第69話 サイコーの女

 常連じゃないと……ダメなの?

 

 荻野の言っている言葉の意味がわからない。

 すると荻野は説明するように。


「真壁の場合は、坂巻さんや白咲さんと、なんやかんやで話す機会がそこそこあったわけじゃない? クラスメイトだったり、お店に来てくれたときとか、ナンパ野郎から助けたこととかさ。連絡先を交換するだけのきっかけがあったわけだよ。でも、あたしの場合は……こんな急に興味と好意をぶつけられても、正直戸惑っちゃう……」


 いまだによく理解できていない俺にため息を零すと、荻野は立ち上がって着替え始めた。

 

 ったく、油断も隙もねぇ。最近の荻野は、隙あらば誘惑してくるから困る。

 急いで視線を逸らしながら、荷物を手に、俺は逃げるように更衣室に入った。


「『恋』はさぁ、落ちるの一瞬かもしれないけど。『信頼』は違うんだよなぁ」


「!」


「あたしや真壁が、坂巻さんや白咲さんと店先で笑顔で会話できるのって、何回も顔を合わせてて、尚且つ、彼女たちが嬉しそうにアイスを食べる姿を頻繁に見てるからなんだよ。そうやって積み重ねた信頼が、真壁に『デート行ってもいいかな』とか『絡まれてる、助けてあげたい』って思わせた。でも、あたしは加賀美さんのそういう姿を、まだ二回しか見たことない。要は、デートに応じるだけの信頼関係が、あたしと加賀美さんの間にはまだ無いんだよ。だから困ってる」


「それは……」


「もし仮に、あたしが男で、ヤリチン糞野郎だったとするじゃない? だったら、『顔好みだし、ワンチャンデートして、ヤッてよかったらとりまキープ』ってなるわけよ」


「さ、サイテーッ!! そんなの俺が許さな――!」


 思わず更衣室のカーテンを開けて飛び出すと、素知らぬ顔で胸元のボタンをとめる荻野と目が合う。

 荻野は何を気にするでもなく、着替えを続け、


「『仮に』つったでしょ。そもそもあたしはヤリチン糞野郎じゃないし。ち〇こついてないし。だからこそ、よく知らない――しかも好意を寄せられてるっぽい女の子とデートすんのに、『何を求められてるのかな?』『どうしてあげるのが正解なのかな?』って、すごい気を遣うわけ。それこそ、デート楽しい! って思う余裕がないくらいにね。それじゃあ本末転倒でしょうが。あたしも、加賀美さんも」


 た、確かに……言われてみれば、そうかもしれない……


「じゃあ……加賀美さんの誘いは、その……断るのか?」


 きっと加賀美さんは悲しむだろうな。

 その顔を想像して、行き場のない想いに目を伏せると、荻野は元気づけるように俺の肩を叩いた。


「いや、デートは行くよ。一応。男って勘違いしてるっぽいところの訂正も兼ねてね。でも、もし仮に交際を申し込まれたとしたら、それは断るだろうな」


「……!」


「いくらバイでも、あたしだって見境が無いわけじゃない。あたしの本命は、あくまで六美さんと真壁だ」


 狙ってるのがふたりいるのに、『本命』?

 なんかもう、荻野といるとその辺の常識とかモラルとか、わけわかんなくなってくるから困る。

 曇りない眼で本命って言われて、なんか照れちゃってる自分にも困る。


「万一加賀美さんに告られたとしたら、そうだなぁ……そのときは、六美さんとの馴れ初めや六美さんのすばらしさでも話して、推し語りして、友達になって帰ってくるよ!」


 「ははっ!」と爽やかに揺れる銀髪が。初夏の風に揺れて、公園でふたり、加賀美さんとベンチに座る荻野の姿を想像させた。

 そんなふたりはアイスを手に、「好きな人」について腹を割って話し合って、友達になって……そんな未来の光景が浮かぶ。

 そのとき、加賀美さんはきっと「ああ、この人を好きになってよかったなぁ」って思うんだろうなぁ。


 俺は、今一度胸の中で加賀美さんに語りかける。


 ああ、加賀美さん。

 荻野は強くてかっこいい……君を任せることのできる、サイコーの女だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る