ルート分岐if ◇◇編①

~ルート分岐 44話あたりから~


 ◇


 俺をキモオタ眼鏡と呼んでいたのは、他の女子を遠ざけるため。

 保健室でそう語った坂巻は、顔を真っ赤にして、辛抱堪らず声をあげた。


「もぉー! 要は独り占めしたかったのよ! 言わせんなバカぁっ!!」


 怒ってから、照れ臭そうにポニテの毛先をいじいじとする姿が、まるで拗ね不貞腐れた幼い子のようで……


 はぁ。もう。仕方ないなぁ。


 俺は、それまでの不名誉なあだ名のことは水に流し、坂巻と和解することとなった。

 経緯はどうであれ、俺に「好きだ」と告白してくれたことは嬉しいし、想い人である加賀美さんに告れないままでいる自分と比べると、面と向かって想いを打ち明けてくれた坂巻は、すごく勇気があると思った。


(――そう。俺は、加賀美さんが好き……)


 好き、な――はずなのに。


 目の前で「あ、あたし、真壁とまたデートしたいなぁ……」なんて、もじもじと頬を染める坂巻を見ていると、一緒に猫カフェへ行ったときの坂巻が、内心でどれほど嬉しかったのかというのをつい想像してしまう。


 そうして同時に、そこまで誰かに想われることがどうしようもなく嬉しくて、胸がふわふわとあたたかくなって……


 ――どうしよう。嬉しい。


 しかも、坂巻はどこか心許ない――

 いや。そこはかとなく自信のなさげな面差しをしていて。


 ……なんだか、放っておけない。


(なんなんだろう、この気持ち……)


 以前、白咲さんに告白されたとき。俺は加賀美さんのことがどうしても頭から離れなくて、勢いのまま告白を受けてしまうのもよくないと思って、断った。


 今回も、本来なら断るべきなんだろう。

 だが、何故か「俺は加賀美さんが好きだから」と、断言できないでいる自分がいる。


 ……自分にもよくわからない。

 ただ、こんな、震える猫みたいな坂巻に、そう宣告してはダメになってしまうのではないかという心配と、そうさせたくないという強い思い――愛情が、不思議とわきあがっていた。


 なんと言えばいいのか声をかけそびれていると、坂巻はふいに唸りだす。


「うっ……うぅ……」


「え? どうした、坂巻? 腹でも痛いのか?」


 ここは幸い保健室、具体が悪いならすぐに対応してもらえる、と思い声をかけると、坂巻は俯いたまま「そーじゃないぃ……!」と呟く。


「……?」


 いったい何が起きたのか。


 わけもわからず様子をみていると、坂巻は突如として、ベッドから立ち上がった。


「うっ、ぐぅ……ぐぬ、ぐにゅにゅにゅ……! あああああ……!」


「??」


 坂巻は、おもむろに俺の前に仁王立ちになると、呆然と見上げる俺をベッドに押し倒した。


(……!?)


 咄嗟のことすぎてわけがわからないし、反応もできない。


「!?!?」


 声にならない声――視線だけで、覆いかぶさる坂巻に何事かと問いかける。


 すると坂巻は――


「真壁っ! 好きっ!!」


 はっきりと言い放ち、俺の胸ぐらを掴んだ。


「誰かに取られるくらいなら、もういっそ……!」


「ちょ、おい待て、坂巻……!?」


 俺の胸板におっぱいを押し付けて、坂巻が唇を近づけてくる。


(いっそ、奪ってしまおうってことか……!?)


 いくら押し倒されているとはいえ、坂巻は女子だ。退けようと思えば、無理に退けることはできる。

 だが、坂巻の、言葉に反して弱気な潤んだ瞳を前にすると、どうしても抵抗ができなくて――


 俺は、そのままキスを受け入れた。


「むぐ……」


(ファーストキスが、まさか坂巻になるなんて……)


 少し前までは、思いもしなかったよ。


 軽く口づけをして離れた坂巻は、今にも泣きそうな顔で、ぽつりとこぼす。


「……真壁が。加賀美さんのこと好きなのは、知ってる……」


(……!?)


「はは、なんで驚くの。同じクラスにいて、ずーっとあんたのこと見てるんだから、気づかないわけないでしょ」


 「前からずっと、知ってたよ」と、寂しそうにこぼす坂巻は、目を閉じると、次に開けた瞬間にはいなくなってしまいそうな、そんな顔をしていた。


 しばし呆然と、俺に跨る坂巻を見上げる。

 すると坂巻は、ぐい! と勢いよく涙を拭いて、宣言した。


「でもヤダ!!!!」


「!?」


「知ってるけど……ヤだよ。そんなの嫌。ねぇ真壁……」


 ふたたび潤んだ瞳が、俺に告げる。


「……あたしのものになってよ」


 坂巻は、ぐっと身体を近づけて、ふたたび覆いかぶさる形になって、長い睫毛の奥でこれ以上ないほど、瞳を潤ませた。


「……おねがい」

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