◇◇編②
「……おねがい。あたしのものになってよ」
そう瞳を潤ませる坂巻。
……俺は、その想いと、弱さに根負けした。
いや、正確には根負けというより、直感したんだ。
きっと坂巻の隣には、俺がいないとダメなんだろうなぁ……って。
「でも……どうして?」
なんで坂巻は、そんなに俺のことを――?
疑問を浮かべる瞳に気が付いたのか、坂巻は、俺に惚れた日のことを語って聞かせてくれた。
雨の日に、坂巻の大切な家族――にゃん太を助けてくれたこと。
その優しさと、思いもよらない笑みに惚れたのだと。
それからずっと、俺のことを密かに目で追っていたと……
「あたし達はギャルとオタク。趣味も友達も、学校でのポジションとか生存圏も全然ちがう。けど……あたしは、真壁が好きなの。もし、真壁があたしと付き合うことでクラスメイトやあたしにフラれた奴らから何か言われたとしたら、あたしが絶対言い返すから。『あたしの好きな人をバカにすんな』って、絶対絶対、言い切ってみせるから……」
「って……はは。急に無理矢理キスしておいて、ワガママが過ぎるよね?」と。
一瞬目を伏せた坂巻は、覆いかぶさったまま、俺の胸元に顔をうずめた。
そうして、涙の混じった声で……
「……でも。それくらい好きなの。もう、どうにもならないの……」
消え入りそうなその声が、俺の腕を動かして、自然と坂巻を抱き返す。
(――ああ。俺の負けだ)
プライドとか、気持ちとか、存在とか。
全てをかけた坂巻の想いに、俺は――してやられてしまったんだ。
愛しい気持ちを代弁するように、ぎゅう、と腕に力を込める。
そんな俺に、坂巻は顔をあげて目を見開いて。
「はは……どこまで優しいんだよ。バカ真壁……」
「だって……しょうがないだろ」
『どうしようもなく愛しい』って、思っちゃったんだから。
そこまで強く、好きになってくれて……
『ありがとう』って……
「……ありがとう、真壁。……好き。大好き。絶対、後悔させないからね……」
涙を拭くように頬をすり寄せる坂巻と、俺は。
ギャルとオタクという壁を乗り越えて、恋人同士になった。
◇
体育祭が終わって、翌週。
登校すると、下駄箱付近で坂巻に遭遇した。
坂巻とは一昨日の――土曜日に『付き合った記念デート』をしていたが、坂巻は見かけに反して案外ウブらしく、控えめに手を繋いでは、俺たちは新規の猫カフェとアイス屋を開拓するべく色んな街に繰り出して楽しい休日を過ごしていた。
『こっちの道が近いかも』と、グーグリュマップを手にした坂巻に手を引かれて路地に入ると、偶然にもそれらしき黒とピンクのホテルがあったが、坂巻は一瞬はた、と足を止めて。顔を真っ赤にして呟く。
『こ、こういうところは……また今度……ね?』
語尾の『ね?』と上目遣いにずきゅん、と胸撃たれる。
その、『ね?』は明らかに、『今度行こうね?』の『ね?』だった。
俺の周囲の女子は、荻野をはじめ押しとか欲望の強めな子が多かったせいか、そんな控えめな誘いが可愛い……
というか、デート私服は明らかにギャルっぽい、露出度多めの服装なのに……
『ね?』ってなんだよ。『ね?』って。
(……可愛すぎか……?)
そんなことがあった、次の月曜。
下駄箱で会ったのが坂巻だけであれば俺も挨拶していただろうが、周囲には、仲のいいクラスメイトの河野をはじめとしたギャルが数名いる。
普段であれば、目を合わせないようにして端を通り過ぎる面子だ。
しかし――
コンビニのパックジュースを手に、ダベりながら教室を目指していた坂巻は、俺に気が付くと手を振った。
「真壁、おはよ!」
その、「朝から会えて嬉しい」がこれでもかってくらいに滲み出る挨拶と笑顔に、河野ら友人が目を見開く。
「え……綾乃、ひょっとして……『最近できた彼氏』って……?」
「好きで好きでしょうがなくって、夜眠れなくて私にLINEEで惚気てくるレベルの彼氏って……?」
「まさか……」の視線を向けられて、俺は、ふい、と視線を逸らした。
すると、坂巻はパックジュースを河野に押し付けて、俺と腕を組む。
「好きでしょうがない彼氏の真壁ですっ! 」
(……!?)
こういうの、フツー隠していままでどおりに接するんじゃないの?
しかし、坂巻的には違ったらしい。
にっこにこの、太陽よりも眩しい笑みで紹介されて、俺は羞恥に閉口した。
ついでに、朝っぱらから超弩級の惚気を食らわされた河野らも閉口した。
だが、にこにこと猫みたいにすり寄る坂巻の可愛さと幸せオーラに頬を緩ませ、河野が吹き出した。
「あっははは! よかったねぇ、綾乃!」
他の友人らも、そろって
「ヒュ~♪ ごちそうさまでーすっ!」
「優しくてイケメンとか、マジ羨まじゃん~」
などと口々に笑みを浮かべた。
俺は、こわばっていた身体が急速に緩んでいくのを感じる。
(ああ、なんだ。案外ギャルって、こわくないんだな……)
それどころか、なんだかめっちゃあたたかい。
祝福ムードに包まれる俺たちを前に、遠巻きにこちらを見ていた、坂巻に想いを寄せていた男たちが諦めたように散っていく……
(坂巻……ひょっとしてこのために……?)
「じゃ、あたしらはお先~♪」と、一足先に教室へ向かった友人らを見送って、視線を向けると、坂巻はイタズラっぽく舌先を出した。
「へへ。自慢しちゃった♡」
ベージュの巻髪を揺らして、ネイルの綺麗な指先を俺に絡める。
俺の推測は外れたようだった。
別に坂巻は、周囲を牽制しようとかそんなことは全然考えていなくて。
ただ、朝から俺に会えて嬉しかっただけで。
つい、友達に自慢しちゃっただけで……
思わず、笑ってしまった。
「あはは! なんだそれ。子どもか?」
「そ、そんなんじゃないしぃ! だって、朝から真壁に――彼氏に会えたら嬉しいじゃん!? だから、つい……」
「ごめん、迷惑だった?」と伺うような上目遣いがくそ可愛い。
「はは。そんなわけないじゃん。……俺も、嬉しいよ」
「!!」
口元を綻ばせてそう返すと、坂巻は真っ赤に頬を染めて。
「笑顔、ヤッバぁ……」と呟いた。
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