ルート分岐if △△編①

~ルート分岐 55話あたりから~


 ◇


 加賀美さんにフラれた俺は、放課後、夕陽の沈む土手にてひとり、水色のアイスバーを舐めていた。


 バイトが休みなことも忘れて、コンタクトのまま、ただ、ぼーっと。食べるよりも溶ける方が早いアイスを手に、こぼれ落ちたアイス溜まりに群がる蟻を眺めている。


 さぁさぁと揺れる緑や、あと七日で死んでしまう蝉の声が、右から左へ抜けていく。俺の魂も、つられて一緒に抜けていきそうだ……


(別に、いま抜けたって、どーってことないけどさ……)


 ぼんやりとそんな風に蟻を眺めていると、背後から聞き慣れた声がする。


「あれ? 真壁?」


 振り向くと、そこには銀髪とピアスを揺らした、やたらネクタイと胸元の緩い女子高生が立っていた。


「……え? あれ? 荻野?」


 問いかけるよりも先に、荻野は俺の隣に腰かける。


「真壁がバイトと本屋以外に寄り道なんて、珍しいじゃん。つか、アイス全部とけてるよ?」


 荻野はそう言って、俺の手からほとんど残っていないアイスバーを取り上げると、近くの小石にそれを立てかけ、群がる蟻を「ほれ、ごちそうだ」とかいって眺める。


「荻野……バイトは?」


「? あたし今日、シフト入ってないけど?」


「へ? そーだっけ?」


「どんだけぼーっとしてんの。まぁ、自分以外の人のシフトなんてそうそうチェックしないか。あたしは毎回、自分のと真壁と六美さんの分、いつ被ってるかチェックしてるけどね!」


「はは、なんだそれ。俺たちのこと、大好きかよ……」


 から元気気味に返すと、荻野は屈託なく「まーね!」と笑う。


 ……眩しい。


 今はその笑みが、なんだかすごく眩しく感じる。


 俺が加賀美さんにフラれたことなど知るよしもない荻野は、ぐい、とおもむろに顔を近づけて問いかける。


「どーした? 元気ないじゃん」


「荻野こそ、なんでこんなところに……」


「え〜? あたしがいつ、どこにいたって別にいーでしょ? でも真壁なら特別に教えてあげる。今日はたまたま、兄貴に頼まれた買い物があって、こっちの方にあるお店に来ただけだよ」


「そっか……」


 聞いておいて、そんなそっけない答えしかできない俺に何を思ったか。しばし黙って、隣で夕陽を見ていた荻野は、川の向こうに視線を向けたまま口を開いた。


「なんだよ、も〜。そんな真壁調子狂うなぁ。寝不足? 過労? ならシフト代わるよ? あ! ひょっとして、告ってフラれたとか?」


「……うん」


「えっ?」


 瞬間。

 ぎょっとしたように固まる、蒼い瞳。


「えっ。まさにそのとおりだけど……今日の昼休み、加賀美さんに告って……フラれました。俺以外に、好きな人がいるんだってさ」


 ……お前だよ。


 ……とは、さすがに言えないなぁ。


 打ち明けると、荻野は一層目を見開いて。


「えっ!? ちょ……え? マジ?」


「マジ」


「うぁっ、あっ。そ、そんなつもりで聞いたわけじゃ……ごっ、ごめん。ほんとごめん! まさかガチだと思わなくて……!」


 俺を心配してくれる慌てぶりに、思わずくすりと笑みが漏れる。


「あっ、あっ。げ、元気だして真壁っ! って、ソレ、地雷踏んだあたしが言っても逆効果だよねぇ!? あ〜もう、ほんとゴメン!」


「いーよ、別に。もう気にしてないし」


 荻野のそういう顔を見てたら、さっきまで気にしてたのが、気にならなくなってきたし。


 それでも荻野はわたわたと、両手を振って誤魔化して、「あっ。お、お菓子あげる! 真壁にオススメしようと思ってたやつ!」なんて。虹色のベルト状のグミなんぞを取り出した。


 ……グミ。グミかぁ。俺、一応、お菓子で機嫌がなおる子供って歳じゃないんだけどなぁ。

 だが、思わず「ぶはっ!」と笑いが込み上げる。


「はは……ははは! 荻野、慌てすぎ」


「だってぇ……!」


 もじもじと、申し訳なさそうに指先を合わせる荻野を、俺は膝に頬杖をつきながら眺める。

 いつもは荻野のペースに振り回されてばかりだけど、たまには、俺に振り回される荻野ってのも悪くないかも。……なんてな。


 ジーワ、ジーワと蝉の鳴く、町外れの河原で。俺たちは他愛ない話をした。


 いつもバイト先でしているような恋バナでなく、最近食べた美味いコンビニスイーツの話や、最寄駅のデパ地下に来た有名パン屋の話などを。

 荻野のヘマを誤魔化すように、俺は色んな話題をあげる。

 気がつくといつも食べ物の話になってしまうのは、俺たちらしいと言えば、らしい。


 しばし話し込んでいた俺たちは、薄紫になった夕陽に背を押されるようにして、立ち上がろうとする。


「そろそろ帰ろうか」


 鞄を手にしてそう言うと、一向に立ち上がる気配のなかった荻野が、ぽつりと呟いた。


「……ねぇ真壁。こんな、傷心につけ込むような真似して悪いとは思ってるんだけどさ……」


「?」


 荻野はぐい、と俺の腕を引いて、顔を近づけた。

 いや、正確には、近づけさせた。

 息のかかるくらい、唇のつきそうな距離まで……


 そうして、どこまでも澄んだ蒼い瞳で、告げる。


「……あたしにしなよ」


「!?」


「あたしなら、真壁に困った顔はさせるけど、そんな風に、悲しい顔はさせない。ねぇ……付き合おう?」


 瞬間。

 荻野は、二人分のマスクをパッと取ると、唇を合わせた。


 さぁさぁと、緑の揺れる夕暮れの土手で。

 俺たちは、二度目のキスをした。

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