第81話 銀髪の美女
「金を出せ」
コンビニ強盗――ならぬ、アイス屋強盗だ。
瞬間。店にいた全員が固まる。
(なんで、どうして!?
駅前ビルのこのテナントには、他にも店が沢山入っている。
だが、幸か不幸か、ウチの店には有名チェーン店ゆえの集客力があった。
周囲の店から離れるように、フロアの端っこにひっそりと立っていても、大丈夫だったんだ。
だから……来たんだ。強盗が。
夏のアイス屋。下手をすれば、そこらのコンビニよりも売り上げてると思われたのかもしれない。おまけに、店員の多くが若い女子だと、容易に想像ができる。
実際、その通りだしな。
(どうしよう。どうしよう……!)
今、この場に男は俺しかいない。
非力で、学校でのあだ名が『貧弱真壁』な俺しか。
あんな、大人の男――強盗を相手に、何をどうしろって……!
(でも……!)
レジ前で、屈強な男を相手に瞳孔を開いて固まる荻野が目に入る。
手も足も、唇も震えて真っ青だ。
完全に、トラウマを思い出しているのかもしれない。
今、一番怖いのは、包丁を向けられている荻野――それは嫌でもわかった。
(荻野……!)
荻野と男の間に割って入ろうとした瞬間。むつ姉と肩がぶつかった。
むつ姉も、きっと同じことを考えていたんだ。
俺はむつ姉に視線で促され、荻野の手を引いて男の前から退かし、むつ姉の後ろに転がるようにして、ふたりで床にへたり込んだ。
ガタガタと、病的に震える荻野の両肩を抱き締めて、レジを挟んで男と向き合う形になったむつ姉を、固唾を飲んで見守る。
「金を出せ」
男が今一度、包丁をむつ姉に突き出す。
声を荒げてもいない。本当に金が欲しいだけなんだろう、案外冷静な強盗だ。それ以前に、大きな声を出したら周囲の店舗に存在がバレてしまうからだろうか。
だが、終始あたりをキョロキョロと気にしているのも事実。
大声を出すのはもちろん、早めに金を渡さないと、むつ姉も危ない。
むつ姉は、『万が一のマニュアル』どおりに、レジの金を渡そうと用意する。
「早くしろ」
男が静かに、しかし確実に怒気を孕んだ、恫喝するような声をだすと、札束を握るむつ姉の手はガタガタと震えて、お札が床に散らばった。
「……ッ」
男がこれ見よがしに舌打ちし、むつ姉は恐怖で口元を抑えた。
(もうダメだ! 俺が、俺が出て、金を渡さないと……!)
立ち上がろうとするも、腕の中で未だ震える荻野をこのままにもできない。
「あっ、あの、ごめんなさい……すぐに、用意しますから……」
そう口にするむつ姉だって、その台詞を聞き取るのが精一杯なくらいに、声が震えている。
(くそっ……!)
カチコチと、店のアナログ時計が音を鳴らすたびに、男は苛立ちを募らせる――
「おい! いつまでモタモタやっているんだ――!」
怒りと焦りが限界に達した男が包丁を振り上げ、俺たち三人は思わず目を瞑った。
すると、どこからかカツカツと、ヒールの響く音が聞こえて、俺たちの前で止まる。
(へ――?)
見あげると、長い銀髪を靡かせて颯爽と現れた美女が、刃の鋭さなんて意にも介さずに、包丁を持つ男の腕をむんずと掴んでいた。
強盗も、焦るあまりにむつ姉の手元に意識がいってしまっていたのだろう。
不意にあらわれた美女の存在に、目を見開く。
――普通に考えれば、もし万一、強盗を見かけたら。何もできずに静観したり、泣きわめいたり、通報したり。考えられる可能性はせいぜいそれくらい。
まさか腕を掴まれると思っていなかった男は、完全にフリーズしてしまっていた。
驚きに声すら出ない男の腕と骨をみしみしと軋ませて、長身の美女が蒼い瞳を曇らせる。
そして――
「手ぇ引っ込めろよ。グズ」
野太い声で、そう言った。
(あれ……? この台詞、前にどこかで――?)
……荻野?
どこかで聞いた気のする台詞に、腕の中で、荻野がびくりと、呼吸を思い出したように肩を跳ねさせる。
まるで、暗闇で光を見つけたかのように。
荻野はぽつりと、弱弱しい息を漏らした。
「あ……兄貴?」
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