後日談 8話 腕枕

 とある夕方。学校で出されたケーキのデザイン課題を終えて部屋でスマホを弄っていると、控えめなノックの音がして俺は半身を起こす。

 灯花はまだ大学だし、荻野は今日アイス屋のシフトが入っていたはずだ。

 となると、ノックの主は坂巻。


 俺は特に気にすることなく、ベッドの上から返事した。


「どーぞぉ」


「ねぇ真壁。ちょっと……」


「なに?」


 普段は上げている巻き髪をゆるっとおろした、部屋着姿の坂巻が、紙とペンを手に部屋に入ってきた。

 いまだに俺を意識しているのか、いっときは部屋に入るのにいちいち照れていた坂巻だが。一緒に暮らしはじめて数週間もすれば、それなりに慣れてくるようだ。

 別に、そんなに警戒しなくても。俺は灯花一筋だから無害だよ。

 それが伝わったようでなによりだ。


「課題のケーキのデザイン、見てほしいんだけど……」


「ああ、いいよ」


 課題の内容は『胸の踊るようなお菓子』。


 なんとも抽象的で正解のない課題だが、人間が菓子買うときにあれこれ理屈なんて考えるわけがないからな。そういうのを数こなして、個々人で感想の異なる『胸の踊る』のパターンを勉強するのも勉強のうちってわけだ。


 見せられた用紙には、薄っすらとした下書きの上から色鉛筆で愛らしいケーキのデザインが描かれていた。色鮮やかな飴のリボンに、ハートのマカロンのショートケーキ……

 もう、見ただけで色が目に飛び込んでくる。


 『可愛い』。


 それを追求したようなデザインだった。


 俺は感心しながらそれを手に取る。


「坂巻は直感で描くタイプだったのか、すげぇな。もうパッと見て映えるのがわかる。原宿とかに店出してそうなケーキだ」


「そ、そんなことないし……真壁だって、和菓子も洋菓子もさらっとデザインできちゃうし凄い。器用だから実技の飴細工も上手だし。将来は、あたしのケーキの飴細工は、真壁に作って欲しいなぁって……」


「飴細工かぁ。確かに得意だけど、俺は店出すならアイス屋がいいな」


 なんとなしにそう返すと、坂巻はいましがた終えたばかりの俺の課題を手に取って。目を輝かせた。


「わっ……なにこれ! 星の入った青い寒天!?」


「羊羹な」


「映える! めっちゃ映える! でも、昔バズってた和菓子屋さんのよりもデザインがビビッドで、若い子でも楽しめそう!」


「そうそう。和菓子って楽しむ年齢層が上なイメージあるだろ? でも、こうやって色使ってちょっと可愛い系にしたら、年齢関係なく楽しめるかなって……」


 とか言いつつ。半分は後付けの理由だ。


 俺が『胸の躍る菓子』――この課題に、星の夜空をイメージしたものを選んだのは、幼い頃にむつ姉と見た流星群が、今でも忘れられない、胸の踊る思い出だから。


「色が鮮やかに見えるのは、蒼と黄色の相乗効果だろうな。色同士には、補色っていうのがあって……」


 などと、あーだこーだ額をほっつきあわせていたら、坂巻の課題はあっという間にできあがっていった。


「あ~っ! 疲れた~! 頭使ったぁ~! 真壁、手伝ってくれてありがとね!」


 晴れやかな坂巻の笑顔に、俺の口元も自然と綻ぶ。


「小腹も空いたし、なんか甘いもの食べたいな……そうだ。坂巻さぁ、俺の作った試作のシャーベット食べてみてよ」


「シャーベットぉ?」


「シャーベットって、コース料理でも焼肉でも。おまけとか口直しなイメージあるだろ? そうじゃなくて、シャーベットをシャーベットとしてきちんと食べたいというか……そう思って、作ってたやつがあるんだ」


「なにそれ! 食べたい!!」


 あれだけ疲れたと言っていたわりに、元気よく飛び起きる坂巻に苦笑しつつも俺たちはシャーベットに舌鼓をうった。


 ダイニングで、透明な皿に盛ったシャーベットをふたり向かい合って試食する。


「その……灯花にも食べてもらったんだけど、灯花は『美味しい』しか言わないから、あてにならなくて……」


 困ったように頬をかくと、坂巻は真顔で俺をガン見する。


「それ、真壁が言うか? あんたも灯花ちゃんと服買い物に行くとき、灯花ちゃんが何試着しても『可愛い』しか言わないじゃん」


「いや……褒めてくれることは嬉しいし、悪いことなんて何もないんだけど。やっぱり、ときには率直な意見が欲しいっていうか……」


 坂巻は「ふーん」といいながらも、俺の作ったシャーベットを口にした。

 瞬間。大きな瞳が一層大きく見開かれる。


「荒めな苺……美味しっ……!?」


「そっか……! よかった……」


 ぶわわ、と眩しい笑みに、こちらまでつい笑いそうに――嬉しくなってしまう。

 すると坂巻は、スプーンを咥えながらぽつりと……


「そういう風に、誰かが喜ぶ顔を見て、嬉しそうに笑うとこが……好き……」


「へ?」


「な、なんでもないっ! それよかさ、真壁。頭使ったらちょっと疲れた。体も冷えたし、少し横になりたいかも。ベッド貸して?」


「え? いや、なんで俺の? 自分の部屋行けよ」


「つれなぁーい。いいから一緒に来てよ。腕枕して」


「は?」


「いいじゃん。灯花ちゃんからお触りオッケー(推奨)令出てるんだだしさぁ」


「いや、そういう問題じゃ……」


「なに? じゃあ真壁は、腕枕したくらいでムラムラして襲っちゃうようなケダモノなわけ?」


 にやにやと挑発するような笑みに、なんかカチンときた。


 俺はいたって冷静に、考えを巡らせてみる。


(うーん……確かに。腕枕くらいなら別にどうこうなるもんでもないか? 無理に断った方が逆に、意識してるっぽくてヤだな)


「わかった。いいよ」


「!!」


 一方で、坂巻はちょっと思う。


(なっ――腕枕。腕枕だよ? 同じベッドで寝るんだよ? いいの? ほんとにいいの?)


 でも。しれっと言い放つこの感じ……


(多分、なんもナイんだろうなぁ……)


 この数年で、真壁は随分と女子に慣れてしまったようで。

 嬉しいんだか寂しいんだか……


 あたしは一変して、ぱぁっと顔を明るくさせた。


「そうそう! 妹に甘えさせてくれる感じて、ぱーっやっちゃってよ!」


「そういえば義妹(仮)だったな。忘れてた」


 とかツレない真壁の手を引いて、真壁の部屋に押しかける。


 ゴロンとベッドに仰向けになると、真壁は特に躊躇せず、あたしの隣に横向きになった。そうして、ごくごく自然に右腕を伸ばしてくる。


(あ、頭……撫でられ……!?)


 ぎゅう、と目を瞑っていたら、その腕は慣れた手つきで首の後ろに入り込んできた。


「ほら、腕枕すんだろ? 俺もなんか眠くなってきたし、少し昼寝しよ……」


 ふぁ……と口をあけるその唇に、キスしたい。


(やば……どきどきしてきた……!)


 目を瞑ると、真壁の匂いがする。

 真壁に、包まれてる……!


 ……とか考えてもやもやしてたら。


「ただいまぁ~」


 と、甘くて可愛い声がして。


(灯花ちゃん……!?)


 起き上がろうにも真壁はすやすや寝ちゃってるし、癖なのか、脚の間にあたしの脚挟んでるし……抜け出せないしぃ……!


 てか、寝るの早すぎない!?


「あっ。あっ、あっ……」


「ゆきく~ん。おかえりのチュー……」


(!!!!)


「♡♡♡♡」


 あたし、こんなに笑う天使――見たことないよ……!




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