第74話 一緒に寝ちゃダメ?

 ひとまず坂巻を家に泊めることになりはしたが、だからといって、俺的にはこれ以上もくそもない。むしろあったら困るわけで。


 リビングのソファで自宅のようにくつろぎ、スマホを弄る坂巻に問いかける。


「夕飯は? もう食った?」


「コンビニでおにぎり一個」


「あのなぁ……」


 それで足りんの? 女子の胃袋の具合とかよくわからないけどさぁ。少なくとも荻野は、細いけど男の俺と同じくらい食うぞ。

 白咲さんだって、華奢な見た目の割にはお茶碗いっぱいとおかずもりもり、美味しそうにめちゃ可愛い顔して食べるし。絶対足りないだろ。


 少し前までの自分の私生活を思い出し、似たような不摂生さにため息を吐く。

 そうして、今日は使う予定じゃなかった、冷凍庫に保管していた下処理済みの野菜や肉やらを取り出した。


「テキトーになんか作る。食うか?」


「え……?」


 きょとんと、目を丸くして坂巻が振り向いた。


「煮込み系はこれからじゃあ面倒だから、人参、ピーマン……あるな。肉野菜炒めと、炒飯とか?」


「え。うそ。真壁、料理できんの?」


「最近、色々あって……それなりに」


「くそやば。惚れる」


「そりゃどうも」


 そんな坂巻とふたり、俺は普段よりも食器の音が賑やかなダイニングで夕食をすませた。

 坂巻が、俺の料理を口にして、「うっま!」といちいち目を輝かせる様子を眺めるのは、正直悪い気分じゃなかったな。


 風呂の使い方やタオルの置き場所やらをざっくりと説明し、ひとまず母さんの寝室を使うように指示した俺は、遠慮する坂巻に促されて一足先に風呂を済ませ、自室で寝転がっていた。


 スマホを手に、『明日が待ち遠しいです』なんていう白咲さんとのやり取りを、灯りを落とした部屋で、にまにま眺めて横になる。ふと枕に顔を埋めると、まだ微かに白咲さんの匂いが残っている気がした。


(ん……いい匂い……)


 どうやら、俺はそのまま寝落ちしてしまったらしい。気がつくと、周囲には深夜特有の静けさが満ちていた。

 枕元のスマホを見ると、時刻は深夜0時をまわったばかり。

 だが、何故だろう。なぜか目が覚めてしまった。


 その、なんとなくイヤな予感が、廊下からギシ、という足音と共に忍び寄ってくる。


 ……泥棒? なわけあるか。多分坂巻だ。


 やめろ。いくらなんでも夜這いはヤバイからやめてくれ。


 その足音は、廊下を右へ行ったり来たり。さっきから、俺の部屋の扉の前をうろちょろしているらしい。

 入ろうか、入るまいか、悩んでいるのが丸わかりだ。


(う~……! 気になる。けど、声をかけたらお終いな気がする……!)


 ぎしぎし。うろうろ。

 うろうろ。ぎしぎし。


 と。十分近く時が経ち……


(あ~! もぉ~……!!)


 俺は扉を開けた。

 瞬間。枕を両腕で抱っこした、寝間着姿の坂巻と目が合う。

 ショートパンツに、襟のついた薄手のシャツ。学校ではアップにしている巻髪をおろし、どこかあどけなさすら感じる装いだ。


「……何してんの?」


 まさかとは思うが、その歳で「ひとりじゃ寝れないのぉ」なんて言わないよな?

 頼む、それだけはやめてくれ。

 一応尋ねると、坂巻は瞳をうるうるさせて。


「ねぇ……一緒に寝ちゃ、ダメ?」


(ド直球かよ……!)

 

 正面きって、懇願してきやがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る