第73話 貞操観念

「とりあえず、泊まればいいんじゃない?」


 その答えに、訝しげに眉を寄せる未来の義妹、こと坂巻。


「えっ……明日きんようはダメなの?」


 しばしの沈黙のあと、俺は答える。


「明日のことは……明日また、考えるから」


 そのどうしようもないしどろもどろな回答に、坂巻は思い立ったようにリビングを飛び出して、脱衣所に直行した。


「あっ。おい、坂巻!?」


 弾かれたように追いかけると、坂巻は洗面台に並ぶコップにささった、二本の歯ブラシを指差して。


「やっぱ同棲してんの!? コレって、やっぱそういう意味!?」


「……!」


「ってことは……!」


 「まさか」という坂巻の視線が、俺の下半身に向けられた。

 やめてくれ。人のち◯こをそんなにガン見するもんじゃねぇぞ。

 俺はバツが悪そうに視線を逸らす。


「……なんだよ、非童貞じゃ悪いのかよ」


 その一言に、坂巻はかつてないほど赤面した。


「ひ、どうて――!? つまり明日は、彼女が来るから泊められないってこと!? うわぁ〜、フケツだぁ! 真壁がフケツだぁっ!!」


「なっ――! 彼女なんだから別に泊まりに来ても問題ないだろ!? つか、ギャルのくせに泊まりくらいでガタガタ騒ぐなって!? そういうの慣れてんじゃないのぉ!?」


「あたし処女だもん! そんなの知らないもん!」


 坂巻が処女ぉ!? それこそ知るかよっ!?


「わぁ〜ん! 真壁が休みのたびに彼女とイチャコラックスとかぁ! 聞きたくなかったぁ!」


「聞いたのはお前だっ!!」


「わぁぁあ! 真壁のばかばかえっちぃ! ひどーてー!」


「ふざけっ――! 声が大きい! 大人しくしろっ……!」


「「ぜぇ、はぁ……」」


 しばし脱衣所で言い争っていた俺たちは、この争いが不毛であることに気がついて、息を整える。


「と、とにかく! 今日は泊まってもいいけど、明日の夕方までには帰ってもらわないと困るから!」


「ふえーん、真壁の冷血漢〜〜」


 ぐすん。とこれ見よがしな嘘泣きを披露する坂巻。坂巻とはなんやかんやあったが、俺への好意と失恋に関する気持ちは引きずっていないようだと、ひとまず安心する。

 だが。苦手なギャルだと思っていたあの坂巻と、こうまでフレンドリーっつーか、腹割って話すようになるなんて、ちょっと前までは思ってもみなかったなぁ……


 なんとも言えない心地で嘘泣きする坂巻を眺めていると、坂巻はぼそり、と呟いた。


「いいなぁ〜」


「なにが?」


「いいなぁ〜。彼女さん、真壁とイチャコラできるとかいいなぁ〜。あたしもしたいなぁ〜」


「……っ!」


(こいつ……っ! 開き直りやがった!?)


 恋心、全然引きずってんじゃねぇか。


 ド直球なその好意に、思わず赤面する。


(ンなこと言われても、なんて返せばいいんだよ……)


「ねぇ。あたしがさ、その……『混ぜて』って言ったら、どーする?」


「は?」


 言葉が、頭の中で渦を巻く。


 『混ぜて?』 は? なに? それってどういう……


 3P?


 思い至った瞬間。俺が白咲さんと坂巻に咥えられて、くんずほぐれつしている光景が頭に浮かぶ。


 俺は思わず、声を荒げた。


「ばっっっっかなんじゃない!?」


「……!」


「おまっ、女なら冗談でもそんなこと言うな! てか、坂巻は(未来の)妹だろ!? できるかボケぇ! インモラル! このハレンチJK!」


「真壁のケチ〜。貞操観念かっちこち〜」


「……っ。これ以上誘惑するようなら、今すぐ追い出すぞ!?」


「あっ。それはやめて。マジやめて」


 平謝りし始める坂巻に、俺は眉間をおさえてため息を吐いた。


(もぉ〜……荻野といい、坂巻といい……)


 最近のJKは、貞操観念どーなってんの?

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