後日談 7話 酔っ払いOLとむぎゅむぎゅ

「い、いくら灯花が許しても! 俺はそーいうらんこ……不義理な真似はしないから!」


 慌てて腕を引っ張ってこちら側に灯花を寄せる。

 当の灯花はきょとんと、愛らしく俺を見上げた。


「別に、私がいいって言ってるんだから、不義理じゃなくない?」


「俺の気持ちの問題なの!」


「真壁の頑固〜」

「真壁のケチ〜」


「坂巻と荻野は、いったん口閉じて!?」


 そんな俺に、荻野はにやにやと。


「なに? ひょっとして真壁嫉妬してんの? あ〜さては、あたしに灯花ちゃんをNTRれるとでも? ふふっ。確かにテクなら自信あるからなぁ〜♪」


「べっ、別にそんなんじゃないって。ただ、『俺のだから』って思っただけだから」


 灯花を抱き寄せる腕にぎゅっと力を込めると、荻野のニヤつきが一層増す。


「それを世間じゃ嫉妬って……ああもう。この家には萌えしか転がってねーのか? 可愛いが可愛いを抱きしめてなんか言ってるよぉ……」


「は?」


「さぁ〜て。灯花ちゃんからの『お触り推奨令』も出たことだし、今日のところはひとまず退散としますかぁ! 行こ行こ、綾乃ちゃん♪」


「えっ。あっ、えっ……お、おやすみ真壁! 灯花ちゃん!」


 荻野に背を押された坂巻が、自室へと戻っていった。次いで荻野も寝室に戻る。

 自室に取り残された俺と灯花は顔を見合わせて。


「とりあえず……寝るか」


「うん♪」


 と。仲良く眠りに落ちていったのだった。


  ◇


 その週末。金曜日。


 俺の家がシェアハウス化してからというもの、炊事、掃除や洗濯など、思いつく限りの家事は得意不得意に関わらず平等に当番制にすることにした。


 忙しかったり、苦手があったら誰かに声をかけ、助けを求める。

 俺たちよりも大学の授業や課題が多い灯花を、俺が善意で手伝うことはあっても、見返り等は要求しない。分担制とはいえ、その辺の融通はきかせているつもりだ。


 パティシエ学校に通っていることもあり、俺や坂巻は料理が得意だが、今日の料理当番は荻野。いわく、「インスタントしか作れない」ということで、俺はその補佐と監督を頼まれている。


 だって、任せる以上は、俺たち四人でその料理を食べることになるわけですし。

 消し炭とか食べたくないし。これも善意(と自己防衛)の範疇だ。


 キッチンにふたりで立つ俺と荻野を、ダイニングでノートPCを広げた灯花がにこにこと、ソファでスマホを弄っている坂巻がちらちらと見つめる。


「ね~、真壁。この『湯通し』ってさぁ……?」


「ん? どれ――……って! 水少なすぎじゃね!? 鍋から煙でてんじゃん! お前は鍋で湯をわかすこともできないのか!?」


「はぁ? お湯はケトルが沸かすもんでしょ?」


「そっからか……」


 差し出されたスマホのクックパッチョを覗き込んでいると、突如としてピンポンが鳴る。


「誰か荷物頼んだぁ~?」


 坂巻の問いかけに、誰も、うんともすんとも答えない。


 不思議に思ってインターホンをのぞくと、そこには顔を赤くしてふわふわとした表情のむつ姉が立っていた。


 俺はすぐさま玄関を開ける。


「むつ姉……!? どうしたの!?」


 久しぶりに見るむつ姉は、艶やかな黒髪が乱れて、ぱつんぱつんのシャツの胸元からおっぱい――深い谷間を覗かせてひらりと手を振る。


 そうして、ウチに入るや否やハイヒールを投げ出す勢いで脱いで俺に抱き着いた。


「あぁ〜ん! 疲れたぁ〜! ゆっきぃ、ハグして! いい子いい子して〜!」


「ちょ……むつ姉!?」


 ぎゅうう、とあったかくて柔らかいむつ姉のハグ。

 いつされても堪らん。


 てゆーか。

 疲れ切ってへろへろな、甘えたMAXの――


(OLむつ姉……てぇてぇ……っ!)


 あ〜、くそ可愛いなぁ。

 そうだよなぁ、むつ姉はいくつになってもむつ姉だもん、可愛いよ。


 ミニスカスーツも可愛いし、社会の荒波に揉まれて、一週間を乗り切ってきたへとへと姿も愛おしい。


 幼馴染の親戚同士なので当たり前といえば当たり前だが、灯花はむつ姉と俺の仲を公認しているし、こうしてむつ姉がウチに来ること自体はそこまで珍しくもない。

 俺はいつもどおり、くったりと甘えるように縋りつくむつ姉に尋ねた。


「お疲れ様、むつ姉。ご飯食べてく?」


「食べるぅ~!」


「今日の当番、荻野だけどいい?」


「えっ」


 ……その顔。やっぱ荻野が消し炭しか作れないこと知ってんだな。

 きょとんとした顔も可愛い。

 死なばもろとも、一緒に食べようよ。消し炭。


「てか、なんでウチに? 今は清矢かれしさんのとこ住んでるんじゃ――」


「え〜知らな〜い! ケンカしたのぉ! 『飲み会があっても九時までには帰ってきて』とか意味がわからないよぉ~! 自分はそれくらいから出勤したりするくせに~! もうゆっきぃのとこ泊めてぇ!」


 その声に、背後で荻野が反応した。

 ぴくりと、額に青筋を立てて。


「……ケンカ?」


「待て荻野。まずは話を聞こう。その包丁をしまえ」


「へぇ……アイツ――! 真壁、悪いけど夕飯当番代わってくんない? ちょっと野暮用思い出したわ」


「落ち着け! まずはその、右手と心の手に持った包丁をしまえ!!」


「あぁ〜ん! ゆっきぃあったかいぃ! ゆっきぃの匂いがする〜!」


「ちょ――むつ姉!!」


 てか酒臭っ!!


 もう、金曜はこれだから――!


「私、会社の飲み会キライ~! 全然好きなご飯食べられないしぃ、最初の一杯がビールなのも苦手~!!」


「む、むつ姉も、ちょっと酔いすぎだって――!」


 べろんべろんのむつ姉が、玄関入ってすぐの廊下でぐっでんぐでんに甘えてくる。

 その様子を、楽しそうに写メる灯花。

 胸元のボリュームとはだけ具合に赤面する坂巻。

 兄への殺意に迸る荻野。


「もう無理ぃ……お風呂入れてぇ……身体洗ってぇ……♡」


「さすがにできないよ!?」


 すると荻野が、颯爽と挙手した。


「六美おねぇちゃん、あたしと入ろ♡ 隅々まで洗ってあげる♡」


「ふぇ〜ん、ゆっきぃぃ……!」


 なんてめそめそ声を出しながら、むつ姉は荻野によってバスルームに引き摺られていった。


「やぁ~! 今日はゆっきいと寝るのぉ~! ゆっきぃぎゅっぎゅして寝るのぉ~!」


 灯花は隣で、こっそりと上目遣いでOKのハンドサインを出す。


(あ~……もう!)


 ――OKじゃ、ねーから!!


「はいはい。あたしと寝ようね、おねえちゃん♡」


「うわぁ~ん! ゆっきぃ成分が足りないー! 世の中にはねぇ、ゆっきぃでしか解消できないストレスっていうかぁ。ゆっきぃからしか得られない栄養みたいなものがあるんだよぉ~!」


「わかったわかった。じゃあ、俺はむつ姉の好きなおかず用意して待ってるから。先に荻野と風呂入ってきな」


「ゆきくん、私手伝うよ~!」


「あ。あたしもっ……! あたしも手伝う!」


 そんなこんなで、俺たち四人と+OLさんは。

 仲良く食卓を囲んだのだった。


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