第83話 てめぇだったのか

 泣きじゃくる荻野を兄貴共々バックヤードに引っ込め、俺とむつ姉は、店長やテナントの責任者、警察など、必要各所に連絡をして、犯人は無事逮捕と相成った。


 「こんなことになるなんて、本当にごめんなさい。皆が無事で本当によかった。ここから先は、大人に任せて」と。店長に促され、俺たち四人は店を去る。

 事件を受けて、店はしばらく閉店――俺達も、休みをもらうことになりそうだ。(当たり前だけど)


 スカートとブラウスに血のついてしまった兄貴は、『森のくまさん』があだ名(ガタイのいい明朗なおっさんの意)のエリアマネージャーから替えのシャツとジャージを借りて、長髪のウィッグも取って、顔の綺麗なただの男――正真正銘の『兄貴』になった。

 ちなみに、ウィッグの下も銀髪だ。なんかのゲームに出てきそうな、女顔した美形の銀髪。こうして見ると、本当に兄妹なんだなぁと、顔のパーツの随所が似ていて驚いた。


 色んなことがありすぎて、本当にこのまま帰るのか? と、俺も荻野もふわふわした心地でいると、察したむつ姉が「ちょっと公園に寄ろっか」と言って、四人分のアイスを手にコンビニから出てきた。


 荻野と兄貴はソーダ味のガリゴリ君を、俺とむつ姉は残ったチョコチップバーを各々チョイスする。


 荻野の兄貴に守られるようにしてベンチに座っていた俺たちに、むつ姉はアイスをほっぺにちょん、としてから手渡し、自身も隣に腰かけようとした。

 しかし、その前に――


「荻野くん。この度は、危ないところを助けてくれて、本当にありがとうございました」


 そう言って、むつ姉は荻野の兄貴に深々と頭を下げた。

 兄貴は、むつ姉につられるように慌てて立ち上がって、わたわたと手を振る。


「か、顔をあげてください、六美さん! 俺は、人として当たり前のことをしただけですよ!」


 その結果が、素手で腕をへし折る勢いの怒気と眼光、回し蹴りからの強盗逮捕だ。

 俺は、それだけ凄いことをしたのに、さも当然のようにそう言ってのける兄貴を、すげぇカッコいいと思った。


 強盗と相対したときの気迫が嘘のように、ほんのり頬を染めて照れ臭そうにする荻野の兄貴。


「あのときは、たまたま仕事が早く終わって、涼子の店に寄ろうかな~、なんて。そしたらなんかヤバイ奴来てて。よく見たら六美さんもピンチじゃないっすか。ふたりに何かあったらどうしようって、無我夢中で――」


 「あはは! 結果、無事でよかった!」なんて爽やかに笑う兄貴に、その場の誰もが恋に落ちかける。


「でも、女の人の恰好してたから、最初は荻野くんだってわからなかったよ」


 むつ姉の言葉に、兄貴は照れ臭そうに頭を掻いた。


「あ~、いや、その……高校卒業してから、叔父さん――親戚のやってるの系列店で働いてまして……お客さんは男も女もいて、俺はどっちもイケるんだけど、あっちの恰好の方がモテるっていうか、ぶっちゃけ売上イイんすよね。女装もハマると案外楽しいっていうか、なんていうか……あっ。いつもは、男の恰好で接客すんのが七割っすよ!?」


(七割……思ったより少ないと思ったのは、俺だけか?)


 にしても……この兄にして、あの妹あり……か。


 荻野の趣味とか性的思考とか。周囲にどう思われるかは別として、考え方の強さとか。兄貴にすげぇ影響を受けてきたんだな、と。隣に座る荻野を見やる。

 すると、兄貴によく似た銀髪碧眼と目が合った。


「?」


(荻野……実はお兄ちゃん大好きっ子……?)


 お前、妹属性だったんか。


「どしたの、真壁」


「いーや、なんでも」


 普段は「兄貴はゴリマッチョだから苦手」なんて言ってるけど。ただの照れ隠しかよ。

 ……可愛いとこあるじゃん。


「……なに、真壁。さっきから目がエロい」


「いや、別に。荻野、お兄ちゃん大好きなんだなぁって」


「は!?!?」


 けろりと言うと、荻野は目に見えて顔を真っ赤にした。

 手にした棒アイスがぷるぷると震え、水色の液を滴らせている。


「今更照れんなよ。髪までお揃いに染めちゃってさぁ」


「こっ、これは――! 昔追っかけてたVヴィジュアル系のボーカルがこういう色してて……! 兄貴が銀髪だから、家にカラー剤が余ってて……!」


「はいはい、わかったよ。そういうことにしておこう」


「なんだその顔、ムカつくぅ! 真壁のくせに、知ったような顔しちゃって!」


「はは、照れんな。可愛い可愛い」


「かわっ――!? ハァア!? もー! 真壁はすぐそういうこと――! はぁぁぁぁ……くそっ。…………タラシ」


 そんなこんなでじゃれつく俺たちを、むつ姉と兄貴は安堵したような顔で眺めていた。

 あんな事件があった後に、こうして笑顔で冗談を言い合えていることを、心底ほっとするように。


「つか、六美さんはあの頃から、ずっと変わらないなぁ。俺の方は全然、見る影もないくらい変わっちゃって……驚きましたよね? ぶっちゃけ……引きましたよね?」


 どこか寂しそうに視線を逸らす兄貴に、むつ姉は。


「ぜーんぜん。最初はちょっと驚いたけど、荻野くんこそ、ちっとも変わらないよ。りょーちゃん想いの、強くてカッコいいお兄ちゃんのまんまだね? しかも、すっごく美人の!」


 にこ! と女神を思わせる笑みに、隣で荻野は「むちゅみさぁん……!」と感動し、ハァハァ荒い息が止まらない。

 一方で、荻野兄は。


「そ……そっすか……なら、よかった……」


 と。これ見よがしに頬を掻いて照れ散らかした。

 その照れを隠すように、兄貴はパッと顔色を明るくさせて、話題を変える。


「つか、その指輪まだ持っててくれたんすね! しかもつけてくれてるなんて! わー、嬉しいなぁ!」


 瞬間。荻野(妹)がピタリと固まった。


 ぎくしゃくと、壊れたブリキのように隣の兄を見上げる瞳が、湖底のように冷え切っている。

 その蒼が、これでもかってくらいに「あの、おめでてぇ勘違い野郎は、てめぇだったのか」と言っていた。


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