく(わざと)遅い時間に来たし、そろそろあがりなんでしょう!? まだ彼女いないんでしょぉ!?」
「いやまぁ、そうだけど……」
「だったらいいじゃん! 一緒に帰ろうよぉ!」
「うっ……」
坂巻には、つい先日告白されて、「またデートしたい」とも言われていた。だからこうして学校外だと、もはや好意を隠す気がないらしい。
好かれているのは素直に嬉しいんだけど、こうやってぐいぐい来られると意志薄弱な俺は揺らいじゃうよ。だって、赤面したまま瞳を潤ませる坂巻は冗談抜きで可愛いし……
お釣り渡すときに手ぇ握られて、「このあと……デートしよ?」なんて言われたらさぁ……
(俺……加賀美さんに告れる日、来るのかな?)
まぁいいか。
坂巻は、俺とデートできるのすげぇ嬉しいみたいだし、駅までの帰り道っていう短い時間なのに、隣でこうもニコニコされると、悪い気はしないっていうか……うん。素直に嬉しいよ。
「ねぇ真壁……カフェ寄らない? 22時まで……まだ空いてるとこあるし。バイト終わりでお腹空いてたりしないの?」
「え? でも、坂巻はあんまり遅い時間は……」
「そういう風にすぐ心配する……好き……」
「うぇえ? 女子が遅い時間良くないのって、当たり前じゃないのか? そっちこそ、すぐ『好き』とか言うし……」
「え。なに? ひょっとして照れてる?」
「て、照れてないし……」
「あ~! 照れてる! 真壁が照れてる! 可愛い! なんか嬉しい!」
「う、うっさい! つか歩道で騒ぐなよ!」
「あはは!」と楽しそうに笑う坂巻と、近場のカフェでパスタなんぞの夕食を済ませる。「ダイエット中!」とか言って飲み物しか頼まない坂巻に、「いいから、食えよ」とフォークを差し出すと、リップが鮮やかな口を目の前で開けられて……
「あーん、してくれたら食べる」
なんて、全開で甘えてきて。
(……!? なんか最近……容赦なくないか!?)
どいつもこいつも。
「えぇ~……坂巻、開き直り早くない? 告白してきたのって、つい先日だよな?」
「開き直って悪いわけ? だって、こうでもしないと真壁とイチャつけないでしょ。私がこうやって帰れんのも、真壁が加賀美さんに告って付き合うまでの時間限定だし。だったら好きなだけ甘えてやるか~って。ほら、あーんしてよぉ」
「うっ。上目遣いで見んなし。無駄に可愛いだろ……」
「かわっ……!? は~、今日来てよかったぁ……」
「う…………」
やばい。そんな嬉しそうに、にぱぁぁっ! って笑われたら、まんざらでもなくなってしまう。
俺の中にはここ数日、新たな選択肢が生まれつつあった。
加賀美さんに告るのを諦めて、いっそ荻野か坂巻、白咲さんと付き合うか。
なんともわかりやすい選択だ。でも、自分のことをここまで好きでいてくれる人がいるっていうのは想像以上に嬉しいんだなって、ここ数日で気が付いたのも事実。
今まで人に好かれた経験なんてなかったんだから、今更気づくのもしょうがないだろ? 俺のこと好きでいてくれる子は……好きだよ。当たり前だ。
だからついつい、聞いてしまった。
「坂巻はさぁ……その……もし『俺と付き合う?』って聞かれたら、嬉しいの?」
「へ……?」
「いや、言い方が悪かった! その……俺はまだ加賀美さんが好きだよ!? 体育祭のときにも言ったけど。でも、それでも……期間限定で彼女になる? って言われたら、嬉しいのかなって……?」
いやいや。冷静になに聞いてんだ。サイテーだろ。
なんだよ、期間限定彼女って。
バカか? クズか? 俺はアホなのか?
ちょっと調子に乗り過ぎた。頭冷やそう……
「ごめんっ! なんでもないっ! やっぱ聞かなかったことにして……!」
ぐいぐい、と手元の水を一気にあおる。
しかし、坂巻の大きな瞳は縫い留められたように、俺のことを見つめていた。
そうして、あろうことか前のめりになって――
「……なる」
「は??」
「……期間限定彼女……なる」
と。俺の手を握ってきたのだった。
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