第68話 添い寝フレンド

 『添い寝フレンド』が、アリなのかナシなのかはわからないが。結局、その夜はむつ姉とふたり、同じベッドで寝ることになった。


 想いが通じ合ったこともある。下手をすれば誘われてしまう(正直ご褒美ではあるが、俺には白咲さんがいるので断腸の思いで断らざるを得ない)かと思ったが、そんなことはなかった。


 むつ姉はただ、「ねぇ、ぎゅ〜ってしてもいい?」とだけ聞いて、向かい合い、俺を抱き枕のように抱いて寝ただけだった。

 控えめに抱きしめ返すと、白咲さんとはまた違う女の人特有のいい匂いがして、多幸感に包まれて、頭がくらくらして、目の奥がチカチカと瞬く。


(てゆーか、この感触……むつ姉、ノーブラ?)


 ……やば。


(むつ姉……あったかい。まつ毛長い……可愛い……)


 思わず口の端に唇を寄せると、むつ姉は、察したようにそれを避け、俺の胸元に顔を埋めた。

 百万歩譲って、許されるのは添い寝まで。

 これ以上はダメだと、彼女がいる俺への配慮なのかもしれない。


 事実、本当にキスしてしまったら、俺もむつ姉ももうダメだったかもしれないし、避けてもらえて、これはこれでよかったんだと正気に戻る。

 俺たちはそのまま、形だけは幼い頃と変わらずに、そっと寄り添いあって目を閉じた。


 むちむちとした太ももに脚を挟まれて、ぶっちゃけ俺は一睡もできていないが、断じて致してはいないぞ。神に誓おう。浮気じゃない。(人によってはグレーもしくは黒かもしれんが、許してくれ。むつ姉はほら、『お姉ちゃん』だから……)


 だが、いくら親戚とはいえ仲が良すぎるのもなぁ。白咲さんが嫉妬したらいけない。彼女にはちょっと秘密にしておこう。


 日曜になり帰宅した俺は、そんなことを考えながらにんまりと、心満たされて自宅の洗面台に並んだふたつの歯ブラシを眺める。


 あれから、白咲さんは週末、毎週のように泊まりに来ている。

 金曜の塾帰り、俺のバイトが終わる時間に待ち合わせして、一緒に俺の家に帰る。一種の通い妻のような状況だ。

 自宅に次第に増えていく彼女の私物に、顔のにやけが止まらない。


 白咲さんは超お嬢様学校に通う優等生だが、ご両親はなんとも理解のあるお方のようで、「そういうのは、下手に抑圧するより、許容して発散させた方が精神衛生的にもいいだろう」と、俺の家に通うことを許してくれているそうだ。(神か! そりゃそうだ、天使の親なんだからな)

 まさに家族公認。白咲さんの成績が下がらない限り、俺は毎週末を彼女と過ごすことができる。なんて幸せなんだろう。


 ふんふん、と鼻歌混じりに冷蔵庫を開けると、料理のための食材がまばらに置かれていた。

 そう。俺はあれから、自炊に目覚めたのだ。

 今日のようにバイトのない日に作り置きをしたり、週末に白咲さんと買い物にでかけて、一緒に作ったり(俺の手料理を披露すると、白咲さんがこれ以上ないってくらいに喜んでくれるのがまた嬉しい!)。そのせいか、最近体調も肌艶もいい気がする。


 明日は月曜日。家族のことで色々あって連休だったが、久しぶりにバイトがある。


(そういえば、加賀美さんは、結局荻野と連絡取れたのかな……?)


 荻野に「加賀美さんへ連絡先を教えていいか」と確認したところ、きょとんとした顔で「別にいーけど」と言われたので、教えてあげたんだ。


 そのときの、加賀美さんの嬉しそうな顔といったら……くぅっ。涙が出るぜ。

 未練がましいかもしれないけど、フラれてからまだ二週間も経ってない。完全に割り切れるまではもう少し時間がかかりそうだ。白咲さんのおかげで、もうほとんど割り切れてはいるんだけどさ。

 加賀美さんを目で追った期間(約一年近く)のことを考えると、引きずっても仕方ないっちゃあ仕方ない。


 そんなこんなで、明くる月曜。

 学校では加賀美さんと会話する機会のなかった俺は、ちょっとわくわくした気持ちでバイト先に向かった。

 すると……


 ぼーっと頭に疑問符を浮かべた荻野が、着替えもせずに制服姿のまま、バックヤードでスマホとにらめっこしていた。


「どうかした?」


 尋ねると、荻野は「加賀美さんに、デートに誘われたんだけど……」と口にする。

 ああ、やっぱりか。

 さすが加賀美さんだ、こうと決めたら行動が早い。かっこいい。


 だが、なぜか浮かない顔の荻野に問いかける。


「デート行かないの? 荻野、前に加賀美さんのこと、『顔面が好み』って言ってたじゃん。行けばいいのに」


 このまま、荻野とくっついて加賀美さんが幸せになってくれたらいいな、なんて。なんとなしにそう口にしたのだが、荻野は目を見開いて。


「真壁……それ、本気で言ってんの?」


「へ?」


 訝しげに揺れる蒼い瞳。俺には意味が分からない。


「俺……なんかおかしなこと言った? だって、俺もこの前、お客さんだった坂巻や白咲さんに誘われてデート行ったし。荻野も行けばいいんじゃ――?」


 その言葉に、荻野はかぶせて言う。


「坂巻さんと白咲さんはさぁ、。でも、加賀美さんはそうじゃない」


「?」


 常連じゃないと……ダメなの?

 え。うそ。ダメなの!?

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