後日談 4話 昨夜はお楽しみでしたね

 部屋に入るなり、灯花は感情が抑えきれないといったように俺に抱きついて、そのままベッドに雪崩れ込んだ。


 ふにゅん、と包まれる柔らかな感触が、俺の全身を刺激する。

 目があった俺たちはあたり前のように、キスを交わして愛し合った。


 せっかくの可愛いパジャマも、「もう、邪魔ぁ」なんて甘ったるい声で脱ぎ捨てて、灯花が覆いかぶさってくる。俺はそれを、多幸感に包まれながら受け入れた。


 しばし睦み合い、呼吸も熱も落ち着いたところで、俺は灯花に問いかける。


「にしても、まさか荻野まで受け入れちゃうとは思わなかったよ。本当によかったの?」


 余韻に浸るように甘える彼女に、腕枕しつつ首を傾げると、灯花はふわりと、三年前よりも少し大人びた表情をみせる。


「そうだなぁ……たしかに昔は、他の誰かにゆきくんを取られちゃうなんてイヤ! って思ってたけど、最近はそうでもないの」


「えっ? それってまさか、愛が薄れたってこと……?」


 ……これが、世にも恐ろしいマンネリというやつなのか。


 愕然とするも、それは俺の勘違いだったようで。

 一瞬きょとんと目を見開いた灯花は、「そんなわけないよぉ!」と甘い声を出して、首筋に頬擦りをする。


「むしろ逆。ゆきくんのことを心から信頼して、ゆきくんの全部が大好きだからこそ、そう思うの。ゆきくんはたとえ誰とどんなことになろうと、最後には、頭の先からつま先までの全部の愛を私に注いでくれるって、わかっているから」


「?? ちょっと、何を言っているのかよくわからないけど……俺は灯花が一番好きだよ」


「そういうゆきくんが、世界で一番好きだよぉ」


 ちゅう、と甘えるように、甘やかすように、灯花がキスをする。そうして同時にナカも締まる。

 ふわふわな肢体と感触に包まれて、俺は、彼女が何を言わんとしているのかよくわからなかったことなど、もはやどうでもよくなっていた。


 だって、こんなに「愛してる」が滲むようなキスと抱擁をしてくれる彼女なんだ。それこそ、たとえ何があっても、俺のことを頭の先からつま先まで受け入れてくれるということが、これでもかというくらいに伝わってきた。


 それと同じくらいの愛が伝わるようにハグし返すと、灯花はくすぐったそうに「ふふっ」と笑みをこぼし。そうして、小さく呟いた。


「ゆきくん、大好き。付き合ってもう三年近くになるけど、この想いはずっと、ずーっと変わらないよ」


「俺もだよ」


「だからね、私、これからは……ううん、これからも。もっと色んなゆきくんのことを、知っていきたいな。私はね、私の知らないゆきくんの全部を、知りたいの……」


 ぎゅうう、と抱きしめ返してくるその柔らかさが意味するもの。三年の間で灯花におきた変化を、俺はこのとき、知らなかったみたいだ。


  ◇


 一方その頃、ふたり用の(元夫婦の)寝室では、荻野が当たり前のように聞き耳を立てていた。

 部屋は、幸村の自室を挟むようにして二階の左端にあるため、聞き耳を立てるのであれば必然的に幸村の部屋の様子を伺うことになるのだが……


(灯花ちゃん、当たり前のように真壁の部屋に行ったな……)


 正直、もうちょい恥じらうタイプかと思ってた。

 就寝前に、「おやすみ、涼子ちゃん♪」なんて、ルームメイトのあたしにわざわざ挨拶までしてさぁ。

 なんて大胆不敵な乙女……


 ――好きだよ、そういうの。


 だって、恋人同士でひとつ屋根の下で暮らしてて、一緒に寝ない方がおかしいからね。開き直って当然。今更隠して何になるんだっつーの。

 それに――


(あたし的にもウェルカムなんだよ、この状況は……)


 壁に耳をすっと当てると、わずかにくぐもった隣室の物音が聞こえてくる。


 ギシギシ……は、してないな。いや、聞こえない。案外壁が厚いのか?

 けど……


『あんッ』


(……!)


 ――ほらな! やっぱりシてるじゃん……!


 たまにしか漏れ聞こえてこないけど、確実にシてる。


(つか灯花ちゃん、声可愛いすぎっ……!)


 普段から声まで可愛いお人形ちゃん系だとはおもってたけどさ。なんつーか……メスみが深い……端的に言ってドエロい……


 人によっては、友達のメスなところなんて見たくないし、聞き耳とかサイテー、知りたくなかったとか思う人もいるかもしれないけどさ。

 あたしは俄然、知りたいタイプ。


『ふぁぁ♡』


(あ~~どーしよう! あたしも「ふぁぁ♡」になってきたよぉ……。目ぇ冴えちゃって寝れないしぃ……)


「くっ。混ざりたいぃ……!」


 もう、いっそ突入するか?


 居ても立っても居られなくなって、リビングに飲み物でも取りに行こうと思ったら。廊下で綾乃ちゃんと出くわした。


 綾乃ちゃんは、スマホを手に廊下に突っ立ったまま、真壁の部屋の扉をガン見している。


「「……あ。」」


 目が合った。


 明かりのついていない廊下の薄暗闇で、猫みたいに驚いた大きな瞳と、バチクソに目が合った。

 これだけ目が合っちゃうと、お互いもう言い逃れできないね?


 あたしは思わずにやにや顔を浮かべる。


「綾乃ちゃんもか~~♪ なんだかんだいって、やっぱ気になるよねぇ?」


「ち、ちがっ……! あたしはたまたま、トイレに行こうと思って! そしたら、真壁の部屋から灯花ちゃんの声が聞こえてきて……!」


「寝れなくなっちゃったんだ? いや、動けなくなった」


「だから、ちがっ――!」


 暗くてもわかる。耳まで真っ赤に染まった様子がくそほど可愛い。こころなしか、膝ももじもじとしている気もするし……


(綾乃ちゃん、やっぱりまだ真壁のこと好きなんだなぁ……♪)


 あたしもだけど。


「ねぇ、綾乃ちゃん」


 あたしは、試しに問いかけてみる。


「あたしとする……?」


「!?!?」

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