第82話 助っ人の正体

「あ……兄貴?」


 荻野がぽつりと、弱弱しい息を漏らすと、美女はおもむろに足をあげて強盗に回し蹴りを食らわせる。腕を掴んだまま凄まじい勢いで蹴ったので、腕の骨が、ぎしゃりと変な方向に曲がった音を立てた。

 吹き飛んだ強盗がフロアの柱に後頭部を打ち付けて悲鳴をあげる。


「げふっ……!」


 放り出された包丁が美女の頬をかすめ、血が紅い尾を引いたが、美女はすかさず追撃し、自分の首につけていた銀のネックレスを引き千切って、ロープ代わりに、男の両手を拘束した。

 美女――もとい兄貴(?)のヒールが、強盗の足を鋭く突き刺す。


「ぎゃあっ――!」


 声をあげかけた男の口を、兄貴(?)が大きな掌で塞ぐ。


「おおっと、いいのか? 声を出したら見つかっちまうぜ? ケーサツに」


「……!」


「――なんつって。どの道お前はもうお終いだよ。どクズ野郎」


 ぐしゃり! と金玉を踏んづけて、銀髪碧眼の美女は男を失神させた。

 くるり、と振り返って寄ってくる美女に、むつ姉がぽかーん、と口をあける。


「荻野……くん?」


 すると、兄貴(?)は一変して、懐っこい笑みを浮かべた。


「六美さん! ご無事ですか! ……驚いたな。この姿の俺をだとわかったのは、的場まとば以来、二人目だ」


 瞬間。荻野が俺の腕を飛び出す。

 よたよたと、脚をもつれさせながらカウンターの向こうに出て行く荻野を、兄貴が抱き止めた。


「兄貴……兄貴ぃ……!! 怪我っ。怪我ない!? ほっぺ、血が出てる……!」


「あー、これくらい平気だって。涼子こそ、怪我ないか?」


「うん。うんっ……! 六美さんと……真壁が守ってくれたから……」


「真壁くん……そっか、彼が。ならよかった。にしても、ほんっとお前は巻き込まれ系っつーかなんつーか……ヒヤヒヤさせんなよ。心配しただろ」


「ごめっ。ごめん、ごめんねぇ……!」


「ばーか。そういうときは『ありがとう』だ。……無事でよかったよ、涼子」


「おにっ、お兄ちゃ……! うぇぇぇええええ……!」


 お揃いの銀髪をなでりと優しく撫でる姿は、どこからどう見ても女性にしか見えないが、話しの流れ的に、あの救世主は荻野のってことらしい。

 荻野に聞いた話じゃあ、兄貴はマッチョって話だったけど、最近の引き締め系インナー? ってのは超高機能なんだなぁ。ほんと、背の高い美女にしか見えない。


 そんな兄貴は、ふと、呆然とカウンター内で固まる俺に視線を向ける。


「君が真壁くんだね。涼子から話は聞いてるよ。なんでも、『バイト先に、すげぇ気の合うめっちゃ好きな奴がいる』って」


(……!)


「あっ、兄貴……!?」


「いいじゃねぇか、照れんなよ。だって涼子、バイトあった日は『真壁が、真壁が』ってうるさいくらいに話しかけてきて……」


「ちょっ……! なっ、なんでソレを本人の前で言うわけ!? ばかっ! ばかなのっ!?」


 真っ赤になってぽかぽかと殴る妹をいなしつつ、兄貴は俺に、うっかり惚れそうなくらいの綺麗な笑みを浮かべた。


「いつも……本当にありがとう。真壁くん」


 その声音が、驚くくらいに澄んでいて、優しくて。安心できて――

 「ああ、助かったんだな……」という実感がじわじわと込み上げる。


 むつ姉と俺は、カウンターの向こうで、安堵に泣き出しそうになりながらただ呆然としていた。

 すると、兄貴に、とん、と背を押された荻野が、俺の胸元に駆け込んできて、ぎゅーっと縋りつく。


「真壁っ……! 六美さん! 助けてくれて、ありがとうぅ……うっ。ぐすっ。だいすきぃ……」


「「!!」」


「うあぁぁぁん……! 皆無事で、よかったよぉぉ……!」


 荻野がそうやって、安心しきったように、バカみたいに泣くから。

 俺とむつ姉は、一周回って泣けなくなって。顔が綻んでしまった。

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