第78話 ※ 天使様

 その晩。

 俺は白咲さん、もとい灯花と抱きあって、ベッドの中で睦みあっていた。


 ふわふわのおっぱいを感じながら甘い余韻に満たされるこの時間が、なんともいえず、俺は好きだ。

 そうして、腕の中で頬をすり寄せる灯花のことも、大好きだ。


「灯花……あのさ……」


「なに? ゆきくん」


「……ごめん。驚いたよな、妹――坂巻のこと。もっと早くに教えておけばよかった。なのに、灯花は坂巻にも優しくしてくれて……」


 ほんと、天使だよ。


 胸元で、きょとんと見上げる大きな瞳。

 俺は彼女をぎゅーっと抱き締め、心からの礼を言う。


「ありがとう。灯花は本当に……天使みたいないい子だ」


 すると、灯花は笑うでもなく、怒るでもなく。

 どこか寂しげに、甘えるように頬をすり寄せた。


「……私、天使なんかじゃないです……」


「え?」


「今日、坂巻さんがおうちに来て、やっぱり最初は嫉妬しちゃいました。『なんでこんな時間に、女の子が来るの?』って。『坂巻さんは本当に、ただの妹?』って」


「……!」


「でも、ここで拒否したり疑ったりしたら、ゆきくんに嫌われちゃうんじゃないかって、不安で……私、そっちの方が嫌だなぁって、ただ、見栄を張っていただけなんです。ゆきくんに、私のことを好きなままでいて欲しくって……」


「灯花……」


「ゆきくんの職場――アイス屋さんは、お客さんも店員さんも女の子が多いです。むしろ女の子しかいないですよね? だから、ゆきくんが生活していくうえでは、女友達とか、女の先輩とか、お客さんとか。女の子との繋がりは、どうしても切ることができない。もちろん、坂巻さんのような(未来の)親戚もそう。……わかってはいるんです。私のこのもやもやは――ゆきくんを独り占めしたいっていう感情は、醜い私のエゴでしかない……そんなの、私の考える『いい女』とはかけ離れています。でも……」


 そう言って、ぎゅう、と抱き着く灯花の肩が、さっきよりもすごく小さく思えて、申し訳なくて。思わず抱き締める。

 すると灯花は、溢れる感情を漏らすように呟いた。


「私……ゆきくんを、誰にも取られたくないよぉ……」


「灯花……! ごめん! 心配させてごめん! 心細い気持ちにさせちゃって、ごめん! 俺には絶対、灯花しかいないから! 俺だって、灯花が予備校で男子と肩を並べて勉強してたり、勉強教わったりしてるのかと思うとなんかモヤっとするのに、そうだよな……それが、普通なんだよな……」


 俺達、恋人同士なんだから。


 いくら天使みたいな寛大な振る舞いをしていても、優しすぎるくらいに優しくっても。灯花だって、ひとりの女の子なんだ。


 こくこく、と小さく頷く灯花が可愛くて、愛しくて。またぎゅうっとしてしまう。

 すると灯花は、何を思ったか真顔で顔をあげた。


「あ。私、予備校で男の子に勉強を教わることはないので。大丈夫です」


「え? あ、そう……?」


「先生は男性なこともありますけど。男子生徒に教わったりはしませんよ。『白咲さん、このあとワックで勉強しない?』とか誘われることもありますけど」


「!」


 えっ。あっ。どうしよ。その光景、一瞬想像したら、すげ~モヤっとした!

 俺がバイトしてる間に、そんな……!


「あ、当然断りますよ? ワックで勉強捗るわけなくないですか? 絶対、ポテトの匂いと誘惑に負けちゃいます。私、それよりも。自習室でゆきくんのこと考えながら勉強する方が好きなので」


 しれっと、どこか冷たく言ってのける灯花ちゃんに一安心。

 でも、それはそれで勉強捗ってなくない?

 なんて返すのが正解なんだろう……?


「えっと。あ、うん……ありがとう……?」


 とりあえずそう返すと、灯花はにこ! と満足げに笑みを浮かべる。


 す、すげー愛されてる……ってことでいいのかな? これは……


「とにかく。女友達とか、上司とか親戚とか。仲良くしなきゃならない事情とか、円満な人付き合いとか、必要なのは承知してます。頭ではわかってるんですけど、私だってたまには……こういうことを思ったりもするんです。だから……これからは、誰かとどこかに出かけるとか、家に来るとか、そういうときには教えてください」


「うん。約束する」


「あっ、別に、追跡アプリ入れてとか、LINEの履歴見せてとか、そういうことは言わないので! 言わないので! 引かないで!」

 

「わかってるよ。……ありがとう、灯花。大好きだよ」


 ……ああ、本当に。マジ天使……

 灯花がいくら「天使なんかじゃない」って言っても。

 俺にとっては、天使だよ。


「えへへ……私もです、ゆきくん!」


 ぎゅっと抱き締め合うと、灯花は頬を染めて瞳を潤ませる。


「大好きだから……その……もう一回、シてもいい?」


 俺は脳内で、今日何度目かわからない悶絶をした。


(うっ……くっ。ああっ、マジ天使ぃぃぃ~!)


 俺は、そんな天使様に見放されないよう。

 ずっと正直に、誠実でいようと思った。

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