第67話 世界で一番のお姉ちゃん

「私が眼鏡フェチなのは……ゆっきぃのことが好きだからだよ……」


 ドエロい顔で、むつ姉はそう言った。


「眼鏡をかけている人を見ると、ゆっきぃを思い出すの。だから好きっていうか、なんていうか……はは、恥ずかしいね。改めて口にするとさ」


 紅潮した頬、もじもじと恥ずかしそうに膝と指先を合わせては、四つん這いになって俺に躙り寄るむつ姉。すると、まだほんのりと濡れた髪から雫が落ちて、谷間に滑り込んでいく。

 寝巻きのキャミソールと短パンはいたって普通のはずなのに。たわん、と揺れるおっぱいと、白い太ももが視界にチラつくたびに、鼓動が早鐘のようにうるさい。


 その『好き』の意味するところは、どう考えても親戚同士の親愛などではなかった。


「私たちは親戚だから、この気持ちは口にしたらいけないと思ってたの。いくら従姉弟同士は結婚できるっていっても、世間的にはマイノリティでしょう? それに、ちっちゃい頃から一緒だったゆっきぃを、私がそういう目で見てるって知られたら、引かれたり、嫌われちゃうかなって……」


「むつ姉……」


 確かに、俺も考えたことがあるよ。

 小学校の頃に、『初恋の人は?』みたいな話題が流行ったときがあった。

 そのとき、俺の頭に真っ先に思い浮かんだのは、むつ姉だったんだ。


 でも、むつ姉は優しくて親切な親戚のお姉ちゃん。そういう目で見てはいけない、考えてはいけないと、子ども心にその気持ちを封印したような気がする。これは、この感情すきは、『親愛』なんだって、言い訳で蓋をして。


 思えば、俺が黒髪美人が好きで、加賀美さんのことをすぐに好きになったのも、その影響かもしれない。

 俺は、心のどこかで、いつもむつ姉を探してたんだ。


 むつ姉も、そうだったのか……


 というか。それってつまり――

 今までむつ姉が、やたら距離感が近かったり、抱きついてきたり、膝枕したがったり、「一緒にお風呂入ろう!」って言ってみたり。出会い頭にハグしたり、なでなでしてくれたり、ふーふーして、あーんして。あ~んなこととか、こ~んなこととか、全部ぜんぶ……


 ……俺のことが好きだったから?


 そう思うと、かぁっと頬が熱くなる。

 蘇る思い出の数々が、もう愛しくてどうしようもなくて……


(むつ姉……かっっっっわ!!)


 やばい。興奮しすぎて鼻血でそう。


 想いが通じ合ったことに、うまく言葉が出てこない。だが、今更両想いだったと発覚したところで、俺にはかけがえのない彼女がいるわけで……

 伺うように視線を向けると、むつ姉はぺたんと俺の前に女の子座りをして、指をもじもじと擦り合わせる。


「でもね、こないだ見ちゃったの。ゆっきぃが、とっても幸せそうな顔をして、家から女の子と出てくるところを……」


「!」


「彼女、なんだよね?」


「……うん」


「ならよかった。その光景を見た瞬間、思ったの。私には、ゆっきぃにあんな顔をさせてあげられるのかなぁって。親戚同士の結婚――世間の目を蹴散らして、なんのしがらみもなくゆっきぃを笑顔にできるのかなぁ? って。自信がないわけじゃあないの。でも、『絶対にできる!』って確証もない。

 だから、これからも私はゆっきぃのいいお姉ちゃんでいよう、って決めたんだ。『本当の家族にならない?』っていうのは、私の最後の悪あがき。もしそれでゆっきぃが、私の手を取ってくれたら……なぁんてね。でも、もういいの。たった今、ゆっきぃにあんな嬉しそうな顔をさせた子が彼女だってわかって、安心したから」


「むつ姉……」


「ねぇ、ゆっきぃ。ひとつ、お願いをしてもいいかな?」


「?」


「たとえゆっきぃがもっと大きくなって、大人になって、結婚して、幸せになって。そのうちにおじさんになっちゃったとしても……私のこと、ずっと『むつ姉』って呼んでくれる?」


「……当たり前だよ。俺の中で、むつ姉は、世界で一番のお姉ちゃんだから……」


「うわーん、ありがとう! ゆっきぃ!」


 ぎゅうう、っと抱きしめてくるむつ姉を、俺も抱きしめ返す。


「俺の方こそ、ありがとう。大好きだよ、むつ姉」


 思えば、大きくなってから、こうやって意識的に。面と向かって『大好き』と口にするのは、初めてだったかもしれない。

 それが照れ臭くて、同じくらいに嬉しくて。

 自分の「大好き」という言葉ひとつでここまで喜んでくれる人が近くにいることを、とても幸せなことなんだと、俺は噛み締めた。


 しばらくぎゅーっとハグしていたむつ姉は、名残惜しむようにそっと身体を離す。


「ねぇ、ゆっきぃ?」


「なに?」


「できればね、これからも私がゆっきぃのお世話をしたいし、甘えさせてあげたいし、隣で「むつ姉!」ってにこにこ呼んで欲しいの。無邪気に慕ってくれるゆっきぃのその笑顔に、私はいままで、落ち込んでるときもそうでないときも、いつも救われてきたから。私は、そんなゆっきぃが大大大大大好きだから! だから……彼女ができても、またお世話してもいいかな?」


 その問いかけに、俺は。


「もちろんだよ、むつ姉」


 幼い頃から変わらない、『大好き』を込めて、微笑んだ。

 むつ姉は、それに返すように、にこっ! と笑い、ベッドに入って布団を広げる。


「じゃ、今日は添い寝しよ♡ だぁいじょぶ! 私、ゆっきぃのお姉ちゃんだもん♡」

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