第72話 お兄ちゃん♡
その日、荻野から、加賀美さんとデートして友達になったという報告を受けた俺は、安堵と感謝に包まれながら帰路に着く。
やっぱり荻野はすげぇいい奴。あいつに任せれば加賀美さんは安心だ。セフレはちょっとモラル的にダメだけど、これからも一生マブでいて欲しいと心からそう思う。
今日は木曜なので、白咲さんと待ち合わせはしていない。
いつもどおりの暗い玄関、暗い部屋。そこに帰って、明日からの白咲さんとの週末逢瀬を楽しみに、今回は何を作ろうかな、とレシピサイトをはしごする予定だ。
彼女ができてからというもの、ソシャゲに費やす時間がかなり減ってしまった気がするが(それでもログインボーナスだけは死守する)、それも気にならないくらいに、俺の日々は満たされていた。
(うーん、一昨日スーパーでお手頃な牛の塊肉が手に入ったから、今回はローストビーフかビーフシチューにでもするかな。今週はなんかこう、がっつり肉を肉! として食べたい気分……)
クックパッドもいいけれど、俺はハマると凝り性なので、調味料などを扱う大手会社のお手本レシピや、料理研究家の記事を読んで勉強するのが好きだ。
(オーブンで、パプリカや人参、芋など、付け合わせの野菜を一気にグリル、、ふむふむ、これなら彩りもなかなか……)
週も半ばを過ぎて、作り置きのおかずも食べきってしまった。なんとなく物足りない心地でスマホを弄りつつ、コンビニの袋を手にリビングに向かうと、なんと灯りがついていた。
俺は基本的に、用がなければ電気は付けない(薄暗い方がなんだか落ち着くので)。今朝だって確実に、家はどこも真っ暗だったはずだ。
(父さんか母さんが帰ってるのか?)
玄関が真っ暗だったから、靴の数に気がつかなかった。そもそも、家に帰って他の誰かの靴があるだなんて、想像もしてないし。『帰る』と連絡だって受けていない。
「誰かいるのか?」
なんとも他人行儀に問いかけながら扉を開けると、そこにはつい数時間前も学校で見た、ベージュの巻き髪をしたクラスメイトがいた。
「え……さか、まき……?」
なんでここに? いんの?
ぎょっとするあまりに、手にしたコンビニ袋がバサリと音を立てて床に落ちる。
すると、坂巻もぎょっとしたようにこちらを振り向いた。
「あ……ま、真壁……お、お邪魔してます……」
俺たちはしばし、きょとーん、と見つめあい……
「……じゃねーよ! なんで坂巻がウチにいんだよ!?!?」
「わっ。お、おっきぃ声出さないで! 近所迷惑っしょ……!」
「こっちはそれどころじゃあないんですけど!?」
「ま、待って! 説明、ちゃんとするから……!」
「ひぇぇ」とすくむ坂巻とダイニングで向かい合い、麦茶を片手に訝しげな眼差しを向ける。
俺の家にいる、という事実に終始赤面している坂巻は、照れたり焦ったり、百面相をしながらも、事情を説明した。
「ふーん……要は坂巻の家に母さんがちょこちょこ来るようになって、気まずくて居ても立ってもいられなくて、母さんから合鍵くすねて忍び込んだわけか」
「く、くすねてないもんっ! なんか、締切がヤバいらしくて、幸音さんがウチに泊まり込みで執筆作業やら
「きっまずっ」
思わずこぼすと、坂巻は「でしょぉ!? そうでしょお!?」と涙目で同意を求める。
「つか、いい歳してふたりとも何してんだよ……」
「あたしのお父さん、まだ三十代……」
「若っ!?」
「うちのママとは、学生結婚だったの……」
そりゃまぁ、まだ現役ってわけだ。母さんだって、この家に住んでるときは『年齢不詳の美魔女』とかひそひそ囁かれてたし……
それでも。くそ気まずいことには変わりないがな。
「にゃん太には悪いけど、あたし、逃げて来ちゃった。『着替えとか取って来ますよ』って言ったら、幸音さんは『どこにでも泊まれるように着替えは持ってるけど〜?』とか言いながらも、快く鍵貸してくれたし。きっと、あたしに気を遣って、鍵を譲ってくれたんだと思う……」
「いや、気ぃ遣わせてんのはどう考えても母親らだろ。坂巻は悪くないって」
つか、母さん。家にお前の息子が住んでんの、わかってんのか? フツー、そこに同い年のJK突っ込まないだろ。バカなのか?
それとも、思春期真っ盛りの息子と義理の娘を利用して、ラブコメのネタでも発掘しようって魂胆か? 残念でしたぁ〜。その手には乗りません。俺には可愛い可愛い彼女がいますから! ワンナイトで過ちを犯したりなんて、絶対絶対しないですから! あしからず!
「真壁? なんか顔コワイけど。どしたの?」
「いや、別に」
「えっ。ちょ、やっぱり怒ってる……よね? ごめん、勝手にあがっちゃって。数日したら幸音さんも作業場に帰ると思うし、それまで空いてる部屋貸してもらえれば、それでいいんだけど……」
申し訳なさそうに、しかし確実に要望を伝えてくるその瞳に、俺は固まった。
「は? ちょ、待って。まさか坂巻、ウチに泊まる気?」
しかも。その様子だと数日。
「えっと、その……ダメかな?」
長い睫毛がダイニングの白色灯を反射し、(気のせいだろうが)きらきらとした上目遣いの問いかけに、俺は再び固まる。
うまく言葉が出てこない。っていうか――うまい言い訳が思いつかない。
だって、今日は木曜日。明日には、白咲さんがウチに泊まりに来るんだぞ!?
そんとき坂巻がいたら、なんて言い訳するんだよ!?
しかし、母親のせいでこんなことになってる手前、追い出すわけにもいかないし……
萎え切らないまま頭の中をぐるぐるさせる。
すると、坂巻は唐突に。
「ねぇ、真壁って誕生日いつ?」
「は? 12月だけど」
「私は2月……14日」
「??」
それが何? 急になに?
「真壁はさぁ、幸音さんについていくんでしょ? だったら、数年後にはあたしたちは一つ屋根の下……家族じゃん。だから泊まっても全然いいじゃん。問題ないじゃん」
(……!)
「ねぇ、ダメ? ……お兄ちゃん♡」
(くそっ、こいつ、それで誕生日を? ……バカなのか!?)
急に「お兄ちゃん♡」呼ばわりとか……!
バカみたいに可愛いぞ!?
取ってつけたような台詞だってのに!
ああもう! こんな見え透いた手に絆されてどうする!
しっかりしろ、俺!
「ねぇ~え~。おにいちゃぁ~ん!」
その問いかけに、俺は。
「……と、とりあえず、今日は泊まればいいんじゃない?」
妹……だしな。
と。言葉を濁すことしかできなかった。
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